Gaming/watching a movie ─ゲームをする/映画を見る
仁の目が吸い寄せられたのは分かりやすいゾンビの絵の立て看板。聞いた事のないタイトルだったが一目で分かるホラー映画だ。映画館の入り口で足を止めた仁に次いで新も足を止めて、彼の視線を辿った。
「ホラー映画? 聞いた事のないタイトルだが有名なのか」
「俺も初めて。単館上映らしいしきっとマイナーな作品なんだろ」
観たいのか、と尋ねるともちろん! と仁は目を輝かせる。根っからのホラー好きの彼はホラーならピンキリ関係なくチェックする。たとえつまらない内容でもそれなりの怖さがあればいい、もちろん怖くないホラーもあるが外れを引くのも醍醐味だと思って日々ホラー蒐集を楽しんでいる。
お前、時間ある? と仁に映画に誘われたのは初めてだ。普段なら一人で入るのだろうが下校途中の寄り道で一緒にいた新も誘ってみたらしい。上映時間は一時間半程度だが、学校帰りだから一本観て帰るだけでも遅くなる。いつもなら断って先に帰る所だが、そもそも遅くなっても誰も気にしないし、何より子供のようにうれしそうな仁につられて、偶にはいいかと一緒に映画を観る事にした。
平日だからか人気がないのか、小さなシアター内は自分たちの他に二人しか客がいない。一人は上映が始まる前から寝ているから、映画を観に来たのは実質三人だけとなる。観る前からお察しの空気だ。仁はつまらない内容でもそのつまらなさを楽しめるが新はどうだろう、後で怒ったりしないか心配になった。
内容はありきたりのゾンビ徘徊もので、テンプレ過ぎて開始十分程度で飽きが来るのもある意味すごいんじゃないかと思う。つまらなすぎて隣に座る新の顔を覗き見ると、無表情でポップコーンを頬張っている。俺も買っとけばよかったとため息混じりにスクリーンに向き直った。
それからも特に捻った展開もなく三十分が過ぎた。
一切筋を違わない王道ストーリーは恙なく進んでどうしても話に集中出来ない。鑑賞を早々に諦めた今、もはや残り時間は映画をBGM代わりに友人の顔ばかり見る時間と化した。
彼は無表情ながらもつまらないと言った様子もなく静かに画面を見つめて、ゾンビの強襲に僅かに目を見開いたり、主演が取る行動に納得が行かないで、顔をしかめたりしている。彼の一喜一憂の方がホラー映画よりよっぽど面白い。
横顔を見つめられてるとは露知らず、純粋に映画を楽しむ新がいてくれてよかったと唇の端に笑みを浮かべていると、突然無表情な口が小さく開いて悲鳴が上がった。
何だよくあるラブシーンか。女優の服が軽くはだけて主人公と抱き合ってキスをする、何て事ないワンシーンだが今まで見ていたどのシーンより新の表情が愉快な事になっていく。主演の二人がベッドに入った所でとうとう困ったように視線を外し俯いてしまった。
女っ気がないのはチビだからだと思ってたけど、もしかして恋愛事が苦手だったりする? 単に女性の裸に免疫がないだけか。
そろそろと顔を上げた新と目が合って仁が笑いかけると、無表情に戻りつつもバツが悪そうだ。少し頬が赤いのに気付いて、悪い事した気分になった。
「こういうの苦手?」
「……まだ終わってないから、静かにしてくれないか」
強がって正面に向き直る彼の耳に息を吹きかけてやると、たちまち悲鳴が上がった。慌てて新は口を抑えるが気にする者は一人もいない、耳を抑えて振り返る彼は鬼の形相だ。
懲りずに肘掛けに置かれた手の上に手のひらを重ねて指を絡ませた仁に、訝しげに頭を傾げて。
「さっきから人の顔ばかり見てくるし、一体どうしたんだ」
気づかれてたらしい。それは映画がつまらないからに他ならないが、無表情な彼の小さな表情の変化を眺めてるのが楽しかったからで。
それをここで正直に言うのもおかしいし、楽しいお喋りは映画が終わった後でいい。どこか喫茶店やファミレスにでも寄って、そこで存分に彼をからかおう。
無表情の下に隠れた色んな表情が見れてきっと楽しいに違いない。
「お喋りは映画が終わってからな」
声をひそめてスクリーンに向き直る仁に新の眉間の皺が深くなる。
手のひらは重ねたまま、そのまま王道で迎えるだろうエンディングを静かに待った。
2015.3