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    karanoito

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    karanoito

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    YとA

    探究心の行く末

     しまった、と口を噤んだ時にはすでに空気が変わっていた。喚いた声は返事をしたと見なされて、Aは部屋に入って来てしまった。品定めをするように準備室の中を回り始める。
     一体何が起こるんだろうと眼鏡の奥から視線を上げた時、丁度足音は立ち止まった。Yのほぼ真後ろで。
     兄さんですか、と暗闇の中、その唇が動いた。
    「……ああ、間違えました。あなたはY先輩でしたね」
    「…………あれ? お前ちゃんと体があるじゃないか」
    「ありますよ。俺はその中身とは別物ですから。本物のAなら今も校舎を彷徨って探してるんじゃないですかね」
     ビンの中から抜け出した中身はAの目と血と爪と心臓――肉体からえぐり取られた欠片でしかない正真正銘、異形の姿だ。そんなの見たら卒倒モノだと思ってたから、現れたのが普通の男子生徒で安心した。
     暗がりに顔が隠れていても、彼はよく知っている後輩Aそのものに見える。でも本物のAとは違うらしい。ここにいる五人が語った怪談だから別物だと。
    「要するに怪談のAの部分を寄せ集めて造られたのがお前なんだな。なるほど」
    「さっきと違ってずいぶん冷静ですね。怖がりの先輩が一体どうしたんですか」
    「馬鹿にするな。お前の正体が僕の話したAだと判ったからな。自分が話した怪談を怖がる奴なんかどこにもいないよ」
    「先輩なら怖がっても不思議じゃないですけど」
     からかうような口調にむっとする。確かにAがノックした時は恐怖で身が竦み上がったけど、いくら僕でもそこまでひどくない。むしろ、怪異や異界の謎に近づける悦びに気持ちは晴れやかだった。
     彼に聞きたい事はたくさんある、怪談から生まれた現象に恐怖はなくても興味は尽きない。
    「早速だけど」
    「その前に、先輩は自分がこれからどうなるか解っているんですか」
     あんまり浮かれているので心配になったんだろう。前のめりになって近づけた顔を手で制して、彼は確認を取る。
     もちろん解っているさ、と胸を張る。彼が後輩の姿を真似ている以上答えは一つだ。
    「お前の目的は、今まで見逃していた僕を迎えに来た事だ。それであってるか?」
     正解です、と短く手を打ち鳴らす彼に得意げに眼鏡のブリッジを押し上げた。まあ、僕が話したんだから正解で当然なんだけど。
     怪しい儀式の為に、目と血と爪と髪と心臓の姿にされた後輩は命じられたままに生き別れた兄を探している。その哀れな行動は探し人が見つかるまで止まらない。その最後をぜひ見届けたかったけど、どうやらタイムオーバーらしい。
     彼は兄を見つけられずにYを連れて行くと断言した。怪談がもたらした行き先とはどんな所だろうか、早く知りたい。楽しみで胸が落ち着かなかった。
    「水を差しますが、そんなに楽しい所ではないと思いますよ。少なくとも俺にはそう見える」
    「お前はオカルト好きじゃないから楽しくはないだろ」
    「そうですけど、一般論ですよ」
    「そんなの行って見なくちゃ分からない。見て判断するのは僕だからな」
    「……判断出来るならいいですけどね」
     背中を向けて歩き出す彼に、置いてかれては堪らないと慌ててパイプ椅子を蹴って立ち上がる。躓いて転びそうになった体を難なく支えた細い腕は、体が震えるほど冷え切っていて、窓の外で吹きすさぶ吹雪を思わせた。
     窓を振り向いても見当たらず、辺りは図書準備室でも何でもなくなっていた。Aが歩くのはただ果てしなく広がる闇の中。
     ここはもう異界だった。
     足を止めたYをAは振り返る。控えめだが歓喜に溢れた笑みを零して、両手を広げていた。小さい体を大きく見せるように。
    「どうしました? 足が止まってますよ。恐ろしいですか、怖じ気づきましたか、足が竦んで体の震えが止まらない?」
    「それは……」
    「いいんですよ、怯えても。それが人間のあるべき反応ですから。どうぞよくご覧になって下さい、これが先輩の望んだ異界です」
     並べ立てられる雑音は耳に入ってこなかった。目を凝らさくても分かる、彼の背後に広がる闇に蠢く何かに意識は引き付けられ、離れない。喉を唾が滑り落ち、冷たい汗が頬を伝う。
     膝が震えて立っていられないYに大丈夫ですか、と声がかかる。物静かで穏やかな、聞き慣れた後輩の声に意識を戻す。ゆっくりと息を吸った。
    「平気さ。僕はこれを解き明かせる日をずっと待っていたんだ」
     若干声に震えは残っていたが、もう心は凪いで落ち着きを取り戻していた。未練も後悔も何も感じない、湧き上がるのは探究心だけ。
     目の前に広がっている闇の全てがそれを満たしてくれる。口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
     じゃあ進みましょうか、とAが僕の手を取る。そして果てしなく続く闇に足を一歩踏み出した。



    図書準備室の電気が復旧した時、そこには四人の姿しかなかった。臆病なYはどこにもいない、きっとAに連れて行かれたのだろう。
     済まないな、と誰かが呟いて準備室の電気は消えた。

    2015.3
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