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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    鬼×狐 診断メーカーのお題より「やっと見つけた、だから俺のものだ」

    合縁奇縁

     俺と約束しない? 月の出ない夜、学校の暗い廊下に朗々と響く少年の声に足を止める。向き合う二つの人影は案外近くにいた。
     俯く人影によく聞こえるように耳に顔を寄せる長身の影。背の高い彼が弱い人間に持ちかける「約束」、それは怯える人間の心を平気で抉っていく。
    「アンタは俺の条件にただ頷けばいい。そしたら怖いことも痛いことも全部忘れられるよ。どう? 悪い話じゃないと思うけど」
     気安さと軽々しい口調にまんまと騙され、容易く頭を垂れて応じてしまう。異界での心細さにつけ込んだ悪質な手口だが、それを非難する被害者はただの一人もいなかった。
     得体の知れない約束なんてまるで詐偽のようだ。異界に静かに飲まれていく人間は彼と何を約束したのだろう。
    「見てるだけでいーの? そこの狐面サン」
    「俺のことか」
    「そうお前。俺の邪魔しないんだなって」
     狐の怪異に少年の声が振り返った。鬼と模様が入った目隠し。初対面に投げかけるには妙な疑問だなと首を傾げる。薄暗い廊下から人間が立ち去るまで黙って見ていたのはそんなに変だっただろうか。
    「何故そう思ったんだ」
    「そんな退魔の刀持ってたら警戒して当然じゃない? 人を襲った途端、こう背中からバサーっと斬られるのかと」
    「そうか。お望みなら今からでも……」
    「望んでねえから止めて。手かけるなおい、マジで止めろって」
     柄に手をかけると、とんでもないと頭を振るくせに刀への興味は尽きないらしく、何を斬っただの何でも斬れるのか等、ポンポン質問が飛んでくる。分からないと答えれば答えるほど満足そうに彼の口角は上がっていくばかり。
    「それ触ってもいい?」
    「構わないが、持ち逃げしたらどうなるか分かってるな?」
    「みみっちい奴ー……じゃあいいよ、お前が抜いて。中身見せてよ」
     饒舌な口を噤んだ彼の前で鞘から刀身を抜き出す。静かに佇むだけで鬼の気配は希薄に、闇に溶け込む。そのまま消えてもおかしくないくらいに。暗い廊下に煌めいた銀の刀身にあてられ、暗闇に潜んでいた怪異の影が散開するのが分かった。
     そんな中、鬼の怪異だけは黒い着物を廊下に溶け込ませたまま、唇を大きくつり上げ笑っていた。何がおかしいのだろう。
    「……これが魔を断つ感覚か。半端じゃなく嫌な感じ」
    「そう思うなら離れろ。あんまり近づくと斬れるぞ」
    「平気だって」
     鈍色の刀身に目元を隠した少年の歪んだ顔が映る。黒い目隠しの奥、見えない表情が物語るのは歓喜。上から掴んだ鬼の手に誘導され、握った柄は容易く彼の胸元まで持ち上がり、首の横で刃はピタリと止まる。
     くつくつと刀身が触れた首筋から伝わる笑い声。指は一層強く絡まり、刃先がちいさく食い込んだ感触は人の肉体と何ら変わらない。
     おい、と狐面の奥で眉をひそめる狐の前で不意に笑い声が止んだ。
    「――ああ、分かった。これだ」
    「さっきから何を」
    「俺、勘には自信あるんだよ。第六感って言うのかな、さっきからずっと引っかかってしょうがなかったんだ。この刀どこで手に入れた?」
    「……分からない。気づいたら持っていた」
    「手放したことは?」
     横に首を振っても木柄から指は離れない。手放す所か益々強く握り込んで、
    「じゃあ決まりだ。……やっと、見つけた」
     三日月よりも細く笑った口はそのまま刀をスライドさせた。肉を断つ音が床に落ち、ほどなくして目の前から鬼の肉体も消え失せる。
    「……マゾ鬼」
     ほんの一瞬引きつった首筋を思い返して吐き出したため息は呆れか諦めか。斬られた方は痛いなんてものじゃないだろうに、笑って歓喜と再会の証を手にした。絶叫なんて野暮だと押し殺しながら。
     たとえ忘れてしまっても会いたかったのは刀か、狐の怪異か。今となっては判らない。次に会ってもお互いに初対面の身では確認すらままならない。
     すれ違って、出会って、忘れて、またすれ違って……それでも欲するなら、
     また会ったな、と笑ってみるのもまた一興。怪異(俺)に相応しい台詞じゃないけど。
    「…………」
     刀身に僅かな光が落ちる。窓の向こうの細い細い三日月と顔を合わせる。最後に見た彼の顔だ。今夜はアレと一緒に散歩するのもいいかもしれない、再び雲間が閉ざすまでの短い散歩だ。
     甚平の裾で刃を拭ってから大事に鞘に納めると、小さな影は再び廊下を歩き出した。
     血の通わないあの冷たい手の感触をいつまで覚えていられるだろうか。

    2016.8
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