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    karanoito

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    POIPOI 205

    karanoito

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    仁×新 トンネループ

    都合のいい逃亡者たち

     君と永遠の約束をしよう、ずっと離れない魔法をかけよう。トンネルの中で朗々と声を響かせて彼は笑う。そんな台詞をよく恥ずかしげもなく口から出せるものだ、と新は半目で隣の男を見上げる。目が合ったのは背の高い友人。人を小馬鹿にした笑みを浮かべてからかってくる、仁だ。
     もっとも友人だと思ってるのは向こうだけ、新は一度もない。
     どれだけ仲良くなろうとも決して彼とは相容れないから。
    「その口上は何だ、ふざけてるのか?」
    「大真面目だよ。俺はお前から一生離れない。だからお前も約束して、俺から離れないってさ」
    「嫌だ。どうして君と……」
     長い腕が伸びて新を捕まえようとする。かわしてからどっちに逃げようか迷った。前に進むか後ろに戻るか。トンネルの中だからその二択しかない。
     四人で肝試しに来たのにどうして君から逃げなくちゃいけないんだ。怪談は君じゃないだろう。
     ガツ、と気を取られていた足に何かがぶつかる。躓きそうになりながら新は引き返す方を選んだ。二人を味方に付けた方がやりやすい。学校では真面目に過ごしてる分、彼より信用がある自覚はあった。彼らを言いくるめてしまえば三対一。一気に有利になる。
     そう目論んでトンネルの入口に向かって駆け出した足がすくわれる。仁の長い足が爪先を引っかけていた。これだから×××××は嫌なんだ。
     躓きかけて崩れた態勢を仁が放っておく訳もなく、腕を掴まれ引き寄せられる。
     ガチャン。
     冷たい金属音が垂れ下がるのを確かにこの耳で聞いた。
    「手錠じゃないか」
    「そうだよ。だってお前殺人鬼だろ? 逃げられちゃ困る」
     躊躇いなく自分の手首と繋いだ銀の輪っかを見せて仁はニヤリと笑う。永遠に離れないってこの事か。
     巷で有名な愉快犯。男女関わりなく無差別に殺して回っている殺人鬼が最近この街を賑わせていた。その殺人鬼を捕まえるために捜査官が潜んでいるらしいとも噂で流れていたから注意していたのに。
    「証拠は」
    「そんなの後でいくらでも探せる。ところで一つ提案があるんだけど聞かない?」
    「聞いたら放してくれるのか?」
     挑発するように鼻で笑う。いくら不真面目を装ってもポーズだろうし、曲がりなりにも捜査官。こんな安い挑発に乗りはしないだろう。
     しかし、
    「ああ、お前のこと逃がしてやってもいいよ。もちろん条件アリだけど飲む?」
    「聞くだけ聞いてやる」
    「何でお前の方が偉そうなんだよ、もうちょっと下手に出るとかさあ……まあいいか。
     なぁ新、俺と一緒に逃亡しない?」
     新の耳元に囁かれた甘言は思いの外優しげに響いた。聞き間違いかと何度目をしばたかせても仁の微笑みは消えない。意図がまるっきり読めない。
     繋がった手の甲に落ちてくる口付けを見てようやく悟った。冷や汗が首筋を伝う。
     マズイ、思った以上にヤバい相手かもしれない。危険な予感が体を後退らせるが繋がった鎖はそれを許さない。
     軽く首を傾げて、仁は促す。
    「俺と逃げる? それとも大人しく出頭する?」
    「その提案による君のメリットが解らない。最初から俺を見逃がす気なんかないくせに」
    「残念ながらあるんだな、これが」
     背中に当たる固いトンネルの壁。壁に押し当てられた体を隠すように手を付いた仁が腹立たしい。舌打ちが出る。
     逃亡とか真っ赤な嘘、遊ぶだけ遊んで後に連行するつもりだろう。小さいからと見下して馬鹿にして。
     これだから背の高い奴は嫌いだ。
     しかし次に出た言葉は予想とまるっきり逆だった。
    「好きな奴が手に入る、好きなだけ一緒にいられる。これ以上の幸福なんかどこ探したってないだろ?」
     宝物を見つけた子供のように目を輝かせて、愛しそうに新の髪を梳く。逃亡した先は幸福しかないと信じきってる明るい瞳。
     そんな都合のいい未来がどこにあるって言うんだ。
    「馬鹿な事を言うな。殺人鬼を野放しにする捜査官がどこにいる」
    「殺人鬼にやられちゃったでいいじゃん。丁度おあつらえ向きの場所にいるんだし、偽装しちゃえば分かんないって。地獄に落ちて二人共行方不明ってのもいいな、トンネルの噂に信憑性が増す」
    「暑さで頭がやられたか」
    「どうとでも思えばいい。お前と一緒にいられるなら俺は何だってやるよ。俺がずっと匿ってあげる。お前のこと守ってやるからトンネルを越えてむこうに行こう?」
     完璧な世迷い言だ、だけど本気で言ってるのが判るだけに質が悪い。こんな危ない奴に捜査官が務まるのか。頭痛がした。
    「全てから逃げ切るなんて無理に決まってる。君もよく解ってるはずだ。だから手錠を」
     すう、と仁の目から光が消え、冷えて行くのを見た。強張った体が逃げろと警鐘を打ち鳴らすが、もう遅い。クスクスと堪えきれない笑い声は次第に大きくなって深夜のトンネルを吹き抜けて行った。
    「俺、一度もお前を解放するって言ってないんだけどな。拒否ったら警察に突き出してもらえるとでも思ったの? 無理無理、俺がお前を逃がすわけないって」
    「え……」
    「お前に会ってすぐ言ったよ、ずっと離さないって。ジョーダンだと思った? じゃあもう一度言ってやるからちゃんと聴いとけよ、新」
     暗闇に仁の明るい瞳だけがあった。薄く明るい色、今はトンネルよりも暗い色に染まって何よりも黒く。
     彼が怖い。こんなの地獄に落ちる方がよっぽどマシだ。
     二人の間で繋がった鎖が音を立てて揺れる。橋本と貴文はどうしてるだろう。怪談よりずっと底知れない告白を、体を疎ませて聞くことしか出来なかった。

     ある日を境に殺人鬼は消え、うやむやの内に縮小されていった事件は未解決になろうとしている。捜査官も一人行方不明だったが次第に語られなくなった。
     肝試しに出た少年二人がトンネルから帰らずにそのまま行方不明になった。都市伝説のあるトンネルだった。よくある失踪事件だと片付けられ、特に騒がれることはなかった。
     殺人鬼の犠牲になった、トンネルから地獄に誘われたと二人についての噂が流れては消えていく。
     どちらも夏休みの出来事だ。いなくなった二人の少年はまだ帰ってこない。

    2015.7
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