君の苦手な感情表現
新がマジギレする状況に対抗してひねり出した状況は、仁(俺)が泣いてる姿が想像出来ない、らしい。何だソレ。俺だって普通に泣くってのにあんまりだ。そんなに冷血に見えるのかよ……とわざとらしく手のひらで顔を覆った。
「泣き真似はいらないから」
「あ、そう」
バレバレですか。至極真っ当にツッコまれ、手のひらを退けて舌を出す。相変わらず無表情な横顔。コイツ本当に俺が泣かないとか思ってるんじゃないよな、まさかな。
ひぐらしの合唱シャワーが始まる夕暮れ、俺たちは当然のように一緒にいた。
夏休みの真っ盛り、涼を求めてたどり着いた神社の境内は人気が無く、貸切状態の独壇場。空が茜色にシフトチェンジしてもうだる暑さはそのままだ。帰り道が遠ざかる。
建物の軒下でダラダラと足をぶら下げ、ねじり棒をロにちまちまとゼリーを吸い上げる。一緒に遊んだ新が隣で瓶を傾けた。カランとラムネを転がし、コクリと喉を鳴らして嚥下する細い首。浮いた汗が喉を伝い、涼しげな音に溶けていった。
少なくなる捻れたゼリーはいつまでここに引き止めてくれるだろうか。ビールが飲みたい。
「どうやったら泣くんだ?」
「いろいろあるだろ、怒られて悲しかったり、しょげて落ち込んだりとか。お前のマジギレよりは難度低いよ、泣きたい時に泣くから」
「……殴るのが手っ取り早いか」
「暴力ダメ絶対! 何でそう物騒な手段にでたがるかな、泣かせたいのか殴りたいのかどっちだよ」
「両方だな」
「違う意味で泣ける」
首を傾げた後、一息置いて頷く新に肩を落とす。彼とのやり取りは楽しい。時々意地悪に返すくらいにはふてぶてしいと言うか、大人しくからかい倒されるだけじゃないから張り合いがある。泣き顔なんてもってのほかな俺はのらりくらりとかわすんだけど、新は珍しく食い下がってきた。
辛い物を涙が出るまで食う、泣ける話をひたすら聞く、果ては玉ねぎのみじん切りやコンタクトレンズ等訥々と勧めてくる。情熱を向ける方向違わないか?
「分かった、分かったからまた今度な。今日はこれぐらいで……」
「もうそろそろ帰る時間か、夕飯の支度をしないと」
顔の前に手のひらを広げてギブアップしたのはこっちが先で、ひぐらしの合唱もすっかり鳴りを潜めていた。茜色の静寂がすぐに夜を連れてくる。この憩いの時間ももう終わりだ。
また話を蒸し返されても何だし、主婦みたいだなと茶化すのは止めておいた。
「結局泣かなかったな」
「まあ無理強いされてもな、うん」
「そうだな。泣くのも怒るのも本人がその気にならないと意味がない。そう思わないか」
「……ご立腹?」
「少し」
先に立ち上がって頷いた新に、よく見るとシワが浮かんでいた。少々しつこいと思ったら怒ってたのか。
ようやく腑に落ちた。嫌がらせにしつこく絡んできたんじゃなく、釘を差してきた訳だ。泣くにせよ怒るにせよ人に強要されてするもんじゃない、しつこくするなと。ごもっともだけど、やっぱりその無表情見てると弄りたくなるんだよなあ。
「俺の前で泣くのは嫌だとしても、泣きたい時には泣いた方がいい。君の精神上にも」
「何の話?」
「君は泣きたくなっても、誤魔化して笑ったりするだろうから」
何やら話がズレてる。彼の怒りの先はどうやら違った方向を向いていたらしい。どっちかと言うと、頼ってもらえない不甲斐なさにモヤモヤした怒りを抱いてる、そう見えた。それって……
「心配してくれてた訳? 優しーな~新くんはー」
「茶化すな。少し気になっただけだ」
「そうだな、うん。分かるわ。気になったら止められないもんな。お前がマジギレするか俺が泣くか、どっちが早いかな」
「ちっとも反省していないな」
「無理強いじゃなかったらいいんだろ?」
「調子に乗るな」
遠くなる夕焼けに新はふいっと顔を背ける。その横顔はやっぱり無表情だったけど、どこかほっこりとした。
2016.2