雪空 はぁ、と吐く吐息は真っ白な靄となって空へと溶けていく。それをただ黙ってじっと見つめていると、背後で白い地面を踏む音がした。
「そんな格好でこんなところにいたら風邪引くぞ」
部屋から上着を持ってきたのだろうか。私の露出した方にそっと温かいコートが掛けられる。寒さで赤くなった体が、今度は温もりを得て赤くなっていく。
「いいの。それで」
そうは言うものの、この寒さを耐えきるほどの体力はないので、私はありがたくそのコートを受け入れる。そらからひらひらと舞い落ちるそれは、故郷ではピンク色をしていたが、この場所では白く、私の手のひらに落ちると溶けて消えてしまう。
「良くないだろ。アネキが風邪引いたら俺が困る」
「別にシルバが困ることは……ああ、そうね。ごめんなさい」
今までだったら私の体調は彼には関係なかった。でも今は、私と彼は同じ家に住んでいる。それも、実家のような大きな家ではなく、こぢんまりとしたワンルームに、だ。
婚姻関係も結んでいない若い男女がひとつ屋根の下で暮らすと聞いたら、大半の人は驚き、私の行動を止めるかもしれない。それでも私はこの生活を受け入れているし、今までの生活よりもずっといいと断言できた。
私がもしも風邪を引いたとしたら、彼は私の看病をすることになってしまうだろうし、もしも私の風邪が移ったら、今度は彼が行動を制限されてしまう。全く関係ないとは言い切れなかった。
「でもね」
私はもう一度空を見上げる。しんしんと降る『雪』は、私にとってはとても新鮮で、興味深いものだった。
オリンパスでは雪は降らない。人間が生きやすい気温で一年を管理しているのだ。普通なら季節を彩るために咲き誇り散りゆく花々も、景色を彩る道具として、年中その姿を着飾っている。
彼とともにオリンパスを出て、私は初めて季節を知った。花が咲き、果実が実り、葉が落ちる。そのサイクルを観察するのも初めてだったのだ。
「私は雪が好きみたい」
「そうか」
短い返答だったが、彼は私が言いたいことがわかったのだろう。彼もまた、私と同じく空を見上げた。
「俺はその風情とかいうのは全くわからないが、アネキが好きなら俺も好きかもな」
「なにそれ」
笑い声が漏れる。私達の口から漏れる白い笑い声は、暗く、しかしどこか明るくも見える空へと消えていった。