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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新

    スプラッシュ・テンション

    「もしもし?」
    『あ、ちゃんと出た』
     ザーザーと雨のような雑音を背後に、軽薄な笑い声を響かせる電話。家に居るんだから出るに決まってる、何時だと思ってるんだ。仁なのか? と受話器に尋ねても返ってきたのは、
    『……タオル貸してくんない?』
     だけ。聞き慣れた友人の声は唐突に、受話器のスピーカーから消えた。用事を伝えるまで僅か数秒、新が口を挟む隙もない。間違い電話の線を疑ったがあれは確かに仁の声だった。それは疑いようもない。
     ……イタズラ?
     解読の手がかりと言えばタオルのみ。タオルと言えば今、風呂から上がったばかりだが、向こうも風呂上がりで間違えて電話を? そんな馬鹿な。
     湿った髪を夜気にさらし、パジャマ姿で新は途方に暮れる。……何か拭くものが欲しかった、とか? そういえば後ろで音が鳴っていた、何かを叩くようなあれは――
    「水……?」
     あれが水音なら、通り雨でも降ったのかもしれない。この推測が当たっていようが、やっぱり電話をかける理由には結び付かない。頼みごとにしてもあまりに短すぎる。大体居場所も分からないのに、どうやって貸せと言うのか。
     カチカチと暗い廊下に針が刻んで頂点に近づいていく。確認した時計は午後十時過ぎ。明日も学校だし、少し早いがベッドにいても不思議じゃないそんな時間。
    「……」
     カチリ、カチリ。電話と横並びの置き時計の盤面を睨み付けて数分。
     遅くても十二時には床に着こうと思っていたのに。新は階段に向かって足を持ち上げた。



     酔っ払いのテンションで出来るのは精々ここまで。携帯を握りしめたまま仁はケタケタと笑った。こんな真似、気を引くどころかドン引きだって……ズラリと並んだアドレスの中から縋りたいのがアイツだけとか。ああ、そもそもイタズラ電話と思って気にもしてないか。
    「じゃあいいや」
     顔が紅潮するくらい飲んだのは久しぶりだ。ふらふらと浮かれた千鳥足が突っ込んだ先は冷たい水の中。手にした缶ビールに飛び散る水滴が頭上から降り注ぐ。それが噴水の窪みだと分かると、また喉の奥から笑いが込み上げた。
     繁華街からの帰り道にある公園、新と寄り道したこともあったっけ。
     文字通り水を差されても、気分が良いから酔いざましにもならない。ついでに乾杯しよう。高らかに缶ビールを掲げて宣言する。
    「カンパーイ」
     頭上から降り注ぐ水が肌を差す。噴水の中で傾ける一杯はまた格別だった。濡れるのも構わずにドーナツ型の縁に腰を落ち着け、ビールを呷る。機嫌がいいついでに誰かにメールでも送ってやれ――とズボンから取り出した携帯の画面に指を滑らせる。
     これ耐水だっけ? まあいいか。
     交換しあった誰ともしれない名前が並ぶ中、声を聞きたい相手に指が行き着く。
    “逢坂新”
     指が止まる。それは特別な名前。初めて出来た友達に笑みが広がる。あっちは滅多に笑いかけてくれないけど。
     聞き出すだけ聞き出して、今日までずっと放ったらかしてた名前を、何の躊躇いもなくタップして。こんなこと出来るのは今晩しかない。
    『――はい、逢坂です』
     そうして静かな声に電話は繋がる。これが午後十時の電話の全容、我ながらしょうもない。結果的にイタズラ電話になったのは失敗だった。
     頭の天辺から靴の爪先まで余すことなく雫が滴っている。くしゃみが出た鼻をすするとようやく体が冷えてきた。
     一人が急に寂しくなってきて、縁に後ろ手を突くと思いっきり体を反らす。何かの間違いでここに来たりしないかな――
    「こんな夜中に来るわけな……」
    「来てほしいならちゃんとそう言え、馬鹿仁」
     あった。逆さまの視界でスニーカーが地面を踏み、噴水の前で止まる。
     パーカーを羽織って腰に手を当てた新が立っていた。いつもの八の字に下がった眉……じゃない、逆さまにつり上げられた眉は明確に、仁を非難していた。
    「水音の正体はこれか……通り雨だと思ったのに。こんな夜中に一体何をしているんだ?」
    「……鴉の行水?」
    「それは意味が違う」
     リクエスト通り、律儀にタオルを持って現れた新に向き直って、首を傾げる。本当に来るとか付け入りやすい奴だよな。最高にうれしい。
     新が折り畳まれたタオルを差し出す。腕を伸ばして、その細い手首を掴んで逆に引き寄せる、胸元へと。
     ばしゃん、と跳ね上がる水しぶきが、巻き込まれた新の頬を濡らした。
    「タオルありがと。助かった」
    「……たった今、意味を失ったんだが」
    「誰も見てないんだからいーじゃん、濡れても」
    「風邪を引いても俺は知らないから」
    「つれないこと言うなよ、一緒に寝込もうって」
    「嫌だ」
     黒い髪の上で雫が光る。頭を振った新から小さくくしゃみが零れて、無表情な目が仁を睨む。あー楽しい、こんなに愉快でいいのかってくらいに。
     こんな夜中に何をやってるんだか……水しぶきの下で新が溢した一言が、いつまでも耳に残っていた。

    2015.10
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