White aquamarine
手出して、と言うから思いっきり拳を突き出して仁の眼前で止める。いきなり殴ろうとすんな! とビビりまくった彼から苦情が飛んで来たが腑に落ちない。言った通りに手を出しただけなのに。
「普通に手のひら出せっての。ほら、手のひら」
「君のことだから、サプライズとか言ってどうせ蛙とかを乗せてくるんだろうと思って。無闇に驚かされるのは趣味じゃない」
「今日はそういうサプライズじゃないから……」
疲れたように肩を落としてから気を取り直して、一つの箱を取り出して押し付けてくる。両手に収まる大きさのラッピングされた長方形の箱。振ってみても軽いことしか判らない。
休日に呼び出してきた用事とやらはこれを渡すためか? いまいち要点が掴めない。果たして開けてしまっていいものだろうか。
難しい顔をして黙りこくったのが気になったのか、お菓子もあるけど? ともう一つ包みを取り出し、新の膝の上に乗せる。こっちは一目見てクッキーだと判る透明の袋だ。
ますますもって不可解だ、わざわざこんな形でお菓子を寄越す理由とは一体……
神社の階段に腰掛けた膝に目を落とし、考え込む。そして気がついた。今日が何の日かを。
「……ホワイトデーに何か関係あるのか?」
「あれ、俺電話で言わなかったっけ。お返しするから出てこれない? ってさ」
「お返し?」
「そ。バレンタインの」
お返しも何も、むしろチョコを食べる側だったような気が。それがどうしてお返しの話になるのか。
「あの時トリュフ食わしてくれただろ、それのお返し」
隣に座った仁の指が新の口を指し、その指を自分の口までなぞらせる。その動きを目で追ってようやく理解する。
まさかアレのお返しとか言うのかこの口は。冗談じゃない、さっさと忘れてしまいたい事故なのに何故蒸し返すのか。嫌がらせだとしたら質が悪過ぎる。
「顔赤い」
「うるさい、君のせいだ。新手の嫌がらせか」
「違う違う。そんなのうれしかったからに決まってるだろ」
「…………」
そんな真面目に言われても困る。うれしそうに微笑う顔を見てられなくて顔を俯かせた。俯いた視線の先にはプレゼントの箱とクッキーの袋がある。受け取ってしまえば事故ではないと認めたことになってしまう。これから先どんな顔で君と向き合えばいいのか分からない。
「それ、帰ったら捨てるなり何なりしていいからさ、じゃあな」
「待っ」
立ち上がる気配に思わず顔を上げる。ニヤニヤと目を細める仁と目が合って、しまったと己の迂闊さを呪った。座り直し、それ開けてみてよと催促する彼を恨めしく睨みつつ、クッキーの袋は体の横に、箱を開いた。
出てきたのはぺンダント。パワーストーンだろうか、勾玉の形をした青く透明な石が編まれた紐にぶら下がっている。飾り気のない新には似合うかどうか咄嗟の判断が付かない。
「パワーストーンってお守りみたいなもんだってさ。本音言うと、ペンダントなら一緒に着けてくれるかもって打算からだけど」
いつも首から下げているネックレスと一緒に。新はコートの胸元を握り締める。この鍵のことをいつから知っていたんだろうか。このネックレスは失ったら困るから肌身離さず下げているだけで、別段アクセサリーに興味はなかった。ネックレスだからって何でも気に入る訳じゃない。
その打算は完全に勘違いだが、不思議と悪い気はしなかった。青い石が綺麗だったからかもしれない。
「……これ着けてもいいか?」
「もちろん。着ける振りして投げ捨てるのは無しだからな」
「そこまで信用がないと手のひらを返したくなるな」
「もー冗談だって。俺が着けてもいい?」
「ああ」
ペンダントを渡し、巻いていたマフラーを解く。コートの襟を寛がせる彼の手がひんやりと冷たい。
指が微かに首に触れて、ペンダントの青い石が揺れる。首の後ろで留め具が音を立てて留まり、それはストンと首に収まった。
仁の手が離れる。
赤い方がよかったかな、と腕を組みながら彼が一人ごちる側で、首に手を遣ると何だかくすぐったく感じて、すぐに手を下ろした。……少し顔が熱くなってるかもしれない。
ありがとう、大事にすると新は小さく笑みを浮かべた。
「ところでこのパワーストーン」
「アクアマリンだけど」
「選んだ理由とかあるのか?」
「……特にないよ一番安い奴。幻滅した?」
「いや、大層な意味がなくて安心した」
曖昧にはぐらかす仁の口元を見ながら、帰ったら意味を調べてみようと大切にコートの中に仕舞った。
2015.3