「ねぇ、次は何して遊ぼっか?」
今日も変わらない祭りの、変わらない屋台を回る。わたあめを手に千隼は後ろ向きに歩いていた。
ちはや、前を向いて歩かないと……新が言い終わる前にはしゃいで腕を振り上げてしまい、ベチャと伝わる嫌な音。何かにぶつかった音=しまった、怒られると身構えてしまう。
「ぶつかっちゃった。ごめんね、大丈夫だった……?」
そろりと振り向いた先で見下ろす黒い影。黒い着物を着た少年が立ち止まっている。目隠しをしている顔は若干、きょとんとして見えた。小柄な千隼たちに比べ、背が高い。
「ああ、平気平気。わたあめちょっと食べちゃったけど」
露出した肩の横で手を振った。気にしていないようで、黒い目隠しの下で気さくに笑っている。その気安さに千隼もつられて微笑む。怖くない方の怪異なら歓迎だ。もし人間だったら案外、学生服を着ていたかもしれない。
でも、これって変じゃないかな……?
彼も祭りを楽しむ怪異の一人に過ぎないのに、何故かそう思ってしまった。この接触がミス、みたいな──。言葉にならない違和感を感じ取ってしまって、ベタベタする着物の襟をとっさに掴んでいた。
「ん?」「ちはや?」
「着物汚しちゃってごめんね、ベタベタするから洗いに行こ?」
廊下に手洗い場ならいくらでもある。水洗いするだけでも違うだろうから。
でもこの祭りを出たら、あらたは──
「すぐ戻ってくるから、あらたはここで待ってて。ベビーカステラ屋の前から動かないでね」
早く、と少年の着流した着物の背中を押しながら水道を探す。10mも行かない内に見つかったのは幸いだった。蛇口の前に立つ。これなら新の姿を見失わないし、すぐ戻れる。
アレがそんなに心配? 千隼の後ろから伸びる影が濃くなった気がした。
「人間みたいに見守りたい? あれだけ不安定なら、放っておいてもすぐ白くなるのに」
「あらたは少し疲れちゃっただけだよ。楽しく遊べたら今はそれでいいから」
「心行くまで遊んだ後は? 外に帰す? 人間じゃない君は逢魔ヶ時(ここ)じゃないと存在できない。離れ離れになるけど」
「そうだね。でもあらたが外に出たいなら、おれは引き留めないよ」
この体は所詮千隼の残り火だから、逢魔ヶ時からは出られない。元々なかったはずの時間だからそれはいい。
再び秦野千隼の形を取れるほど、新はひとりで寂しがってる。どうしてひとりなのかは解らないけど、千隼(この体)だからこそやれることがある。
「へえ、ご立派なことで」
忠犬ってところか。少年が頭を掻きながら千隼の隣に並ぶ。
「本当言うとおれも寂しいけどね、秦野千隼だからこうしてる。彼が引き留める訳ないから。どうしようもなくあらたが寂しいなら、寂しくなくなるまで遊ぶだけだよ。子どもの時みたいに、ずっとずっと一緒に」
彼に必要なのは人形じゃなくて、一緒に祭りを楽しんでくれる人間だから。
「それがいつになるかは分からないけどね。何年、何十年経っても別に……いいよね?」
寂しいと言いながら水道を見つめる千隼の口は笑っている。少年を振り向いた目は細く赤く。
おっと、忠犬かと思ったらなかなかに危うそうな……
「いいんじゃない? ここは逢魔ヶ時の世界、時間はあってないようなもんだし」
目隠しの中で鬼が笑った。よかった、と千隼の顔がぱっと明るくなった。うれしそうだ。
「ねぇ、よかったら鬼さんもおれたちと一緒に遊ばない? きみも一緒なら、あらたもっと楽しくなると思うんだけどな」
「いいね。忘れるまで一緒にいるのも面白そうだ」
おれたち一緒だね、と千隼の手が蛇口をひねった。
2022.5