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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    狐と鬼

    お近付きの印に

     目を覚ますと静かな床には暗く影が落ちて、一緒に来たはずの少年の姿は体育館の何処にも居らず。うららかな陽だまりと共に狐の怪異は一人ぼっち。
     彼に会ったのもよくある夢の一部だったのか、と開きっ放しの本に挟まった貸し出しカードを手に取る。仮の名を書き込む自分を変だと言いながら、じゃあ俺は鬼かなと彼は言っていた。
     跳ねた茶色い髪に黒い目隠し、着流した着物――日向の中ずっと隣にいた気配をまだ覚えている。あれは多分夢じゃない。
     もう逢うことはないけど。
     校舎の中だけでも広いし、祭りに紛れたら絶対に分からない。仮に見つけ出してもその頃には忘れてすれ違う。だから彼との縁もここまで。
     立ち上がって体育館の扉を開くと風が吹き込み、狐の髪を揺らした。明るくなったら続きを読もう。それまでは校内の見回りか、祭りに出くわすまで。
     いざ祭りに入ると目が探してしまう。同じような背格好とすれ違い、目隠しをしている人型と顔を合わせ、怪異に溢れた祭りでいなくなった鬼を探す。まるで迷子になった気分。
    「キョロキョロとどうかしたのかな」
     声を掛けてきたのは飴屋を営む青年だ。こんにちはと会釈をしてから、たくさん人がいますねと当たり前のことを口にした。
     祭りだからね、と彼が口にするのもまた、見て分かることで。
    「これだけ居ると探すのが億劫になります」
    「ひとつを探すのはかなり面倒だろうね。探しものはお勧めしないよ」
    「鬼を探すのは難しいでしょうか?」
    「それはたくさんいるから探してもしょうがないと思うよ。ほらあそこ、二本の角が生えているのが分かるかな? 向こうにも」
     青年が指し示す先で、二本角の鬼面を被った怪異が人混みに消えていく。それとは別に、昔話に出て来る赤鬼そのものがのしのしと歩き、振り向く狐のすぐ近くをまた違う鬼の面が通りすぎて行った。飴屋の指先一つでこれなら、探すのは途方もないだろう。
    「本当ですね……でも勝手に探してしまうのでもう少しだけ」
     狐面の奥で微笑うと、なら仕方ないね。これでも摘まみながら探すといい、と鬼の分まで餞別に飴を渡してくれた。きっと忘れて自分で食べるだろうけど。
     人混みに流れて左右に広がる出店を眺め、立ち止まる度に薄れていく彼の面影。いつものことだとりんご飴に舌を伸ばす。
    「美味そうだな、一口もーらい」
     出店が途切れ、ざわめきが遠ざかり、見えてくるのは鳥居の門。そろそろ戻ろうかと立ち止まった少年の後ろから影を落とし、振り向く間もなく赤いりんごの端を齧り取ったのは。
    「――鬼、か?」
    「うん美味い。俺も後でもらいに……ん?」
     鬼と書かれた目隠し、前髪が一房跳ねた茶髪に、着流した着物から片腕を晒した少年が、さっきの狐じゃんと笑った。
     ――ちゃんといた。そう胸を撫で下ろしたのは何故だろう。明るい声が空洞の心に染み入る。
     考えるより先に袖を掴み、呼んでいた。
    「鬼」
    「なに? あ、綿菓子あるけど食う?」
    「鬼」
    「そっちのぶどう飴もいいなー……て聞いてる?」
    「ちゃんと聞こえてる。君は鬼で俺は狐だ。そうだろう?」
    「確かに鬼だけどさ、そう連呼するほど珍しいもんでもないだろ?」
     そんな事はない、何度連呼しても足りない。乾いた空洞を君の声が埋めていく。これが人間の言う「懐かしい」だろうか。たった一人の鬼と会えてこんなに浮き立つのだから、やっぱり狐は迷子だったんだろう。
     掴んだ指先を見下ろし、後ろ頭を掻く鬼。彼の中で狐の怪異に対する評価は変な奴に決まったらしい。少々はしゃぎすぎたか。
     このぶどう飴をお近付きの印にと渡したら、果たして君はどう受け取るだろう?

    2016.11
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