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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    千隼&新

    笑顔のひみつきち

     目を疑った。靴箱の上から必死に手を伸ばして掴んだけど、どう考えても彼のはずがなくて――
    「おれのこと覚えてる?」
    「……ちはや!」
     でも、信じたかったんだ。あの日告げられた事実より、玄関から感じた冷たい空気よりも何より、目の前で笑ってくれる君の方を。
     もう一度笑い合いたかった、手を繋ぎたかった、遊びたかった。自慢の幼なじみと一挙手一投足違わない君と。この夜だけでいいから一緒に居たかったんだ。ちはやじゃないのが分かっていたから。
     彼はひみつきちを作ろうって言ってくれた。それは一人ぼっちにならない魔法の言葉。傍にいて離れない、永遠の約束。
     二人だけのひみつきち、それが本当になるならいくらでも手を汚せる。笑顔のちはやが戻ってきてくれるなら、この世界で彼を生かすためなら何度でも。
     隣で君が笑ってくれる、それ以上は何も望まないから。だから、
    「う……」
     願いの分だけ何度もえずく、体内を何度も巡る、異なる因果を吐き続ける――
     喉を灼くのは、大事な友達をこの世界に不当に縛り付けようとした痛み。体内を侵す苦味は友達が感じている不満、苛立ち。君のことを思えば思うほど、もらった飴は体力を削ぐ。気力を凪いで段々と虚ろへ。
    「……ちはや」
     これは欲張った罰なんだろう、君を苦しめているのが解っているからこんなに苦しい。不本意に彼を引き止めようとしたからだ。
    「罪悪感なぞ感じる必要がなかろう?」
     胡散臭い男の声が後押しする。正気なぞ失ってしまえ、疑心なぞ手放してしまえと。楽になるぞ? と体から漂う異臭が鼻をつく。
     言う通り飴を食べ続け、楽になった先には何があるのか分からない。分からないけど……
    「……飴を、下さい」
     これは悪いことじゃないんだろう。こどもは素直が一番だ、と大人の顔をした彼が嗤ったから。悪いことをしたら――のように叱ってくれるはず。
    「…………」
     頭がぼぅっとする……叱ってくれたのは誰だ? 千尋兄さん? ああ、きっとそうだ。祭りの手伝いに行く彼に途中で会って、それから――
     それから何を、話したんだっけ……?
    「どうしたの、あらた?」
     楽しい祭りの中でちはやが笑う、子どもの頃のように明るい笑顔で。何でもないと首を振った。彼ならちゃんと隣にいるじゃないか、何も心配なんか要らない。
     ここは楽しいひみつきちの中。誰も探さない、誰にも見つからない永遠の遊び場。心配して探す人がいないなら、外へ出ていかなくても大丈夫。
    「……次は勝ちたいなと思って」
    「金魚すくいかあ。この前のあれって、本当に人魚の稚魚だったのかな?」
    「怪異の店だから嘘かもしれないし、本当かもしれない。ここは逢魔ヶ時の世界だから、何が本当かなんて誰にも分からないだろう」
    「うーん、どっちだろうね。気になるしまた行ってみよっか? 今度はあらたが人魚掬っちゃうかも?」
    「じゃあ勝負しよう。先に人魚の稚魚を掬った方が勝ちだ」
     負けないよ! と力こぶを作る仕草をするけれどカーディガンは細いまま。手を握り直して赤い祭りの中を歩いていく。
     文化祭の出し物や出店はゆっくり巡れなかったけど、ここはずっと終わらないから。いつまでも二人で楽しく遊ぼう。
     今度は手を繋いだままでいるから、もう二度と離れないように。
    「大丈夫だよ、あらた。おれたちは二度と離れないから」
     ここならずっと遊べるから安心していいよ、とちはやが笑う。永遠にしたかった笑顔がここにある、それだけでいい。
     そうだな、と微笑って頷いた。終わらない祭りの中で二人の笑顔はずっと絶えない。

    2021.4
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