春の通り道
久しぶりにちはやの所にしようか、と考えていた矢先に電話が鳴った。
『新か? 俺、俺』
「人違いかもしれないからまず名前を名乗れ」
『絶対解ってて言ってるよな……仁だけど』
おそらく学校で一番聞いている声だ。流れるように明日の予定を訊かれて一瞬、返事に迷った。
そもそも誰と食べようか悩むことはあっても誰かと過ごすことは念頭になかったから予定は空白で、突然の誘いに首を振る理由もない訳だ。空いてる、とかかってきた受話器に答えると、明日いつもの別れ道で待ち合わせることになった。自転車でと念を押されたが、行き先は訊かなかった。わざわざどこに行くんだろう。
仁のことだから大した用もなく街を散策するだけで終わりとか十分あり得るし、帰ってからでいいか。
「じゃ行くか」
やる気のない声は春休みでも変わらない。
道中、自転車を漕ぐ背中を追いかけている間、左右を流れていく薄紅の景色と香りに何となく行き先の目星は付いた。
普段は使わない道を自転車で進む。季節柄、薄紅と白に彩られた並木は川沿いに続き、土手が見えた所で自転車を降りた彼に遅れて、スピードを緩める。
もう花見の時期か。
「そろそろ咲いてる頃だろうなって」
「綺麗だな」
「そういうと思った」
止まってじっくり見たいと思っていた桜を、並んで土手から見上げる。仁が取り出した桜餅を二人で食べながら。
「祭り以外でりんご飴見当たらなくてさ。手作りは失敗しそうだし」
「? 花見だし桜餅で充分じゃないか?」
「あー…そうか花見ね……はっきり言ってなかったもんな」
食べ終わる頃誤解に気づいた。桜を見に来たんじゃないとしたら一体何だろう。
おめでとう、と仁の口が動いて、押し付けられたのは白いケーキの箱。
「こういうの柄じゃねーけど、今日誕生日だろ?」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
誕生日覚えてたのか。一番祝いそうにない人物が真面目に祝ってくれると妙な気分だ。それは決して馬鹿にしてる訳じゃなく。
単純にうれしい。自分で用意するケーキよりずっと胸は弾んでワクワクした。ちはやの墓には改めて何か差し入れよう。
箱の中に並んだケーキのピースが一つ一つ陽の下で輝いている。
「……あのさ、ここで食う気?」
「桜が綺麗だからちょうどいいと思ったんだが……じゃあどこにする?」
「何で俺に訊くんだよ、他に」
「食べないのか?」
「……お前のだろ、好きに食べたら」
「じゃあここでいいな。どれが君のお勧めだ?」
シャツの裾を引くと観念した仁の指が箱の中を差す。取り出して、手のひらに乗せただけで頬が緩むけど、今日はからかわないで見逃してほしい。
綺麗な桜の下、友人と食べるケーキはきっと格別だろうから。
2018.4