好きになってもいいですか
たとえば自分を見上げる視線、シャツを握り締める手のひら。穏やかに紡がれる言葉のどれを取っても心地よく、警備帽の少年を惹きつけた。
勘違いした彼から先輩と呼ばれる度擽ったいような焦れったいような感覚を受けて胸やら頭等を掻き毟りたくなる。
「何かほしいものはあるか?」
「いえ、特には」
「そうか」
「あそこ、置物みたいな猫が正座して店番してますよ。かわいい」
「ほしいのか」
「店主ですよ」
「残念ながら私は売り物じゃないにゃー」
「あの、撫でてもいいですか?」
「お触りは遠慮下さいにゃ」
どうやら動物が好きなようだが特に欲しがったり、触ろうとはしなかった。雛屋のひよこを買ってやろうとしたら、家では飼えないんですと断られた。この世界にいるのは動物の姿をした怪異だからどんな影響が出るかは解らない、無闇に与えるのはよくないなと考えを改める。決して負け惜しみではない。
それとも、怪異には近付くなと言った自分の教えを守ってるのだろうか。
祭りの中だから無いのか、元々無欲なのかは分からないが射的で取った景品を渡してもあまり喜んでるようには見えない。何をしたら喜ぶのか見当も付かずに、こうしてりんご飴を食べてる時が一番うれしそうに見える有り様。
「先輩の方こそ、何かほしいものは無いんですか」
小柄な少年が上目遣いに尋ねてくる。彼に逢うまで考えた事はなかった、今ならお前が喜ぶものを知りたいのだが言えるはずもない。その問いに先ほどの少年と同じような答えを返すと、そうですかと小さく肩を落とした。無表情だが残念そうに見えなくもない。
「すまないな」
「こちらこそすみません……考えなしでした」
「そんな事はない」
「怒ってませんか」
「ああ」
「よかった」
ほっと顔を和らげる少年に思わず手が伸びかけて、拳を握り締めて踏みとどまる。近づくなと言ったのは自分なのに、こちらから近付いてしまいたくなる。困ったものだ。
「……本当は、ほしいものあるんです」
左右に伸びる屋台が途切れ、開けた参道が顔を出す。赤い鳥居を前に少年は後ろに腕を組んで立ち止まった。
「俺には叶えられないものか」
「そうですね、叶ったらうれしいですけど有り得ませんから」
「それは何だ」
「言ってもいいんですか? 絶対に先輩困りますよ」
「いいから言ってみろ」
そこでようやく彼は振り返り、先輩です。と曇りなく言い切った。呆気に取られて反応出来なかった。
少年が目の前に近付く、警備帽の中の素顔を覗き込むように。
「──好きになっても、いいですか?」
2015.4