羽をもがれても鳥は羽ばたく
「レイヴン!」
神殿の奥で対峙した時、重い鎧に身を包んだ姿で初めて君を見た。
そこには、泣いてばかりいる小さな子供がいる。不思議と名前は浮かばず、ただ子供とだけしか認識出来なかった。
どうして、と泣き叫ぶ子供がいる。
いつも「レイヴン」として一緒に過ごしていたはずの、活発で明るい少年は何処にもいなかった。
シュヴァーンの目で見るとこんなにも違うのか。自虐的な笑みが口の端にうっすらと浮かぶ。死人の目には、結局何も映りはしないのだ。
「少年」は何処にもいない、ここにいるのはただの「子供」。
死人には記憶も感情も要らないから、きっと君を殺しても何も残りはしないだろう。
最後までレイヴンと呼んでくれた君に見送られて逝くのは、とても居心地が良かったのは何故だろうか。
*
キャナリが亡くなって心の穴を埋める物は何も無くなった。
キャナリ隊の皆はいなくなり、悲しみを分かち合う者も居らず、一人取り残された俺は自分すらどうでもよくなって、道化の仮面を被り続けてきた。
それはギルドに入ってからも変わらなかった。
『レイヴンって天を射る矢(アルトスク)のメンバーなの!? すごいよ!』
そもそもあのギルドに入らなければ少年と出会うこともなかっただろう。
ユーリが姫君を連れ出し、その先で少年と出会ったことに感謝している。それが無ければダングレストですれ違い続けていただろうから。
いつの間にか心に灯っていた明るい君の笑顔が、声が、愛しいものであるとそろそろ認めなくてはならないだろう。
自分に正直になっても碌なことはない。
こんな気持ちを抱えたまま、どう君と向き合えばいいのか俺には判らないから。
「……なーんちゃって、ね」
ペンを机に置き、背筋を伸ばす。
魔導器問題が一段落した後も、レイヴンの二足の草鞋生活は続いている。騎士団、ギルド合わせた再編部隊の構成、指揮。上に立つとなると今までのように二つの顔を使い分ける方が経験上役に立つ事も多い。
もろもろを完全に終わらせた時やっと「レイヴン」という一羽の鳥になれる。
もう白い鳥には戻れないけれど、それも悪くない。
自分の足で歩き出すことが出来るのだから。
「レイヴン! 久しぶり、元気だった?」
「どわあっ! し、少年!? ビックリさせないで頂戴よ」
「一応ノックしたんだけど……あ、手紙?」
机の上に足を広げ黄昏れている所に、カロルが執務室のドアの向こうから飛び込んできたのには本当に驚いた。
正直夢かと思った。
書き掛けの独白を見られそうになるまでは。
「あー、うん。お仕事よ報告書。で、どしたの今日は?」
「仕事で近くまで来たから、コレ差し入れ」
「うれし〜、あんがとね少年☆ あら、お煎餅。今お茶煎れるから座って座って」
まだ仕事中だから帰らなくちゃいけないんだ。と少年が残念そうに首を横に振った。
残念だが仕方無い、会いに来てくれただけでも嬉しい。
「それとユーリから伝言。“取る気があるなら取りに来な。受けて立つぜ”だって。レイヴン何か忘れ物でもしたの?」
それ、宣戦布告?
あのあんちゃんにはバレてた訳だ。成程、あれで中々鋭いからなあ。
しかし、何よその自分のもの扱いは。少年はモノじゃないってーの。
「りょーかいっ! また改めてそっち行くわ。少年の好物持ってね」
「ホント? レイヴン大好き! 楽しみにしてるね。それじゃー」
「ちょい待ち。──ハイ、可愛い首領にお土産。帰ったら開けてみて」
先程まで書いていた独白を封書にまとめて、少年に握らせる。去り際、ちょいと頬に口付けを贈って、バイバイと手を振った。
少年は目をまるくして、手紙と俺を交互に見つめる。
「……あ、えと、それじゃユーリに伝えとくね。またね、レイヴン」
「おう、またね〜ん」
ちょっとだけ待ってて。
すぐに君をさらいに行くからね。
2011.3