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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁と新 診断メーカーよりお題を借りたはずが記載忘れ(夜とかさみしさとか)。パラレル。深夜、薄く開いた玄関を見て衝動的に外に出る新。

    不揃いな肩

     玄関の向こう、薄く開いた闇を見て不意に外に出たくなった。偶には夜の散歩もいいかもしれない、と思った時には部屋の上着に袖を通していた。スニーカーを腫に引っ掛け、新は開きっ放しのドアを押し広げる。
     広げた闇は誰であろうと容易く受け入れてくれる、そんな気楽さと自由に溢れて、時折あの人がフラフラと出て行く理由も少しだけ解る気がした。
     二人だけの家は息苦しいから。
     人通りのない歩道の寂しい開放感。三月になったとは言え、まだまだ深夜の空気は肌がひりつく。冷たい夜気に白い息を撒き散らしながら、何故か感じる安心感。静かな夜は嫌いじゃない、一人は寂しいけど。
     コートのポケットに引っ込めようとした両手を擦り合わせる。隣を歩く誰かが足りない、彼の人を求めて他人とすれ違っていく。
     新も母親もお互いを見ない、二人を繋ぐのは逢坂の名だけ。唯一の家族だけど他人寄りの希薄な関係は却って孤独感を増し、家は息苦しさが渦巻く。
     間に誰かが立つだけでこの淀みは解消出来るだろう、だけどそんな緩衝材が都合よく存在するはずもない。ならどうするか――その答えが徘徊、なのだろう。
     無いものは探しに行けばいい。全てを賭け、委ねた新の母はずっと病んだままだが、自由に見える。「誰か」に全てを割り振れなかった新は母親のように生活を捨てることは出来なかったが、頭の片隅ではずっと待ち続けている。
     求める者は二人共同じ。
    「……」
     小さく口を開く。呼ぶべき名前は、ない。空想の存在だから。それでも名付けるなら何と呼ぶ? あの人が『新』と呼ぶように呼んでみたら、一体何が現れるだろう?
     何が変わる、のだろう。
     何もかもを捨ててたった一人を追いかけたら……

     ――きっと寂しくないよ。

     それは事故の時、新から抜け落ちてしまった二年間の声。小学四年生から二年生までのあらたの声。忘れてしまった記憶が『あの人』を呼ぶ。会いたい、会いたい、帰ってきてと。だけど名を呼ばない限り、きっと帰って来てはくれないのだ。

     寂しいね。
     呼んでみようよ。
     きっと応えてくれるよ。
     帰って来て、くれるよ――

     どうやって、と眉間に皺が寄る。名前を呼んで帰って来てくれるならとっくに呼んでる。それが出来ないからずっと一人で膝を抱えるしかないのに。
     簡単だよ、とあらたが無邪気に微笑んだ気がした。

     好きな名前で呼べばいいんだよ。
     お母さんが、「僕」の名前を代わりにしたように――

     耳の内側で大きくなる笑い声。それは風のうねりか哄笑か。無き者にされた子供は無邪気にくり返す。『誰か』を完全に忘れてしまわないために名を奪われ、唯一の肉親から葬り去られた幼い子供の、仕返し。
     たった一言で二人だけの世界は滅ぶのだろう。たった一言、愛しい名前を呼ぶだけで。
     母が『新』より『あの人』を選んだように。

     帰ってきたら僕の名前呼んでくれるかな? 一緒にごはん食べて、笑ってだっこしてほしいな……
     それをは望むのか?
     うん、だっこは暖かいし、ひとりじゃないから寂しくないよ? うれしくないの?
     それは……
     選ぶのは『君』だよ。

     それは暗に呼べと言ってるようなものだ。名を与え、こちら側にいない者を呼び出す儀式――呼んだら最後、母の見る世界へ新も仲間入りだ。
     比岸と彼岸からずれた狭間の扉はすぐそばに……友人の、仁の好きそうなオカルトだ。最近聞いたのは、昔行われたという降霊術の話。
     喚び出した架空の霊との交信実験。対象は、何処にも存在しない者。
     実験にあたって、人物像を造り上げ、経歴を用意し、架空の死者をでっち上げた。その「死者」が果たして交信に応じるか否か。わざわざ造ってまで何を訊きたかったんだろう。興味津々の仁に比べ、新には正直ピンと来なかった。
     結果、交信は成功したらしい。名を問いかけると、さも自分が存在していたように受け答え始めたという。もちろんそんな人物は存在しない。
    『名前、性格、所在地、職業……何を訊いても全部用意された答えが返ってくる、与えられた情報とも知らずに。存在しないデタラメな情報がヒトガタを形作る――そこら辺に漂っている浮遊霊の類でこれなんだ、塵でも埃でも何でも「自己」さえ与えてやれば思い込みで「人」に昇華するってことにならないか? おかしいよな、まるで人間なんか簡単に造れるんだぜって喧嘩売ってるみたいで』
     俺こういうの好き、と整った口が愉快げに笑い声を立てる。
     あの話が本当だとして、あの様子では彼女の儀式は失敗したのだろう。探しに出たまま、未だ「帰っ」て来ないのだから。

     やってみないと分からないよ?
     お母さんは駄目でも、「僕」は成功するかもしれない。
     よんで、みようよ?

     笑い声は泣き声にも聞こえる。両手で押さえた耳は冷え切っていた。くぐもって尚、鼓膜を内側を震わせる。
     ――内側から耳が裂けそうだ。
     耳を押さえたまま、新の足は完全に止まる。
     ……解ってるんだ、それが出来たらどれだけ救われることか。呼ぼうとしたこともある、しかし何度口を開いてもその名が出て来ることはなかった、たった一文字さえ。
     何度も何度も繰り返しては思い出せずに口を噤む。忘れてしまったことが悲しくて、思い出せない自分が情けなくて。
     幾度となく思い知らされ、いつしか呼ぶこともしなくなった。くすぶった『誰か』の存在は新の胸に穴を空けたまま。

     仮初めの名前をただ呼ぶだけじゃあの人と変わらない、それでは駄目なんだ。顔を見て、本当の名前を呼んできちんと出迎えなければ。
     じゃあまだ駄目なんだね、まだ『僕』はひとりぼっちなんだ……
     ……すまない。

    「……早く、会いたいよ」
     新とあらたの声が重なる。最後にそう呟いて、耳鳴りに似た奔流は次第に収まっていった。耳から両手を放し、コートの上から胸元を握り締める。
     首から下げた鍵には届かない、シャツ一枚の夏とは段違いに遠かった。
     そうして立ち尽くしたままどれだけ経ったか、赤信号が頭上を照らしていることにようやく気づいた。
     寂しさの代償はせいぜい駅前に近づく程度だった。新は母親のようになれない。
     そろそろ帰る頃合いか、と顔を上げた赤信号の下、まばらな車道の向こうに同じような年格好の少年が一人。アスファルトの上にすらりと伸びた手足、前髪が一房だけ跳ねているのが遠くからでも判る。
     ……これは偶然だろうか。白線の先の相手もそう思ったのか軽く目を見開いていた。お互い出会うはずのない時間帯だ、無理もない。
     アスファルトが青く灯る。立ち止まったままの新に距離を詰める二本の足。街灯の下で見る仁の顔色はくすんで、琥珀色の目には喜びも怒りもない。
    「こんな時間にどうしたの、お前」
    「君こそ」
     彼が手に持った携帯は午前一時に差し掛かる時間だった。
     俺はバイト帰り、と仁は白い息を吐く。随分と遅い、通りで遅刻が多い訳だ。昼間の馴れ馴れしさは見る影もなく、戸惑って見えるのはやはり物珍しいからか。
    「夜食を買いにコンビニまで行こうと思って」
     そんな見え見えの嘘にも追求はなく、俺も買って行こっかな、と携帯の光をズボンのポケットに仕舞うだけ。街灯が照らす横顔は無表情で、最近授業で使った石膏像に少し似ていた。
     ああ、だから違和感があったのか……新が家で寂しくなるように、仁にも笑顔を消したい時があるのだ。
     夜の顔と昼の顔、彼にとっての仮面はどちらだろう。
     並んだ肩は不揃いに、連れ立って歩き出す。道すがら、先日俺に話した話を覚えてるか? と呟く。
    「何だっけ、踏み潰されたカエル喰ってた猫の話?」
    「何だそれは。幽霊を喚び出す実験の方だ。もし君だったらどうする? 人工的に造ってでも会いたいと願うか?」
    「ああそっちか。お前、あの時は興味なさそうだったけど?」
    「いいから」
     さっきいくら考えても出なかった答えだ。いない者を待って、待って、待ち続けたその先がただの徒労だとしても、あの温かい記憶を諦めることは決してない。
     ただ、今夜みたいに疲れてしまった日はどうやり過ごすのが正解なのか、ちょっと訊いてみたかった。
     軽薄な彼なら真面目に答えはしないだろうから。
    「肉まん食いたくなってきた。まだ肉まん置いてるといいなー」
    「肉まんか、どうだろうな……」
     首を傾げる。冬の食品だし撤去されていると考えるのが妥当だろう。てっきり今から行くコンビニの話かと思ったら、人工降霊で喚び出された奴の好物だったんだよ。と言い訳っぽく仁の口が尖る。振っておいてなんだが、無理に話題に合わせなくてもいいのに。
    「俺は造り出すより消したい方かな。恨んだことはあっても会いたいなんて考えたことないし」
    「そういうものか」
    「うん」
     夜風に流れた横髪が仁の表情を隠す。嘘つきの彼だけど、これは多分本音の――物騒だが、そういう夜もあるのだろう。
     仁に相槌を打っている内に、年中無休の明かりが見えてくる。
     買い物カゴを持って、適当に品定めをしている間に昼の顔に戻ったらしい。軽口を叩く憎たらしい友人に眉をつり上げながら、会計を済ませ、店内を出た。
     袋を片手に歩きながら隣を見上げる。ほくほくと肉まんを頬張る横顔は上機嫌にしか見えない。物騒なことも言っていたが、全部肉まんのための方便だったんだろう。
    「何? 肉まん?」
    「美味そうに食べるなと思って」
    「ああ美味いよ、一口食う?」
    「じゃあ遠慮なく」
     端を小さくかじり取って、代わりに渡したのは小粒のチョコを三つほど。ありがと、と微笑った口元で白い息が揺れ、背後の街路樹へと立ち昇っていく。
     細くたなびいた吐息は、頼りなく伸びた細い枝へ。
     蕾か、と呟いた新に合わせて、仁の頭も斜め上へ。
    「これ桜か、もうすぐ咲きそうだな」
     枝先に見えるいくつかの蕾もしばらくしたら綻びるのだろう。寒いといってももう三月、間もなく春の息吹と切り替わる。
     三月だもんな、と振り仰いだ茶髪に、花びらが舞い落ちる日も瞬く間にやってくることだろう。

    2017.3
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