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    katasecco

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    6/26のAgentMeeting5でノベルティとして配布した小話本からシュン玲さん。

    #スタンドマイヒーローズ
    standMyHeroes

    ありえたかもしれないいくつかのお話_Andorinha(シュン玲) ――一体誰が予想しただろうか。
    「シュンさん、今日はお天気が良くて遠乗り日よりでしたね!」
     馬から降ろしてやったとたん、顔面どころか全身に花を咲かせてソイツが笑う。
    (予想外すぎんだろ)
     見るからに平々凡々。よく見積もっても中の上。特別な後ろ盾があるわけでもなく、他人より少しだけ薬学の知識があるだけの女。取り得といえばそれくらいで、あとは物怖じしない性格と諦めない根性くらいか。
    「あの、お天気にそぐわないお顔になっていらっしゃいますが」
    「うるせー」
    「お元気なようでなによりです」
     イニシェントの薬師、玲。一年ほど前に初めてこの国を訪れ、『千年の夢』を片手に六国を渡り歩きオネイロスの材料をそろえきった女。
     特段の興味はなかったものの、上手くいけばうちの国に利はあっても害はない。そんな軽い気持ちで表面全開で接していたところ、コイツもまんざらでもなさそうな雰囲気になったところで――俺の地がバレた。
    (あれはケンが悪ぃ)
     身内の中では特に隠しているわけでもないが、完全な地を出す相手は限られている。剣術指南役のケンはそのうちの一人で、時折出る昔の癖を指摘されて反論しているところを偶然玲に見られた。今考えても、城の裏の森は場所が悪かった。そうそう人は来ない場所とはいえ、完全に来ないわけでもない。とくにコイツは薬師で、うちの巣ばかりではなくあの森にもよく足を運んでいたのを失念していたのだ。
    『…………あの』
     目をまん丸に見開いたままうろうろとさ迷わせ、驚愕に固まる顔の筋肉を必死で持ち上げようとしていたあの顔は見ものだった。なんて、冷静な感想を浮かべながらも動揺を隠せなかった俺を背後で笑っていたケンは、一週間無視してやったが。
    『希望を言え』
     俺たちを残してケンが立ち去った後、口止めのために一つなんでも言うことを聞いてやると言った。
     玲はとんでもないと顔を青くしながら首を左右に振ったが、ただの口約束ほど信用できないものはない。物理的に後退する女にさらに一歩詰め寄り、怯える顔を見下ろす。
    『いいからとっとと言え』
    『その、存じ上げていた王子とのギャップに驚いただけで、とくにこちらを口外しようとも思いませんからご安心ください』
    『見返りのない施しは受けないよう教育されておりますので』
     いいからとっとと言えってんだよめんどくせー。
     って思ってるんだろうな、の顔を玲が浮かべる。素の俺も大概だが、コイツもコイツで思考がモロ分かりなのも大概だ。
    (よくこんなんで、あのクセのつえーヤツらと渡り合えたな)
     外交はほぼサトルが担当しているとは言え、俺自身がまったく接点がないわけでもない。明らかにクセのある者、人当たりが良さそうに見えて一線を引いている者、そもそも何を考えているのかが分からない者。国をすべる一族だけあって、一癖も二癖もある面々が粒ぞろいだ。
     そんな人間を相手に数々の交渉を潜り抜け、目的を果たしたのだからそれが単なる運だとは思わない。が、目の前で明らかに「どうしよう」の顔を張り付けているのを見る限り、運以外に何があるんだ? とも思う。
    『で、では……』
     金か、価値のある蔵書か。それとも城の調度品や何かの権利も考えられる。
     玉の輿を狙うなら、王族との婚姻だろうが少なくとも地がバレている俺は対象外だろう。兄弟を差し出すつもりはないが、ゆっくり茶を飲める機会くらいなら融通してやってもいい。
     おずおずと、玲が視線を合わせる。そうして口にした言葉は。

    「シュンさんの趣味が乗馬でよかったです」
     気付けばこうして玲と遠乗りに出かけるのも片手では足りなくなり、なんなら両の手でも数え切れなくなった。
     あの日。玲が口にした願いとやらは金でもモノでもなく、『馬に乗せてほしい』の一言だった。なんでも、アンドリーニアに来てラクダには乗ったが馬には乗ったことがないらしい。馬車には移動手段で乗ったことがあるが、馬そのものにずっと乗ってみたかったのだと必死に言い募られたときには、正直拍子抜けもいいところだった。
    『セオ殿下に、シュンさんは馬がとてもお好きだとお聞きしてまして』
     まるで馬そのものを寄こせとでも口にしているような恐縮加減に、コイツを見くびっていたのだと思い知らされた。交換条件で金やモノをせびるような女なら、そもそも今ここにはいないだろう。
    「ここの森にはずっと来てみたかったんです! アンドリーニアは気候もあって森林地帯は少ないですし、でも寒暖差から珍しい植物が育つのだとそれはそれは有名でですね、馬にも乗れて薬草も摘みに来られるなんて最高です!」
    「あ、そ」
     連れてきてもらった礼をきっちり寄こしたあとは、すっかり森に夢中で俺がいることすら時に忘れる。客観的に見てこれだけ条件の揃った俺に見向きもしないその姿は、時折関心を通り越して癪に障った。一般論だと客観視しようとしたその感情は、客観視したが故に本当の理由を突き付けてきた。
     そう、つまり俺は。
    (信じらんねー)
     この、見た目も家柄も何もかもが平凡な女に、今ではすっかり惚れている。甚だ心外だが、事実なのだから仕方ない。
     最初こそ秘密を守る交換条件として。その後数回は、約束を守っているかの様子見として。
     そしてそんな心配など不要だと分かる頃にはすっかり絆されていた。そうでなきゃヒマでもないのにこうして付き合うわけもなく、俺を放置するコイツにむかつくわけもない。
     嬉々として薬草を探す姿は、着飾るでもない、ただただ動きやすいだけの服。髪も一つにまとめ、ただ横の髪を編み込んであるくらいがせいぜいな可愛さか。
     そういえばサトルにも気に入られていた。もともと誰にでも優しい二番目の兄は、とくに相手が年下や女なら一層の気遣いを見せる。昔出会ったことがあるという話はそれ以上でも以下でもないはずだが、明らかに「それ以上」になっているあたり、あのサトルの琴線に触れる何かが二人の出会いにはあったのだろう。
    (おまけにセキさんにまで気に入られてたな)
     ケンですら手を焼くほどに我ながら反抗期だった頃、ちょっとしたきっかけで交流を持つことになったギフトヴォールの第一王子。つい最近まで存在を記憶から消されてはいたものの、俺にとっての恩人でもある彼を"救った"と聞いた。ただでさえ人を思うに長けた人だ。自分を助けてくれた相手とあっては余計気に掛けるのも道理だろう。
     そんな風に、玲はあちらこちらで気に入られている。サトルやセキ王子だけでなく、ペシュー・ペッシェやスパーチア、古の国ヴェリールに、彼のオルフィネーゼの王子たちにまで。
    「あの……何か粗相をしましたでしょうか」
     お顔がさらに険しく、と、ようやくこちらを振り返った玲が言うのはせいぜいそんなセリフだ。思わず出た舌打ちにはあきれたような顔を向けられた。コイツもだんだんと遠慮が消えている。
    (?)
    「おい、何かあったのか」
    「へ?」
     こちらを見た玲に違和感を覚える。能天気な様子はいつも通りだが、ふと見えた陰り。きょとんとしていた顔が徐々に気まずげなものに変わっていくあたり、身に覚えもあるのだろう。
    「吐け」
    「いやいや。朝食はもう消化されましたし今は何も吐くものはございません」
    「くだらねー問答はいいんだよ。いいから吐け」
     名前なんてわからねー大木の下で意味もなく草をいじっていた腕をつかみ、そらされた視線をこちらに向けさせる。へにょ、と下がった眉毛が答えだというのに、無理やり上げられた口角が気に入らない。
    「気のせいかもしれないのですが……その、ちょっと困った事態になっておりまして」
    「トイレにでも行きてーのかよ」
    「そうではなく! むしろそっちのほうがどれだけよかったことか」
    「…………」
    「……その……実は、うちの国のえらい方々がですね、私がオネイロスを作ろうとしていることに気付いたらしく。いえ、隠してもいないのでそれは旅を始める前からご存じだったと思うのですが、どうやら現実になりそうだということで態度が変わりまして」
     いやな予感がする。
     うろ、とさ迷った視線が困ったように俺を見、再びそらされた。
    「結婚を、申し込まれそうな気配が」
    (は?)
    「ここ最近いやに様子を伺われたり、城に顔を見せにくるように命じられたりしておりまして、挙句恋人はいるのか研究をするのに必要なものがあれば城に用意するだのまで仰っていただく次第でして……いえ、はっきり言葉にされたわけではないのですが」
    「されたら終わりだろ」
     ただの薬師が王族の命令に逆らえるはずがない。命令という形を取らなくても、乞われた時点でそれは決定事項だ。それを察したコイツが困り果てて逃げ回っていて、ああ、だからか。
    「それで最近頻繁に来てるのか」
    「ウッ! はい……すみません。その、一番お邪魔しても政治的な諸々が生じなさそうな国がアンドリーニアでして……」
     そこは俺がいるからじゃねーのかよ、とは言わずに飲み込む。とは言え様々な原因から生じた苛立ちを噛み殺しきれず、襟足の髪を握りしめた。
     ほとほと困り果てているようで、すっかり肩を落としてため息をついていた。話してしまえば虚勢をはる必要もないと思ったのだろう。うーだのあーだの意味の分からないうなり声をあげながら、手元の草をむしっていた。
     大方、玲を妃にすることでオネイロスの利権を独り占めする気だろう。独り占めが無理でも、玲が妃ともなれば他国との交渉も有利に進む。たとえ玲が反対したとしても、最終的な判断を下すのは夫であり玲が住まうイニシェントの王だ。それが分かっているからこそ、逃げているのだろう。
    「で、どうするんだ。その王子とやらと結婚して妃にでもなるのか」
    「もちろんする気もなる気もないです! ただお断りするにも正当な理由が必要ですし、今まさにそれを一つずつつぶされている最中でして……正直もう、荷物をまとめてどこかに逃げるのが一番賢い気がしてきています」
    「脳直すぎんだろ。逃げたところで住む場所あるのかよ。オネイロスの研究だって、それなりの設備が必要だろーが」
    「そうなんですよねー!」
     むしった草が小山を形成しつつあるが、ここまで悩んでいるというのにコイツの頭には誰かを頼るという思考がない。この国を含め様々な国と縁を結んでおきながら、私事で他人を煩わせることを良しとしないのだろう。
     それは玲の美徳でもあり。
    (すげームカつくな)
     玲に合わせて落としていた腰をあげ、見下ろす形で「おい」と告げる。
    「仕方ねーから、俺がしてやる」
     玲の目がこれ以上ないほど見開かれた。俺の素を知った時と同じ、もしくはそれ以上の見開きっぷりに、コイツの中にはひとかけらもその可能性がなかったことが見て取れた。
     けれど、知るかそんなもん。
    「あの、今とてつもないお言葉が聞こえたような気がしたのですが」
    「俺がしてやる。利権しか考えてねーお前の国のクソ王子よりはマシだろーが」
    「いやいやいや! え、いやいや。そんな、ちょっとそこまで遠乗りしますかみたいなノリで言われましても!」
     盛大にのけぞった玲が転ばないよう腕を引き、そのまま腰を支えて立ち上がらせる。赤くなった顔には焦りと動揺、羞恥が見えるが嫌悪は見られなかった。と、思う。それでどれだけこの胸が浮き立つかなんて、知るわけねーんだろクソ。
    「俺としたら正当な理由とやらが出来るだろ。一足飛びに結婚とまでいかなくても、付き合ってるとか将来の約束をしているとか言っておけばさすがに諦めるだろ」
    「それはそうですけど! でも、王子ともあろう方がそんな噂が流れたら嘘も本当になっちゃいますよ」
    「別にいーけど」
    「私は嫌です! ハッ……!」
     即答にイラつく。せっかく提案してやったってのに、まるでイニシェントのアホ王子以下だと言われた気になる。
    「いい度胸だな」
    「ごっ、誤解です! シュンさんが嫌だとかそういうことではなくてですね、ごくごく普通の感情として、流れだとか独占されたら困るだとかの義務感でけ、けっこん、というのは嫌ということで」
    「バカか」
    「はい?」
    「義務感で結婚なんかするわけねー」
     図らずも近づいた距離のおかげで、玲の白い喉がこくりと動いたのが見えた。俺のことなんか放って草に夢中になるくせに、なんでそんな顔するんだよ。
     手の中の細い腕が動く。指がためらうように動き、宙を泳ぐ。つかみたい衝動を、ぐっとこらえて。
    「義務感、ではないとおっしゃるなら、つまり」
    「うるせー」
    「まだ何も申し上げてませんが」
    「顔がうるせーんだよ」
     なんでそんなうれしそうな顔するんだよ。さっきまで鬱々としていた表情や身にまとう空気が、あっという間に霧散して花畑に変わる。そんなチョロくてどーすんだ。
    (クソ可愛いのも大概にしろ)
    「でも、シュンさんちっともそんなそぶりなんてなかったじゃないですか」
    「それよりお前はどうなんだ。クソ王子から逃げるために俺を利用する覚悟はあるのかよ」
    「え、それはないですね」
    (は?)
     さも当然のように言い放った玲には一瞬前に感じた甘さのかけらも残っておらず、思わず言葉を失う。よほど険しい顔をしたのか、玲の喉からつぶれた悲鳴が漏れた。
    「だ、だって利用するためになんて無理です。さすがに結婚ともなると、お相手の気持ちはもちろんですけど私も一応夢というものがありまして、私自身がちゃんと好きだと思える方じゃないと嫌です」
     焦りながらも目をそらさずに伝えられた言葉の意味を、間違えないようつかまえる。赤く染まっていた頬、嬉しそうだった顔、そして今口にした、「好きと思える相手じゃないと嫌」という言葉。
     両の手を元の位置に戻して玲を開放する。互いに自分だけの力と意志でその場に立ち、向き合って。
    「質問を変える」
    「はい」
    「俺は第三王子だが、それでも万が一があればこの国を継ぐ。――その覚悟はあるか」
    「はい!」
    (即答かよ)
     緩みそうな表情筋を抑えるために作った顔はさっきと同じはずなのに、上手くいっていないのか玲は嬉しそうに笑うばかり。花ばかりか音符まで飛びそうな空気にあてられて腕を広げると、飛び込んできそうな身体は予想よりも控えめに収まった。
    「……うそみたい」
     しみじみとこぼされた言葉には同意だが、こちらとしては言ってやりたいこともある。
    「お前だって大概だろ。普段は駄々洩れなくせに、俺のことなんて薬草採取の足くらいにしか思ってなかったんじゃねーのかよ」
    「んなっ! 逆ですよ逆! 王子と出かけたいから薬草採取にかこつけて……って、あ、今のナシですナシ」
    「ふざけんな。勝手になかったことにしてんじゃねー」
     抱きしめる力を強めると、つぶれた声が下から聞こえる。色気のねー声に噴き出すとむくれた声に変わったが、そんな声だって俺は。

     一体誰が予想しただろうか。
     こんな平凡で、よく見たって中の上で、薬師の知識と根性くらいしか取り柄のない女が。
     世界で一番、クソ可愛いと思うだなんて。







    Fin
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