君を思う暗闇
寮に戻ると出迎えたのはしん、とした冷たさと視界を阻む無人の暗闇。何だ、出かけてるのか――電気を点けて暗闇を取り除くと盛り上がった相方のベッドに目を向ける。
「仁? ……寝てるのか」
返事も文句も出ないなら着替える間くらいは明るくても許されるだろう。聖歌隊服の白い襟元を広げながらベッドの横に立ったその時、布団が捲れた。背中におぶさってくる二本の腕。おかえりーと後ろから聞こえてきた呑気な声は……
向こうはダミーか、油断した。
「……人のベッドで何してる」
「だってお前いないし、部屋は寒いしさ~」
「解るように話せ」
「一人でつまらないから驚かそうと思って待ち伏せてた。ほら入れよあったかいぞ」
「分かったから君は自分のベッドへ戻れ」
「えー、冷たかった布団やっと暖かくなったのに」
「頼んでない」
ダラリと肩に垂れた腕が揺れ、聖歌隊服に皺が寄る。おんぶお化けと化した同居人の二の腕に諦感の意が涌く。このまま断り続けた所で決して放さないだろうし……分かったから着替えさせろ、と渋々頷くまで案の定背中から離れなかった。
人の形に盛り上がった布団に潜り込んで、オレンジ色に切り取られた天井を見上げる。間接照明すらない暗闇の中で彼はひとり何を考えていたんだろう。
潜り込んだベッドの壁際から広い背中はこちらを向こうとしない。毛布ごと布団を目蓋まで引き上げた時、ひそめた声が闇の中に浮かんだ。
「歌、ちょっとは上手くなったか?」
聖歌隊の居残り練習のことか。公言したつもりはないが顔が広い仁のことだ、知っていてもおかしくはない。
「君には関係ないことだろう」
事の発端は彼に音痴だなんだとからかわれ、神父さまに少し愚痴っぽく打ち明けたからなのに。
クリスマスに向けて練習は続けているがアドバイスらしきものは一向に貰えない。もしかして神父さまも音痴だったり? と小さく笑う仁はあながち間違っていないのかもしれない。
だったら部屋(ここ)で歌えばいいのに。
消え入りそうな一人言に少々戸惑う。それは嘲りも打算の色も見られない、そうすればいいのにという響きしか伝わってこなかったから。
「部屋寒いからもう少し早く帰ってこいよなって話」
「君だってちょくちょく出歩いて遅くなってるじゃないか」
「一人で部屋にいても寂しいし」
態勢を変え、仰向けになってようやく横顔が窺える。子どもみたいな口調が微笑ましく、悪かったと微笑って頭に手を伸ばした。胸元に寄りかかってきた跳ねた髪を撫で、背中をポンポンと叩く。駄々っ子をあやすみたいになってしまった。
「……新母ちゃん、明日の弁当はハンバーグがいいな~」
「早く寝ろ。寮は学食だから弁当なんかないぞ」
「帰りが遅い嫌がらせだっての。もう少し引っ付いてやる。これに懲りたら早く帰ってこいよな」
ああ、と呟くと安心したように肩の力が抜けた仁の手が背中に触れた。
2016.11