熱に浮かされて 聞き慣れた機械音が近づいてくる。私はベッドから起き上がらずにその音に向かって問いかける。
「なんであんたがここにいるのよ」
何度かインターホンが鳴った後、急に家の扉の鍵が空いたときは肝が冷えた。ただ、その足音が聞き覚えのあるものだったので、とりあえず見ず知らずの不審者ではないことを悟ると、今度は怒りが湧いてきた。
「アネキが風邪引いたって聞いてな。お見舞いってやつだ」
近くのコンビニのレジ袋を手に、彼が近寄ってくる。シルバと仲違いしてから、彼がこの家を訪れることはなかった。だからすっかり合鍵の存在を忘れていた。後で鍵を変えなければいけない。そんなことを熱に浮かされた頭でボーッと考える。
「最近忙しそうにしてたからな。医者の不養生ってやつか?」
「……誰のせいよ」
シルバが彼の父(とは言え、本物の父はすでに亡くなっているようだが)の味方についてから、私は居場所を失ってしまった。フロンティア兵団も母親に乗っ取られ、思ったような活動ができなくなってしまった。
だから、私は自力で戦場へ赴き活動をする必要が出てきてしまった。
「誰のせいかは分からないが、とにかく今は休んでおけ」
袋から冷却シートを取り出し、私の額に当てる。ひんやりとした冷気が体温を下げていく。
「チキンスープ買ってきたけど、食べられそうか?」
「……うん」
彼の世話になるのは癪に触るが、休まなければいけないのは本当だ。彼のことは許せないが、その好意はありがたく受け取っておこう。
シルバはスープを温めにキッチンへと向かっていった。部屋には私一人だけ。先程までと何も変わらないのに、家の中に誰かいると言うだけでどこか安心感があった。
☆★☆
――ちょっと!すごい熱じゃない!ちゃんと寝てなさい!!
――これくらい平気だ。
――何が平気よ!!ほら!横になって!!!
――寝るだけなんてつまらねーもん
――じゃあ、ずっと私がお話してあげるから、大人しくしてなさい。
はっと目が覚める。気づいたら寝てしまっていたのだろう。窓から差し込む日差しはだいぶ傾いており、枕元では端末をいじっている幼なじみの姿があった。
「ああ、起きたか」
「あんた、なんで……」
「それ、昼にも聞いたな」
ケタケタと彼は笑いながら端末をサイドテーブルに置いた。そのまま彼の手は私の頬へと添えられる。私よりもだいぶ冷たく感じる彼の手が今は心地よかった。
「昼間よりは落ち着いてるな。今、スープ温め直してるからちょっと待ってろ」
立ち上がった彼の腕を掴み、この場に留める。予想外の行動だったのか、振り返ったシルバの目は見開かれていた。
「どうした?どこか痛いか?」
「……ううん。ただ、寝るだけってつまらないなって思って」
我ながららしくないと思う。多分、熱のせいなんだろう。
「じゃあなんか楽しい話でもしてやるよ」
再びベッドサイドに腰掛けたシルバは、あのときの私のように、いつもよりも優しい声で言葉を紡いでいた。