いつかのあの日の帰り道
待ったか? と待ち合わせの場所に現れた新はイヤーマフ、マフラーに手袋と完全防備で随分とあったかそう。マフラーの下で縮めた首を左右に軽く振ってから、雪の積もった神社の階段を二人並んで上り始めた。
三月一日、卒業式。高校生活最後の日。ファミレスでクラスの打ち上げが終わった後、荷物を置きに一旦別れてから改めて待ち合わせると、軽くなった肩でぶらぶらと最後の寄り道を楽しむ。
長い階段を上りきり、着いた境内は雪のせいでいつもより静まり返って見えた。地面の雪を固めて笑って新に投げつけるとあっさりかわされ、すぐに白い迎撃が飛んで来る。すかさず木の影に隠れてかわすと雪合戦開始。無人の境内で飽きるまで雪玉を投げ合い、真っ白に彩られた新の髪を指差して笑うと、ヒットさせられた雪玉で俺の頭が冷たく真っ赤になる。
空が紅く陰る頃、マフラーの奥でくしゃみが鳴りどちらともなく雪玉の応酬は鈍くなっていった。学校の帰り道や放課後によく馴染んだ逢魔ヶ時。
──返りたくて、でも還れなかった異界のむこう。
「真っ白じゃないか」
「お互い様だろ」
笑い合いながらお互いに頭やコートの雪を払う。水気で重力が増した手袋を脱いでコートのポケットに突っ込むと、本来の目的を取り出した。
「そうだこれ。ちょっと手出して」
「……?」
「やるよ。高校卒業と大学合格のお祝い」
銀のリングを新の手袋に転がした。お菓子のオマケじゃない本物の指輪をまじまじと眺める新の目が小さく見開く。合点が行くと同時に自分宛てとは思ってなかった顔だ。忘れられてるかと思ったけど覚えてたか。
お菓子に付いてた玩具のリングを面白半分であげようとして断られ、18になったら本物を贈るとこれまた冗談半分で言ったいつかの帰り道。祭りのむこうに行けなかったから守れた約束事に新は大きい目を丸くして、見上げる。
「これ……」
「何だよその間抜け面。18になったら贈るって言ったろ」
「あれは、彼女へのプレゼントの話で」
「うん。じゃ俺の彼女になって」
「男に向かって言う台詞か」
「じゃあ恋人? どっちでもいいや、ほら」
「……仁の分は」
あるのか? とリングを乗せたまま手袋を握り込んだ。左右に頭を振ると、じゃあ受け取れないと挙ごと返品されそうになる。
「待ってなにそれ、嫌じゃないなら受け取ってくれよ?」
「俺だけが貰うのはフェアじゃないだろう」
「いや返品される方が悲しいって。あげたくて買ったんだから」
「でも、貰ってもすぐにお返しを用意出来ない」
それは困る、と目を伏せる新は春から大学に通う奨学生だ。バイトはするらしいが家に学費にと、いくらあっても金は足りない。それは一人暮らしの俺も一緒だけど。バイト代が入るまで貰いっ放しが心苦しいとかどれだけ義理堅いんだよ。
「いいから貰っとけ。お祝いだから返しなんか気にしなくていいんだよ」
それとも気に入らなかった? と覗き込んだ新の頬は赤く、これは雪合戦の名残だけじゃないと自惚れたい。モコモコした手袋を冷たくなった素手で包んで数秒後、
「本当に貰っていいのか」
「ああ、貰ってくれたらうれしいよ?」
「そうか。……ありがとう」
俯いた新からぽつりと呟きが聞こえ、ほっとしたように柔らかく微笑む。その顔だけで贈った甲斐があったもんだ。かじかんだ手のひらがうれしさで熱くなるのを感じた。
手袋を引き抜き、細い指を手に取ろうとした俺にまだ18になってないからお預けだと彼は意地悪く唇を引く。マフラーの奥からネックレスのチェーンを取り出して、それに銀の輪っかを丁寧に吊るす。
「これでよし」
「何で指に嵌めないんだよ?」
「失くすと嫌だから」
服の中にチェーンを仕舞いながらさらりと飛び出た一人言に気づいているのかいないのか。それが本音だったらうれしい事この上ないけど、本人の口から直に聞く日はないだろうと知ってる。
そんな君との最後の帰り道。
2016.12