きっと仕方のないことなのだ。
コナーは、どうにもうまくいかないオムレツを前にして思う。
変異する前ならばもっと冷静に分析するだけだったかもしれない。そもそも、作ろうとすら思わなかったかも。
けれど今の自分は変異体で、食べられないオムレツを大切な人のために作ろうとしている。
ただ、コナーは最新鋭の捜査補助ロボットであり、家事補助アンドロイドではなかった。こうしたことはしたことがないし、どうすればいいかプログラムにもない。
故に、この結果は仕方のないことなのだ。
「コナー…?」
ふあ、と欠伸を噛み殺しながらハンクがリビングまでやってきた。
思わずフライパンを隠すようにして立つ。無意味な動きだと思う。しかしコナーはそうせずにはいられなかった。見られたくない。これは"はずかしい"と呼ばれる感情なのだろうと推測する。
「ハンク、おはようございます」
なんでもないように挨拶を。
ぎこちない微笑みをセットでつける。
コーヒーでもいれましょうか、どうぞ座っていてください
少し饒舌すぎるくらいに言葉を重ねた。
(コーヒーくらいなら問題なく入れられるし、なんなら警部補の好みを熟知していると言える)
そのままこちらを離れてくれたらな、と期待してみるが、ハンクは徐々に覚醒し、ん?と何かに気付いた反応を。
「何か作ってたのか」
どれどれ、と覗き込むハンクに「あ」だの「やめてください」だのか細い声を出し力なく止めようとする。
元より、バレないとは思っていなかった。けれど、関心を持たれたくなかったな、というコナーの願いは叶うことはなかった。
「………卵の…なんだ…?」
「……、オムレツをつくろうとして」
コナーは観念したように、静かに答える。
「ぐちゃぐちゃになりました。きれいに整えられず…炭化もしています」
「なるほどな?…焦げたってもちょっとじゃねえか。どれ」
「ハンク!いけません」
こんな失敗作を!と慌てるが、ハンクは気にする素振りもなく近くのスプーンで卵を掬った。口に運ぶ姿を祈るように見守る。なんだって、(食べられない自分でも)美味しくないとわかるものを食べるのか。
「見た目ほど悪くないぞ、コナー」
スクランブルエッグだと思えばいい。
なんて、ハンクは片側の口角を上げていった。
ハンクがどう思っているのか、よくわからない。けれど、からかったり馬鹿にしているわけではないのはわかる。
コナーはなんとも言えず俯き、視線を泳がせた。
「……はじめて」
初めて料理をしたんです。
と、口にした言葉はとても言い訳がましくて、プログラムは静かにしろと伝えている。
しかし、穏やかな目で見つめるハンクを前に、次々と溢れて止まらなかった。
「貴方に食べてほしかった。
どうしてこう思ったのかよくわからないけど、強く思いました。マーカスがカールに食事を作っていた話を聞いたからだと思います。それで」
「それで?」
「こういったことが得意なアンドロイドからデータを貰えば、簡単にできたのかもしれません。でも、一番最初は、それではいけない気がして。」
意味がわからないですよね、と続けると、ハンクは一瞬目を見開いた。けどすぐに、柔らかく弧を描く。
いつも、コナーが内面の話をする時―――何を思ったのかどうしてそう思ったのかその行動をしたのかといった事だ―――ハンクは、とても優しい顔をする。そして、いつまでも待ってくれる。コナーが言語化できるまで。できなくても、気が済むまで。
その時間が、コナーはとても好きだった。
「最低限の知識だけ入れて…できる限り、自分の今ある能力を応用して、作れたらと思ったんですが」
「納得できる出来にはならなかったってわけか」
「そういうことになります」
「コナー、お前はそう言うけどな」
苦虫を噛みつぶしたような、と表現されるに近い顔をしたコナーに対し、ハンクは穏やかに笑っている。
何を言われるのかわからずに、ただただ続く言葉を待った。
「お前が、俺のために自分の力で作ろうとしたってんなら」
細められた綺麗な青が、視界に広がった。
目を合わせ、まっすぐ見つめられているのだ、と意識するとシリウムポンプの高鳴りを感じる。この色は、自分にはないもの。誰も持っていないもの。ハンクだけの。
「俺にとっては満点だよ」
ハンクは、くしゃりと頭を撫でた。
コナーの髪が僅かに乱れ、揺れる。
コナーはそのまま、どうしていいのかわからずにただハンクを見つめた。
鳶色の瞳は蒼を映してきらきら、瞬いている。
自分は、多分、こうして伝えられた言葉の半分も理解できていない。
けれど、ハンクが自分を受け止めていてくれること、自分がしたことを喜んでくれていること、それは確かだった。
「…といっても、お前はそれじゃ納得できないんだろうな」
「もちろんです。まず、今日の朝食のプランが…」
「材料は?」
「まだあります」
失敗は想定していましたので、と続けるとハンクは声を立てて笑った。窘めるような視線を送れば、わるいわるい、と両手をあげた後―――少し考えるようにして
「あー、じゃあもう一度つくるか?」
今度は一緒に。
と、どことなく、所在なさげにそう言った。
この様子は、照れているのだとわかる。少しぶっきらぼうな声音はそういうことなのだと、今の自分は理解できる。一緒の時間を過ごしてきたから。これからも、過ごしていくから。そうして、もっと、たくさん色々なことを知っていきたい。できるようになりたい。ふたりで、ずっと。
ハンクの誘いに、答えはイエスしか思い浮かばなかった。