あなたのいる家だから
甘い物は大丈夫ですか? と言うので頷けばホール型のケーキが出て来た。フルーツが盛り付けられたシンプルな白いそれを持つAの頬はうれしそうに緩んで、如何にも喜んでいますと言った表情だ。兄さんも一緒に食べましょう、とドアの隙間から顔を覗かせた彼に袖を引かれながらキッチンのテーブルに着く。
「それはどうした」
「もちろん買ってきました。この日は毎年食べていたので」
「店でか? 金はどうした」
父さんから頂いたお小遣いでと、さも当然の事のように答えて。彼の手で丁寧に切り分けられていく白い塊を始は正面から眺めた。
あの雪の日、自分の後を勝手に付いてきたAの事をどう説明したものか悩む前に、彼はさっさと父に受け入れられていた。母に引き取られた彼の身を案じてた父はAの顔を覚えていたらしい。彼がもう亡くなった事を知ってるのか知らないのかは皺が刻まれた横顔からは窺い知れなかったが。
お前の弟だと紹介されたこっちの方が呆気に取られている内に、まんまと正式に兄弟として迎え入れられてしまった。この展開は何だ、俺が一体何をしたと言うんだと嘆いても、目の前からAはいなくならない。
彼の居場所は決められたのだ。この家に、始の側に兄弟として。
「はい、美味しかったらどうぞお代わりして下さいね。お茶は紅茶とコーヒーどちらがいいです? コーラもありますよ」
切り分けた皿を差し出す彼は怖いくらいご機嫌だ。何の日かは分からないが、よほど良い日なのだろう。フォークに突き刺したケーキを一口かじる始を、頬杖を突いてニコニコと眺める彼はどこにでもいる少年にしか見えなかった。
黙々と口に運ぶ始の正面で彼も静かに食べ始める。
フォークの立てる音とカップを啜る音が流れる奇妙なお茶会は何とも言えない空気の中、進んだ。
「これは何の為に買ってきた? 意味があるんだろう」
「笑わないで下さいね? ……実は誕生日のケーキなんです。俺は三月生まれですから」
「こんな事しても余計に虚しくなるだけだろうに」
「ひとりだったらやってません。あなた達がいるこの家だから買ってもいいかなって思ったんです。祝ってくれる家族がいるのはとても幸せな事なんですよ、兄さん」
「俺は祝ったつもりはないがな」
「そうですか。でもこうして一緒に食べてくれるだけで充分です」
そう言ってケーキを口に運びながら微笑む彼は本当に幸せそうで、もし誕生日プレゼントを贈ったらどんな顔で笑うのだろうか、とカップに残った紅茶に映った顔をスプーンで掻き回した。
2015.4