悪魔に手を差し伸べたら
死神は来なかった。
指を動かし、無事を確かめる。腕も足も、バッサリ斬られた羽根すら動く。致命傷だった筈の体は全て癒え、ユーリは目をしばたかせ、起き上がる。
死神の代わりに群青色の服の天使が立っていた。小さく丸まった物を抱え上げ、ユーリを一瞥した。
「起きたか」
「アンタ、天使か……そいつは?」
無愛想な天使から血の匂いが漂う。匂いの先は彼が抱えた小さい子供だ。ユーリに目もくれず、薄く開いた唇の端から流れる真っ赤な糸を拭い、労るように頬を撫でた。
抱き上げた子供が癒しの光に包まれ、傷ついた体を治していく。
「礼を言っておくのだな」
「まさか、その怪我……」
「お前の怪我を治そうとしたのだろう。無茶をする」
群青色の天使の腕の中で、子供の表情が安らいで、落ち着いた寝息を立てるまでそう掛からなかった。
静かに立ち尽くすユーリからほっと安堵の息が漏れるのを見て、天使は子供を地に横たわらせる。
「もう大丈夫なのか?」
「血を吐いた程度だ、問題ない」
「天敵の悪魔すら救うなんてな。見上げた慈愛心だよ」
「いくら天使でも悪魔に手を差し伸べたりはしない」
「……だよな。おかしいと思った」
「私には悪魔を救う心とやらは理解出来ないが、この子供には大事な事なのだろう」
苦痛を伴ってまで悪魔に近づくメリットも無い。はっきり言い切られて逆に安心した。
天に慈悲も慈愛も無い。変わり種の天使はいつか輪からあぶれるだろう。
「とにかく助かった。アンタにも礼言っとく」
「変わった悪魔だな」
「そこの変わった天使がオレを助けたんだろ? お互い様じゃねぇか」
違いない、と目蓋を伏せる天使と小さく笑い合った後、子供を残して群青色の天使は飛び去って行った。
つくづく甘い種族だ。天敵の前にお仲間を置いて、どうなっても構わないのか。
悪魔を臆病者と捉えたか、天使の子は既に見捨てられてるのか。
「別に何もしないけどよ……」
詰まる所、危険を伴ってまで近づくメリットが無い。その一言に尽きる。
その子供が目覚めて最初に何を言うのか楽しみに、目覚める時を黙って待った。
2013.11