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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新

    フラグの罠を考える

    「……なあ」
    「何だ」
    「これってさ、やっぱり何か見えない力働いてない?」
     現在、仁の体は逆さまに木からぶら下がっている。
     何故かと言うと、足に縄を引っかけて滑車のように獲物を捕まえるあの罠に引っかかったからだ。それはもう実にタイミング良く発動して、あっという間にこの有り様。
     まるで謀られてるみたいに。
     実験してみてその推測をよく深く確信する。見えない何かが邪魔してるとしか思えない。
     本当に山の中に仕掛けるんだなーと空中で頷く仁を冷ややかな目で新が見上げ、リュックから折り畳みナイフを取り出した。
     気のせいじゃないか、と新は一息にナイフを振るう。
     仁と木を繋げる縄を容易く掻き切り、パチンと刃を仕舞う。心底どうでもいいという目で地面に落ちてくる仁を確かめると、先に下山し始めた。
     置いてくなよーと慌てて起き上がった仁が小柄な背中を追いかけた。
     何故、二人で人気の無い山に登ったかと言うと実験の立証の為だ。仁曰く、見えない力に邪魔されてると。
    「だっておかしいだろ、毎回毎回失敗する方が有り得ないってシチュエーションなのに、何事もなく終わるし。二人きりになるのが発動トリガーかって疑いたくなるくらいに!」
    「むしろ、君は即刻その邪な考えを改めた方がいい」
     それは、放課後の人気の無い教室だったり、誰も来ない筈の体育用具室や、帰り道途中の公園や神社だったり様々で、このくらいなら人や時間、予期せぬ何かで邪魔が入るのもまだ解る。問題は、限りなく他の介入が少ないと思われる場合だ。
     曰く、一人暮らしのアパートの部屋だとか、鍵を失くして出られなくなった密室の中、故障したエレベーター内など。邪魔が入る方が難しい場所で迫った時、まず間違いなく状況は進展しないで有耶無耶になる。それが悔しくて憤っているのだ。
    「妄想が過ぎるんじゃないか、そんな事偶然に決まってるだろう」
    「偶然が十回以上も起こるかよ! 何度おいしい展開を逃して悔し涙を飲んだことか」
    「俺はその回数の多さに驚くと同時に呆れてるんだが」
     新の目つきが、馬鹿じゃないのか、と言外で軽蔑しているのが判る。何でこんな奴と一緒にいるんだろうとも。
    「男は好きな奴とだったら無理にでもやりたい生物なんだよ、お前だって男だしこの気持ち解るよな!?」
    「解りたくない……君はどうしてそういう内容ばかり明け透けなんだ……」
    「俺だってな、無理矢理じゃなくて同意の上がいいよ? でもお前がOKしてくれないからこういう手段に出るわけで。あーもう、いっそのこと振られた方がスッキリするかもな……」
    「そうか、はっきり断ったらいいのか」
    「ん、じゃあ試しに言ってみて?」
    「迫られるのは迷惑だからやめてほしい。……けど君の事は別に嫌いじゃないから、そこは誤解しないでくれ」
     これだ。この余計な一言が素直に諦めさせてくれない。友人として嫌いじゃないなら押せばそれ以上に進めるんじゃないかと期待してしまう。コイツ頑固だけど押しに弱いし。
    「嫌いじゃないならさ、一回身を任せてみない?」
     新の顔が引きつった。片眉がつり上がり、唇はへの字に曲がった。
     その手首を捕まえて、床に押し倒す。覆い被さって耳朶の外側を操るように舌を動かして、舐めていく。眉をしかめて、羞恥に赤くなった頬を見せて君は口を戦慄かせる。
     君は一体何を聞いていたんだ……! と怒りのこもったローキックが炸裂した。
     そんな訳で仁の通算××回の挑戦も失敗に終わった。
     二人きりになるのは簡単なのにどうして上手く行かないんだ。これ、やっぱり何かに邪魔されてるだろ。
    「そういう訳で検証したいから山登らない?」
    「何で山なんだ」
    「邪魔が入り難そうだから」
    「嫌だと言ったら?」
    「拒否権はありません。生憎と二人きりになるのは失敗しないみたいだからな、力に物言わせて引きずってでも連れてく」
     前の席から覗き込む目がよっぽどイっちゃってたのか、渋々といった様子で新は頷いた。
     後日、簡単なアスレチック用の通路をわざと外れて山に分け入っていく。山と言うより森だなと聳え立つ木々を新は呑気に眺めている。
     この辺でいいかなと、持って来たビニール紐を隠し持って新を手招きすると、一メートル程離れて近づこうとしない。
    「新、こっちこっち。アレ、松茸かも」
    「許可無く取ったら窃盗だから取るんじゃないぞ」
    「……そんな離れてて見え難くない?」
    「近づいたら何をされるか分かってるからな」
     さすがに警戒されてるか。今までの経験から彼を捕まえるだけなら容易な筈、なら手抜きでもきっと上手く行くだろう。新の方に向き直ると何も考えずに枯れ葉を踏みしめて、近づいていく。
     新が目を見開いて距離を離そうと後退る。気にせず大股で距離を詰める仁に困惑した表情で退り続ける。
     彼の体が急に傾いて態勢を崩した。枯れ葉に隠れて小さく穿たれていた地面に足元を掬われて、
    「新、捕まえた」
     倒れ込む前に悠々と仁がその腕を掴んだ。
    「……っ」
     怯えたように大きなつり目気味の瞳が揺らいで、身を疎める。そんな小柄な体を腕の中に包み込んで、柔らかい髪に顔をうずめた。陽の光を一杯吸い込んだ匂いがする、暖かい日向みたいだ。
     しばらくその暖かさと感触を満喫していると、やけに新が大人しいのが気になった。抵抗するでもなく仁の腕の中で立ち尽くして。
     そんな新に腹が立った、受け入れる気もないくせにと。殆ど言いがかりに近かった。
     もっと激しく暴れて抵抗してくれたら勘違いしないで済んだのに、どうしてこんなに。
    「……なに大人しく受け入れてるんだよ、お前馬鹿なの?」
    「君から迫っておいてその言い草は何だ」
    「逃げられるなら逃げろよ、ならいくらでも叫べばいーじゃん、出来るんだろ!? 抵抗しないなら俺を肯定しろよ! お前の事好きだって言ってるだろ! 俺をちゃんと見ろよ、受け入れろよ、バカ新!」
     ヤケクソ気味に腹に溜まった鬱憤をぶちまけて、大声で喚き散らした。叫んだ肩は大きく揺れて、心臓がバクバクとすごい音を立てて鳴ってる。
     ああもう。すげーカッコ悪い……。お願いだから何か言って……と思いながら目を上げた。
     おかしい。いつもなら馬鹿とは何だと君が言い返してとっくに睨み合ってる頃なのに。その言い返す声が聞こえてこない。
     よく見れば、彼のつり目がちの瞳は大きく見開かれて、言葉を忘れたように口は半開きになっている。
    「…………え?」
     何だ、この反応。
     こんなに驚いた彼を見たのは初めてで呆気に取られた。
    「いや、だって君がそんな事……いつもの嘘、だろう……?」
    「……もしかして気付いてなかった?」
     軽く頷く彼を見て、信用がない己を恨んだ。からかう為に嘘を吐いてるとずっと思ってた訳だ、拒絶され続ける本当の理由がやっと解った。からかわれてると知ってたら誰だって逃げるに決まってる。
    「……本当に?」
    「本当。もう一回言おうか? 信じられないなら信じてくれるまで何度でも言うよ」
    「それはやめてくれ、恥ずかしい」
     おずおずと見上げていた新はすぐに頭を激しく振って、俯いてしまった。少し顔が赤く見えるのは気のせいか、それとも。
     この反応はひょっとしたら脈ありかも、と期待してしまう自分が情けない。そうやって何度も裏切られて来たのに、本当に懲りない。
     懲りないから諦められなくて、こんなに拗らせた訳だけど。
     何か言いたげに口を開きかけて、でも何も言えずロを閉ざして。物言いたげな視線を寄越す新の肩に手を乗せて顔を近付ける。
     唇が触れ合う寸前まで近付いたまさにその時、仁の足が何かに掬われて、とっさに新の体を突き飛ばしていた。
     無事か、と逆さまになった新が見上げている。違う、逆なのはこっちだ。宙吊りになった自分の体を確かめてため息を零した。
     あー……やっぱりこうなるんだなと。
    「……なあ」
    「何だ」
    「これってさ、やっぱり何か見えない力働いてない? 絶妙過ぎて惚れ惚れする見事なタイミングだったんだけど」
    「気のせいじゃないか。縄を切るから少し黙ってろ。舌を噛む」
     パチンと新の手の中でナイフが鳴る。頑丈に結ばれた縄はいとも容易く断ち切られた。鮮やかな手並みに感心して口笛が流れる。
     そういえばコイツ、チビだけど身のこなしはよかったっけ。と体育の授業を思い出していたら舌を噛んだ。
    「うー……したかんだ」
    「だからそう言っただろう」
     用は済んだとばかりにさっさと山を下って行ってしまう。そんな新の背中を追いかけて、絶対リベンジしてやると固く心に誓った。

    2015.3
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