また明日
嵐が過ぎ去るのを待つみたいに耳を塞いで、目を瞑って。
目を開けて待ってるのは一人きりの静寂。誰もいないを確認する度、心は掻き乱されて意味もなく泣き出したくなる。
一人きりの家の中で膝を抱える心細さなんか知りたくないのに。
……一人は嫌だよ、誰か傍にいて。
「それってさ、俺じゃ駄目なの?」
お気楽な遊び人が前の席から振り返って新の顔を覗き込む。駄目と言うか学校で会う友人とはまた別で。いくら傍にいてほしくても限界がある。
わがままに過ぎない願望を口にした迂闊さを頭を左右に振って取り下げた。
「忘れてくれ」
「別にいいじゃん、寂しい時は一緒で。なんなら夜もお供しますよ、寂しんぼのオヒメサマ?」
さらりと耳にかかった髪を仁の指が撫でて、囁いていく心地よい誘惑の言葉。その人たらしの顔に話半分で聞いておく。
お前らなに内緒話してんの、と冷やかすような橋本の声。
「顔近いぞー」
「お前たちを見て一部の女子が騒いでる」
「へえ、何だろ」
あの辺かな? とあっさり立ち上がって教室の女子の塊に近づいていった。話の混じり方が自然過ぎて最初から彼女たちと話してるみたいに。
「顔赤くない? 仁にイタズラでもされたかー」
「……そうだな、あれはイタズラみたいなものか」
あっさり離れていくくせ傍にいるとか平気で口にして、いつもの軽口だったんだろう。その気がないなら期待させるなと。忘れろと言った事は棚に上げて新は僅かに眉を寄せる。
その日の帰りに思い出したように彼はメモを取り出した。
「これ、俺の携帯番号。一応他のメアドも控えてるけど、お前携帯持ってないから電話メインでいーよな」
「……これをどうしろと」
「寂しくなった時呼び出すとかして使ったらいいんじゃない?」
休憩時間のあの話は本気だったのか。事細かく注意書きが載っているのは通話のせいか。夜はほとんどバイトで埋まってるから、たとえ呼び出しても現状は変わらなそうだ。
「どうしても一人が無理なら遠慮なく呼び出してよ。夜中でも雨の日でも」
人好きのする笑みをどこまで信用していいものか。
……番号交換なんか普通に誰でもするし、別にいいか。こっちの番号をノートの片隅にメモって切れ端を渡す。
「自宅のだけど」
「うん。掛けるからちゃんと出ろよな」
「誰かが出なければ」
そこは出るって言っとけよ、と口を尖らせて仁は自転車の鍵を差し込む。また明日な、と分かれ道で彼は手を振った。
それが彼からのお誘いだったと気付くのはもう少し後の話。
2015.5