紅く溶け出した君の夕焼け
紅く燃えるような夕焼けの中、とっくに閉まった遊園地を背に仁は笑った。晴れ晴れしく、けれど昏く歪んだその笑みに新は既視感を抱いた。一体どこで見たんだろう。
「俺もここに来るはずだったんだ」
「誰と?」
訊いてはいけない問いだと自覚はあった。けれど促されるのを待ってるように眼差しは細く深くなって、つり上がった口角は背負った夕焼けに相応しい紅い毒を紡ぎ出した。
「もちろん家族と。偽物じゃない、たった三人だけど俺の本当の家族」
燃え立つような紅い毒、それは罪と懺悔の独白。
「家族か……。君は家族と仲がいいんだな」
「そうでもないよ、お袋は妹だけ連れてって俺は誘ってくれなかったし。一緒にいきたかったのに」
「また一緒に来たら……」
「出来ないんだもう。だからお前をわざわざ引っ張って来たんだ」
遊園地に行こう、と学校からの帰り道、急に言い出した彼に続いて乗った電車に揺られて数十分。電車の中でずっと押し黙り、窓を睨み付ける仁の隣で眺めていた夕焼けは溶けるように紅く。
これはきっと彼を溶かした紅なのだろう、穏やかに見せた外面の裏に潜む紅昏い血の涙だ。
ガシャン、と仁は閉まった門の格子を掴む。彼の背丈なら乗り越えて園内に入ることもそう難しくない、でも無理に入ろうとはしなかった。
彼の家族はここに来なかったから入る必要はどこにもない。
「ここに来たのは亡くなった家族を悼むためか?」
「よく分かったな、もう亡くなってるって」
「君が言ったんだろう、もう出来ないって」
「はは、そうだった」
遊園地の柵を後ろにして振り向く。肩を震わせ大げさに笑う仁の後ろで、血で溶かした陽が揺らいで沈んでいく。逆光になった彼の足から伸びた影は影法師に。黒い影はゆらゆらとくねる。それは愉しげに新に手を伸ばす。
「知ってるよ、二人はここには来なかったって。けど、他に行きそうな場所なんか分からないから二人はここで死んだんだよ」
遊園地に行くと言ったからここが二人の没した場所であり、墓標だ。妹は遊園地で楽しく遊んで笑って最期を迎えた。そう思い込むのは簡単だ、ただ彼女の笑顔を思い出すだけでいい。
母親はどんなに苦しんでも満足だろう、自分勝手に逝けたのだから。仁のことも見捨てずに連れて行ってくれたらまだよかった。置いてきぼりにする理由くらい知りたいのに何も教えてくれない。だから彼が思い出すのは妹だけ。
楽しい遊園地の中で可愛い妹が待っている。何も分からないまま命を刈り取られた妹がはしゃいで笑って。それが彼の真実。
「ここに妹がいるかもしれないって思ったら一目見たくなって、毎年足を運んでは入れなくてとんぼ返り。遊園地で楽しく遊んで、笑って帰って来てくれたらそれでよかったのにな……またアイツと手を繋いで家に帰りたい」
「……君はもうここには来ない方がいい、悪い影響を受けてる」
「俺も一緒に逝きたかったよ、新」
「仁、それ以上は」
「お前も一緒に逝かない?」
今にも泣きそうに顔を歪めて彼は笑う。全身を紅い夕陽に染めた長身の影が新の腕を掴もうとする。
もう失敗しない、しっかりと手を繋いで離さなければきっと遠くまで逝ける。遠い遠い彼岸の先まで二人で旅立とう。
紅く溶け出した罪過が彼に覆い被さり、溢れて汚れる。彼に負うべき罪などないのに。
背後に広がる建物の闇が二人を取り込もうと紅く揺らいだ。誰かが手招き、呼ぶ声を確かに仁は聞いたのだろう。
「生憎だけど俺には何も聞こえないんだ。一緒には逝けないし、君を一人で逝かせるつもりもない」
決別を断言して背中に背負った筒布から一本の刀を取り出す。斬れる対象は遊園地にはない、仁の意識を逸らせて遠のけるためのハッタリ。
白鞘から抜き出した刀身に彼の笑みはますます深くなる。
「……それで斬られたらちゃんとあっちに逝けるかな」
「人は斬れない。言っただろう、君を一人で逝かせないと」
「ケチ」
そのまま沈み行く夕陽に向かって刀を一閃させた。憑き物が落ちたように彼は深々と息を吐き出し手を下ろす。また駄目だった、ととても残念そうに。
月曜日、用具室でこの刀を眺めながら本当は何を考えていたのだろう。ホラー蒐集のために刀を欲しがっていたのだと思っていた。本当の理由は――
刀を鞘に納めると、腕を伸ばしてクセのある茶髪に触れる。
「……もしかして頭撫でようとしてる?」
「そう。少し屈んで」
「やだよ、何で野郎に頭撫でられなきゃなんねーの」
「いいから屈め。ちゃんと泣くまで帰さないからな」
「何でそうなるわけ!? もっとやだよ!」
「肩ぐらい貸してやると言ってるんだ。見届けないと安心して帰れない」
胸倉を掴まれた仁は声にならない唸りを上げる。言い争いを続けて数分後、満足そうに頭を撫でる新の影が色濃く地面に伸びた。
2015.7