小休憩。
それはとても天気のいい昼下がり。広い体育館の中でボールがひとりでにバウンドして、舞台上では吹奏楽の生徒だったと思われる演奏会が行われている片隅に、壁際に並んで座り込んでいる二人。黙々と文庫本を読み耽る狐面の少年の隣で、鬼の怪異が何をするでもなくボールを指で回して遊んでいる。
目が眩むほどの眩しい晴天は逢魔ヶ時の世界に似つかわしくない。が、天気のいい時くらいは陽光と戯れたい。表の学校と繋がる以外はこの異界に迷い込む人も少なく、怪異もどこか暇を持て余して。
混ざってきたらどうだ、と狐の怪異が顎で指し示すのはひとりでに跳ねるバスケットボール。姿が見えない誰かが一人でドリブルをし、シュートを決める。バスケットコートを擦るシューズの音が聞こえてきそうだ。
「俺はやだ、面倒臭いし。お前が一緒に遊んでくれば?」
「読み始めたばかりだから今は無理だ」
彼は意外と交流的だから的外れな提案でもないはず。怪異同士それとなく話したり、遊んだりしているのを鬼は知っている。
あっそ、と左右の指をひっくり返してボールを回し続ける。もう、それ以上は何も言われなかった。器用なものだと感心しながら、少年の指は軽やかに頁を捲った。
日向に身を委ねてどれくらい過ぎた頃か、窓から差し込む陽光に斜めに被った狐面がうとうと揺れ始めて。二冊目に手を伸ばして捲っていた指は緩慢に、やがて小柄な体は寝息を立て始める。真っ直ぐ伸ばした足にだらしなく下がる腕を何の気なしに目隠しから追って、鬼は杯を呷った。
演奏会が終了した今は、体育館に音を響かせるのはボールの彼(彼女)のみ。何時間も飽きもせず練習を積み重ねる。それが報われる試合も大会も彼にはもう訪れない。
よくやるね、と目隠しの下で嘲る少年の足元にボールが跳ねてくる。広げた手のひらに吸い寄せられるようにそれは収まって。
コート内から流れてくる視線としばらく向き合ってから、鬼の怪異は口を開いた。
「悪いけど俺は相手してやらないよ。……日向ぼっこが気持ちいいから、さっ」
座ったまま腕を振りかぶる。投げたボールはコートから外れてしまったが、透明な生徒は難なくキャッチしたようだ。再びドリブル音が床を突く。
隣の少年は気づかずにうとうとと微睡み続け、傾いだ体が鬼の肩に凭れかかった。それを気にすることなく酒を呷る。
眩しい陽光はまだ床を照らし、明るい円を作り続けている。日向がこうして明るい内はここを離れないだろう。
暖かい内は、まだ。
2015.3