小さなお返し
どうしたものか、と屋台の前で狐面を顔に被った少年が頭を悩ませている。そこに通りかかった鬼の怪異は少年の姿を見かけるや否や、じゃ俺行くからと連れてた女性の怪異に手を振って、そそくさと少年の方へ向かっていく。
後ろから覗き込むと、花を選んでるのが判った。スイセンや山茶花、沈丁花といった冬を思わせる花々が所狭しと並べられている。
花屋かここは。いらっしゃい、兄さんも見てきなよと店主である、水槽の中の金魚がパクパクと口を開いた。
「祭りで花売ってる屋台なんて珍しいな。お前、花買うの?」
「ああ。バレンタインのお返しにしようと思うんだが、君は何か返したか?」
そういやそんな事あったっけ、すっかり忘れていた。通りで女性からのお誘いが多いと思ったら。
「気付かなかったから、せがまれるままに食いもんあげたり、一緒に祭りで遊んだり、体で支払ってたな。そっかホワイトデーか」
今日一日を振り返ってうんうんと頷く少年を無視して、少年は花をしげしげと眺めては金魚の店主に相談している。訊いたのはそっちなのに聞かなかった振りすんなっての。
「あの白い子にお返しならこれとかいいんじゃね」
「カスミソウか、それもいいんだが単品だといまいち物足りなさが」
「他の花もあげればいいじゃん」
「金が足りない。一応あの子に似合いそうなリボンがあったから、それだけでも構わないんだが」
「お花も一緒にあげれば喜ぶよー」
「……て言うから足を止めてしまったんだ」
キャッチセールスに引っかかった客みたいだな、別に馬鹿正直に買う必要ないのに。まあ花を贈れば女の子は喜ぶに違いないから悩んでるんだろうけど。
視線を感じて首を巡らせると、こちらを覗き見る小さな人影。少年は気付いてない様子だ。
「金魚のおねーさん、これとこれちょうだい」
「まいどー。お姉さんじゃないけどね」
分かるか。狐の怪異から物言いたげな視線が突き刺さる。お前はどうすんの? と促すと、じゃあ俺はこれをとカスミソウを手に取った。
受け取った花束から一輪ずつ抜き取る。
その花どこかに飾るのか、と気にする少年に花束を押し付けた。
「え?」
「白い子に俺からって一緒に渡しといて」
「自分で届けた方がいいだろう」
「もう暗くなってきたしさ、探すの面倒だし頼むわ」
そこでようやく気付いたのか少年は慌てて辺りを見渡した。近くにいた白い少女を見つけて安心したように近づいていく。
お返し選ぶのに夢中でホワイトデー過ぎたら意味ないしな、と祭りの喧騒から離れて行った。
狐面を被った少年が教室のドアを開けると、どうだった? と夜更けの青い教室にいた目隠しをした少年が笑って出迎えた。喜んでくれたと彼が立つ窓の側まで歩いて、机を挟んで隣に立つ。
「よかったじゃん。三倍返しとか言うけど、やっぱりお返しは値段じゃないよな」
「危うく今日が終わる所だった、君がいてくれて助かった」
「花買いたかっただけだよ。あ、そうだ。コレ余ったから」
「沈丁花とスズラン?」
それぞれ一輪ずつ残しておいた小さな花々を狐面の紐と耳の間に差して。お前に似合うと思ってさ、と笑いかけると、
「……花もらっても対処に困るな」
「いやいや、かわいいって」
「男に言う台詞じゃない」
いや、かわいいモンはかわいいしと繰り返す鬼に狐は仕方無さそうに肩を竦めながらも、面の下でこっそり頬を緩めていた。
2015.3