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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新

    大逆転

     嘘でもいいから愛を囁き、寄り添えば満足なのかと新の眼が問いかける。それで解放されるなら安いものだろう、でもなかなか口から言葉は零れなくて見つめ合う時間だけが過ぎていく。
    「そんなに睨まれたら体に穴が空いちゃうな」
     おどけた風に笑って、日課の髪を梳き始める。いくら自分で出来ると言っても聞かないでブラッシングされる様はペットの犬と同じだ。ベッドに繋がった足首は犬小屋に繋がれた飼い犬と大差ない。
     起きた新の髪を梳いて、一緒に食事を摂って二人で過ごす。この狭い部屋の中で出来る事はそう多くないが一人占め出来るだけで仁は満足そうだった。
     閉じ込めたりしなくても他愛ない話ならいつでもどこでも出来るのに、夏休みなんだから。
    「今日夏祭りがあるんだってさ」
     六時からと言うが窓がカーテンで閉めきられた小部屋は正確な時間が計れない。時計もTVの類もない中で二週間も過ごせば世間や時間に置いてきぼりにされても無理はないと思う。
     ずいぶんと肩に負担が圧しかかっていた。たった二週間、されど二週間で正確な時刻を認知出来なくなるなんて監禁生活も楽じゃないな。二週間なんて少し長めの旅行をしたらあっという間に過ぎ去るのに部屋から出ないで過ごす毎日はとてつもなく長く感じる。
    「行きたい?」
    「ああ」
     希望は持たずに緩慢に頷く。夏休み前に立てていた計画は悉く潰れて、楽しみにしていた祭りさえ取り上げられてしまったらもう舌を噛んでもいいだろう。
     そんな油断も暇も君は与えてくれないけど。
    「でも残念。これから雨なんだ」
     カーテンを開いた途端に不粋な雨音が辺りを覆う。
     天候さえも彼に味方してるようなこの仕打ちに深いため息しか出なかった。

     夏休みに入ってたった二日。外で聞いた蝉の声を最後に平和だった日々は過ぎ去ってしまった。君の顔しか見ない夏の日は、あんなに煩い蝉の合唱すら恋しくさせる。
     最初はクーラーとベッドしかない小屋か何かと思っていたが、部屋の外にちゃんとバスルームとトイレが設置されている所からして、ここは別荘やコテージだろうか。高校生が気軽に泊まれる施設とはとても思えない、別荘の管理のバイトでも始めてそのついでに連れてこられたとか。無理があるけどそれなら説明が付かない事もない。
     拘束は足首に繋がった一本の鎖だけ。容易に外せない壊せない鉄の輪が、逃がさないとジャラリと音を立てる。
     監禁って奴。そう微笑う仁の言葉を疑いたくても、擦り合う銀の鎖が否定する。床に伸びた鎖はひたすら冷たかった。
    「冗談にしては質が悪くないか」
    「前からさお前と二人で過ごしてみたかったんだ」
    「理由になってない」
    「ハッキリ言わないと何も分からないって、それ思考停止過ぎないか?」
    「君を誤解したくないだけだ」
     冗談に決まってるだろって笑い飛ばしてくれたらまだ引き返せる、そんな一握りの切望すら歪んだ黒い笑顔に踏みにじられて。
    「残念だけど本気なんだ、これが。心配しなくてもちゃんと飯は出すし、必要な物もあったら用意する。……俺と一緒にいてくれるよな?」
    「……」
    「取りあえず飯食わない? 用意するよ」
     頷く事も微笑い返す事も出来なくて遠ざかる背中を見送る。普段と何ら変わらない仁の笑顔が背中が、却って空恐ろしかった。
     出してくれた味気ないお弁当を食べながら盗み見る彼の顔は教室で過ごす彼と一緒で、つい状況を忘れそうになる。その度に冷たい鎖の音が鳴って気付かされる。
     これがただのサプライズだったらどれだけいいか。
     そう期待して初日の夜、夢に沈んだ。
    「飽きた」
    「それ耳タコなんだけど。二週間過ぎてから毎日毎日、こっちも聞き飽きるわ」
    「……」
    「なに」
    「何でも」
     聞くのが嫌なら外に出せばいいのに、出さないの一点張りに呆れる。
    「あーあ、ビクビクしてたお前可愛いかったのに何でこうなるかなあ……脱出失敗続きで強気になるのお前くらいだよ」
    「相手が君だからな」
    「縛り付けてやりたいこの笑顔」
    「指を噛み千切られたいならやってみろ」
     挑発に次ぐ挑発ですっかり仲は険悪に。これが彼の望んだ二人きりの空間でないのは間違いない。
    「せめて課題くらいやらせてくれないか。後でまとめてやるのは性に合わないから」
    「俺のやっといて」
    「断る。別に勉強がしたいわけじゃない」
     読んでいた文庫本を投げ出してベッドに倒れ込む。
     スマホに目を落として顔を上げない仁もこの状況に飽きてきてるんじゃないかと訝しんでしまう。持て余されてるのは何となく分かる。
     日中は目の届く範囲にいる仁もバイトに出るため夜にはいなくなる。その間に脱出を目論んでは悉く失敗して逆に開き直った。塞ぎ込んでも何も好転しない。悩むより行動に出る方が得意だし、彼を喜ばせるくらいならいっそ困らせてやろうと我がままに振る舞った結果がこれだ。
    「昼食何がいい?」
    「俺が作るから材料を頼む」
    「お前に包丁持たせたくないな……」
     鎖が切れないか試して刃こぼれさせた事をまだ根に持ってるのか。刃物を持たせたら誰でも試すと思うが、単純な力業に出たのが意外だったらしい。
    「バスルームやトイレのドアに鎖挟んで切ろうとするのはまだ分かるけど、ベッドごと部屋から出ようと足掻いてた時はコイツ馬鹿だと思った」
    「それは自分でもそう思うが」
    「頭いいからもっとスマートに脱出方法練るのかと思ってたらこれだもんな。最初は窓から出ようとして引っかかってたっけ」
     鎖の稼動領域が思ったより広いから、窓に届くかやってみたアレか。もちろんベッドの端に引っかかったけど。翌朝戻った彼に窓が開かないようにさっさと封印された。
     他にも脱獄囚よろしく床に穴を掘ろうとしたり、ドアを壊そうとしたり色々試してみたが成果は上げられずダラダラと十日ばかり経って。こんなに自堕落に過ごす事なんて後にも先にもきっとない。
     やっぱりあの人は心配すらしないんだなと唯一の肉親を思い出して気持ちが下を向く。十日以上帰ってないのに騒がれてないというのはそういう事だろう。
    「だったら素麺にするか」
    「素麺より肉食いたいなー、駄目?」
    「包丁持たせたくないんじゃなかったのか」
    「そうだけど、一昨日も素麺だったしさー。やっぱり肉、肉」
    「親子丼とか?」
    「いいね」
     纏わりつく鎖の重さにも慣れた足を引きずって部屋のドアを潜る。出来合いの惣菜やコンビニ弁当ばかりの食事に辟易して料理くらいさせろと脅した(仁談)結果、行動範囲がキッチンまで広がったのは単純に喜ばしい。彼がいる時だけでも部屋から出られるだけで有り難かった。
     登校日は出られるだろうかとキッチンで鶏肉を捌きながら、窓に映る青空を眺める。今日も外はいい天気だ。
    「そろそろ外に出たくなってきただろう、海や祭りなど楽しい事が目白押しだぞ」
    「外ならいつでも出れるからなあ。偶にはゆっくりしたい」
    「せっかくの夏休みなのに勿体ない」
    「長い休みだから誰にも邪魔されないだろ。こんな絶好のチャンス二度と無いし」
     二人きりになりたいからってこんな方法しか取れない君も大概だと思う。その気も削がれてきてるしもう一押しで折れるだろう。
    「二人で過ごしてみて楽しい事ばかりじゃないと一度でも考えなかったか。近過ぎると嫌な所も見えやすい」
     向かい合って丼をつついていた仁が顔を上げる。
    「面倒だなーと思う所はあるけど嫌な事は一つも。お前がこんなに面白い奴だとは思わなかったからさ。やっぱり一緒にいないと解らない事ってあるよな」
    「一度も?」
    「ないね。たかが二週間や十日そこらで嫌いになるなら監禁とかやってない。お前、俺の事侮り過ぎなんだよ」
     まさかの好印象に開いた口が塞がらない。一押しすれば愚痴や不満が溢れ出してあやふやにならないかと思ったのに、やぶ蛇だったか。
     強がってた心が揺らぐ音がする。脱出も無理、揺さぶりも駄目。どうしたら気が変わるんだろう。めげたら負けてしまう。
     彼は目を細めて笑う。軽く頭を俯かせて井の残りを喉にかき込んだ。

     シャワーを浴びて部屋に戻った新を、落ち込んでたの? と聞き慣れた声が出迎える。椅子に座って仁が文庫本を捲っている。いつもならとっくに帰ってる時間なのにまだいたのか。
    「夏祭りの日にもお前のそんな顔見たな」
    「帰らないのか」
    「バイト休暇の日くらいここにいさせてよ。あんな家にいたくないしな」
     言葉のキャッチボールをする気になれなくてベッドに倒れ込んで布団を被った。きっと嫌な顔をしてる今、君を前にしても不満しか出せない。そんな醜い部分を隠す余裕すらない弱い自分。負けたくないのに挫けそうだ。
     新、と布団の上から頭を撫でる手の感触。このまま微睡みに落ちたらどんなに幸せだろうか。実際は近づかれる度苛々するだけで、どんなに優しくされてもうれしくない。
     頭に黒い雲が広がる。
     近寄らないで。
     君を嫌いになりたくないんだ。
    「鎖を外してくれ」
     起き上がった小柄な体は、隠し持っていた包丁を手にしていた。切っ先は彼の喉元に。これを危惧して近寄らせなかった。
     ──包丁持たせたくないな。
     武器を持たせればどうなるか充分に把握していた彼は、平然と自信たっぷりに、嫌だねと笑った。
    「俺が憎い?」
    「憎めたら楽だろうなと思う」
    「最初からこうやって脅したら話は早かったのに。だからお前は甘いんだよ」
     外に出るだけならそれで片が付いた。分かっててもそんな事出来るはずがない。
    「そうだな。でも君に嫌われるのは嫌なんだ」
    「何で。俺に嫌われたって痛くも痒くもないだろ?」
    「君も大概鈍いな」
     唇だけで笑って、包丁を下ろしてテーブルに置く。
     さて、これでまた振り出しだ。明日からもここでうだる生活を送る事になる。その前にとっておきの嫌がらせを君に残していこう。
     助けも呼ばないで今まで大人しくこの場所に甘んじていたのは何故か、少し考えたら解ること。
     監禁したいと思いつめてたのは何も君だけじゃない。
     ベッドの前で口を半開きにしたまま仁が見上げている。彼の前に膝を突いて頬を両手で挟む。
    「……新?」
     その端正な唇の隙間を埋めるようにゆっくりと顔を近づけた。
     さあ、反撃開始と行こうか。

    2015.6
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