始まらない物語を語ろう
暗い隧道のような闇を人知れず少年は歩く。前に向かって進んでいるのか後ろに退っているのか判らなくて立ち止まりそうになる、あやふやな姿はいつ暗闇と混ざり合ってもおかしくない。
寂しさも恐怖も感じないのは人でない身だからか、深淵の闇に不思議と心が落ち着く。それはいつ牙を剥いて身体を食い破ろうとしてもおかしくないのに少年には何故かそうは思えなかった。むしろ進む毎に闇が導いてくれさえ感じて、躊躇う気持ちは薄れていく。
どこに向かっているのかそれすら判らないまま、二本の足はひたすら暗闇をかき分けて、ようやく景色に変化が訪れる。石の階段が下に伸びていた。
石畳を踏みつけ、降りていく。
草履を履いた足が少しずつ早足になっていく。
やがて石で出来た鳥居が口を開き、それを潜り抜けると黒一色だった景色はうっすらと違う色を見せ始めた。
微かに聞こえてくるざわめき、楽しげな祭り囃子がこっちにおいでと手招きをする。
闇の中に提灯を下げた赤い鳥居が幾重にも連なるのを見た時、走り出すのを止められなかった。刀を握り締め、草履を履いた少年の足は赤い景色に向かって駆け出す。
鳥居を抜けたその先に何があるかは知っていた。
そして、少年はたどり着いた。
祭りの中へと――
「ねえ」
「何だ」
「逢魔ヶ時の伝説って何」
「どうせ怖がる、知らない方がいい」
「気になる。教えてよ、知らない方がもっと怖いよ」
手を繋いで廊下を歩いているのは兄弟だろうか。小さい弟はこの学校に伝わる伝説に興味があるようで頻りにその話をねだった。話せば怖がるのは目に見えている、出来れば話したくない。
――知ればきっと、逢魔ヶ時の世界を彷徨わなくてすむ。
そんな直感とも言える囁きが脳裏を掠めて、素直にそれに従う事にした。話さないと後悔する、そう思えて。
怖がっても知らないからな、と前置きしてから兄は弟に語り始める。うん、と兄を見上げて弟はうれしそうに繋いだ手を振った。
そのまま仲のいい兄弟は手を繋いで装飾に縁取られた廊下を歩いていく。そして、文化祭が終われば仲良く二人で家路に着くのだろう。誰も失わず、何も起こる事なく。
そんな世界が一つはあってもいいだろう、と兄弟とすれ違った少年は狐面の下で小さく目を細めた。
2015. 3