Cudding somewhere ─どこかでもふもふする
教室の窓から覗ける中庭にはそろそろ桜が芽吹き始めていて、団子が恋しくなってくる。狐の耳と尻尾を撫でながら鬼は満開の桜に思いを馳せた。
何か面白いものでもあるのか、と狐面を被った少年が顔を上げる。鬼の少年が覗く窓の向こうが気になって首を巡らせるが座ったままでは見えない。立ち上がろうとして、後ろから腕の中に押さえ込まれる。
「動くなって」
彼の足の間に座って狐耳と尻尾を触られるのにも些か飽きてきた。突如生えた狐耳と尻尾がそんなに珍しいのか、後ろに座った鬼は上機嫌で少年を抱き込んで離してくれない。借りてきた文庫本ももうすぐ読み終わるしそろそろ解放してほしい所だ。
これが一体どういう現象なのかこの世界では考えるだけ無駄だ、日が変われば元に戻るだろうと楽観的に構えて少年の好きにさせている。
「この耳と尻尾がそんなに珍しいか」
「珍しいって言うか、せっかく狐らしく狐耳と尻尾が出来たから堪能しとこうかなと。どうせ都合よく明日には無くなってるだろうし」
一時的な現象だと考えて今の内にもふもふしておこうと彼は言う。耳の毛を指で操り、尻尾の毛並みを確かめるように撫でる手つきに狐の体が震えて。
コラ、と尻に伸びた手を抓り上げる。
「余計な所を触るんじゃない」
「駄目?」
「駄目だ」
ただでさえ狐耳と尻尾に違和感があるのに、その上で体に触れられるのはどう考えてもいい結果を招かない。嫌がらせが好きな彼にとって、それはいい格好の餌だろう。
からかわれて遊ばれる自分は彼のいい玩具でしかなくて、それを知ってて享受してる自分は何なのか。
よく分からない。
いくら言っても結局要望は通らなくて彼の好きにされるのもいつもの事。
狐耳に吹きかけられる吐息と舌先に体が反応して、震える手で甚平を握り締める。あり得ない耳と尻尾に感覚を与えられた小柄な体は律する事が出来ずにいとも容易く快楽に堕ちて。
ただでさえ感じやすい少年にとって、これは堪ったもんじゃない。
……しかし、いくら待ってもその先が来ない。狐面を斜め後ろに向けると彼は中庭に余所見をしていた。
「触らないのか?」
「うん、これ以上触るとお前泣きそうだから止めとく」
「泣いてない、馬鹿にしてるのか」
「そんな泣きそうな顔して強がられてもなー」
持ち上げた狐面の下で、への字に口を曲げて見せる。そんなに簡単に泣いてたまるかと。
てっきり悔しがると思った鬼の怪異は努めて自然に指で目元を拭う、黒い前髪に隠れて見えない目元に浮かんだ雫を掬い取った。
「……これでも泣いてない?」
「それは……欠伸で涙が出たんだ」
しまった、この答え方はマズい。
へえ、そうと目隠しをした少年はもう片方も拭ってからその指先を舐める。意地悪い口調に浮かんだ笑みの何とも言えない寒気に、蛇に睨まれた蛙の如く少年は硬直した。
「座ったままで退屈だったよな? ごめんな、その分激しくしてやるから」
その方がお前もうれしいだろ? と囁く声は鬼じゃなくて悪魔のよう。優しい声色が返って恐ろしく感じて、喉が勝手に唾を飲み込む。
冷たい視線に射抜かれて動けない。
頬に彼の手が触れた時、果たしてどんな顔をしていたんだろう。額に口付けてすぐに鬼は離れた。
「ジョーダンだって。いくら俺でも手を出していい時かどうか空気読むよ、びっくりした?」
「…………君と居ると疲れる」
「そう言わないでさ、祭りにでも行って何か美味いモン食べようぜ」
なっ、と狐の怪異の腕を掴んで立ち上がらせる鬼はさっきとは打って変わって明るく笑って。
そんな子供っぽい顔で言われたら文句も言えない。
こんなに疲れたのもこの耳と尻尾のせいだ、と不可思議な怪異の世界に八つ当たりのため息を吐いた。
2015.3