Fallin down
Aなの? と近づいてきた足音に視線を巡らせる。暗闇に浮かび上がった足を見つけた時Tは思わず立ち上がっていた。自分と同じ色の上履きだ、間違いない。
「本当にAなんだよね? おれに会いに来てくれたの?」
「うん、久しぶりだなT」
中性的で穏やかな声に変化していたが、それは紛れもなく親友のAの声だった。久しぶり! と手を取って小学校以来の再会を喜んだ。
「Tは俺が怖くないのか?」
「それはもちろん怖いよ。それより君のことが心配だったのを思い出したんだ。地獄に落ちちゃって寂しがってないかって」
「そうだな、寂しかった……だから君に会いに来たんだ」
「突然ひとりになっちゃったら寂しいよね」
うんうんと頷く。あの時肝試しに行かなければ、Aと突然別れる事もなく今も友達でいられたかもって。引っ越しや喧嘩、離れ離れになる要素は日常にいくらでも転がってて、そのどれでもない理不尽な別れ方は後を引いた。ずっと後悔していたんだと思う。
座ってお喋りしよう、とAをパイプ椅子に座らせてたくさん話をした。小学校から今までの楽しかった事を振り返って、君が少しでも笑えるように。
「いいな、俺ももっと学校に行きたかったよ。みんなと一緒に遊びたかった」
「Aは今までどうしてたの?」
ずっと暗い所を彷徨っていたよ、そう俯いた彼の顔に陰が落ちる。準備室の中が一層冷えた気がして、カーディガンに通した腕を引き寄せる。寒さに体が震え出した。
地獄はここより暗くて寒い所なんだ、とAは立ち上がった。Tに背中を向けて戸を開けようとする彼を呼び止め、続けて立ち上がる。絶対開けちゃいけないと頭の中で警告が鳴り響いてる。
「A待って、どこに行くの? おれも」
「ここはもう地獄なんだ、T」
「……地獄?」
「ごめん。独りはもう嫌だったから……」
振り向いたAは今にも泣きそうに顔を歪めていて、そんな彼に被りを振った。
「謝らなくっていいよ。おれの方こそずっと謝りたかったんだ。あの夜AやDの言う通りにしていればよかった、肝試しなんて行かなきゃAをひとりぼっちにしないで済んだって。後悔してたんだ」
「君のせいじゃないよ。もちろんBやCが悪い訳じゃない。俺は誰も恨んでなんかない」
「……見捨てられたって怒らないの?」
「どうして怒らないといけないんだ? 俺が勝手に落ちただけなのに」
顔を傾げて小さく微笑むAはただ、寂しかっただけ。引きずり込んだ自覚がない所はやっぱり怖いけど、誰のせいでもないと言ってくれてスッキリした。ごめんね、と泣きたい気持ちを押し隠して笑った。
「これからはおれが一緒だから、もう寂しくないよ」
「……一緒にいてくれるのか?」
「うん。そのために君はおれの知ってるAになって迎えに来たんでしょう? 地獄に落ちちゃった本物の代わりに。だったら一緒に行くしかないよね。友達なんだから」
伸ばした手が届かなかったことを、いなくなった君を探し出してあげられなかったせめてもの罪滅ぼしに。幼なじみのAは今でも地獄を彷徨ってて、それはあまりにも遠すぎておれの手じゃ届かない。引っ張りあげられない。
それならこっちから落ちて行けばいつかきっと君に手が届くよね?
両手で包んだAの手は冷たくて、窓の外で吹雪く雪を思わせた。
二人一緒なら平気だよね、と手を繋いだ。
図書準備室の明かりが点くと、誰かから安堵の息が漏れる。そこには四人の姿しかなく、明るいTはどこにもいない。きっとAに連れて行かれたんだろう。
済まないな、と誰かが呟いて準備室の電気は消えた。
2015.3