兄弟団欒
「……本当にこんなことでいいんですか?」
「ああ」
物怖じした様子で斜め下から伺ってくる新の体を背中から包み込んで、始は頷く。弟に触れるのは実に七年振りだった。
自覚もなくお互い離れ離れになって優に七年、再会した新は当時の自分と一つしか違わない。傍で成長を見守ってやれなかったのは悔しかったが、性根は曲がらず大きくなってくれたようで、そこは安心した。
小さい頃はよくこうやって膝に乗って甘えてきたな、と自室のベッドの上で黒い髪のてっぺんを撫でながら思い出す。
「あの、重くないですか」
「むしろ軽いくらいだな。腕も細いしもう少し食べた方がいい」
久しぶりに腕を振るうか。始が家に戻ってからも率先して新が家事を行うため、料理すら満足に作っていなかった。嫌いな物を克服させるいい機会だ。
「夕飯の買い出しはこれからだったな。食べたい物があるなら言ってみろ」
「もうメニュー決まってるからそれはまた今度に。今日は兄さんの誕生日なんだからゆっくりしてて」
「それもそうだな」
そもそも誕生日だから甘えていたんだった。ほしいものはありますかと訊かれて、二人で一日過ごしたいと答える自分は大概なブラコンだと思った。しかしそれ以上の望みなぞ思いつかない。
大事な弟が平和に日々を過ごすことを望んで何が悪いというのか。
「じゃあ買い出しに……」
「まあ待て、俺を一人にする気か。寂しいじゃないか」
「始兄さんも一緒に行ったらいいんじゃ」
「もちろん買い出しには行くがまだ昼の二時だ、外は暑い。もう少し後にしなさい」
「これだけ引っ付いてると部屋の中でも大して変わらないです」
「要するに飽きたんだな?」
「正直に言うと少し……ひゃっ」
腕を緩ませた隙間から新が立ち上がる気配がする。そうはさせるかと首根っこを捕まえ、後ろから脇腹を擽った。小さく喉を鳴らす体をしばらくの間擽り倒して、すっかり息が上がってしまった新を見下ろして我に返る。引き留めるためとは言え調子に乗り過ぎたか。
しわくちゃになったシーツの上で赤い顔をした新が指で目元を拭っている。
「もう。子どもじゃないんだから……」
呆れ顔だが静かに笑っていた。その笑顔がひどく懐かしい。昔は泣き虫で素直に笑っていた子がいつからこうなったのか。悔やんでも傍に付いててやれなかった日々は戻らない。
「少しはしゃぎ過ぎたな……今日は多目に見てくれると有難い」
「その、兄さんが楽しいなら俺は別に」
「そうか。では一緒に水浴びでもするとしよう、ビニールプールがどこかに……」
「家出します」
「冗談だ」
弟の控えめな笑顔がそれでも遅くはないと気付かせてくれる。取り戻せはしないが、これから笑顔を増やしていける。兄としてこれ以上の幸福もない。
やはり可愛い弟に勝る幸せはないのだろう。
2015.8