泣き顔<<<笑顔
「泣くのはちょっとアレだし、後は怒りしかないじゃん」
夏の終わりに神社で話した内容は新にとっては別に面白くも何ともなかったと思う。何をしたらマジで怒るのか皆目見当が付かなかったから仕方ない。暇つぶしに過ぎないお喋りだったが、彼と話すのは充分楽しかった。
泣き顔はあんまりだからとは言ったが、一度だけ彼が泣いてる所を見た事があるのだ、実は。欠伸でも怪我でも玉ねぎを切ったからでもない、あれは正真正銘の泣き顔……だったと思う。思い返すと自信がないけど。
「君は意地悪だけど、いい人そうだな」
打算もなく、純粋にそう思って呟いた君の一言が忘れられない。
まだお互いの呼び方が逢坂と遠藤だった頃、放課後に校舎脇で彼を見かけた。この頃はまだ一緒に帰る程の仲じゃなく、一方的に俺が気にしてるだけだった。
小柄な背中は地面にしゃがみ込んだまま動かない。
腹でも痛いのかコンタクトでも落としたのかと、こっそり建物の陰からその横顔を覗いたら頬を一筋何かが伝った。
まず雨を疑って空を振り仰いだが違った、気持ちいいくらいの夕焼けが広がっている。じゃあ何だ、やっぱりコンタクト……
「……」
ごしごしと袖口で目元を拭ってる彼を見た途端、体が勝手に動いていた。近くには蛇口があり緑色のホースが繋がってる。おそらく花壇に水やりをした生徒が片付け忘れたそれを手に、思いっきり蛇口を捻った。
「…………冷たい」
「悪い、かかっちゃった? 手滑らせちゃってさ」
「遠藤」
「こんな所で何してんの?」
顔から水を滴らせる新に素知らぬ顔で近寄る。
ジロリと一瞥するだけして、再び地面に向き直った。
彼は何かを拾い上げ手のひらに乗せた。一羽の雀のようだが、ピクリとも動かない。猫にでも襲われたのか辺りには数枚の羽が散らばっていた。それに視線を落とす彼が若干しょげてるように見えて、花壇を指差した。
「……それ、花壇にでも埋める?」
「出来ればきちんと埋葬したい」
じゃあこっちは? と桜の木の下に案内する。スコップを借りて来て一緒に雀の死体を木の側に埋めた。
掘り返した土を埋めながらスコップで形を整える横顔はいつもと同じ無表情で、やっぱり見間違いだったかなと首を捻る。そうだよな、雀が死んでたくらいで泣く男子高生がいる筈ないし。
手を合わせてから立ち上がった彼は僅かに目元を細めて、ありがとうと言った。
「君は意地悪だが、いい人そうだな」
まだ水をぶっかけられた事を根に持ってるらしい。
それはちゃんと謝っただろと言う前に文句は口に溶けた。顔を逸らす間際、静かに微笑んだ彼に目を奪われて。
何だ、勿体ない。もっと笑えばいいのに。
「それじゃ」
「ついでに途中まで一緒に帰らない?」
「自転車通学なんだが」
「あ、俺も自転車。逢坂はどっち方向?」
彼の帰り道は偶然にも同じ方向だった。席も前後だし、晴れて新に付きまとうようになった。
ちなみにまだマジ怒りは見ていない。
2015.5