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    6/26のAgentMeeting5でノベルティとして配布した小話本からヴェリールのマキ玲さん。

    #スタンドマイヒーローズ
    standMyHeroes

    ありえたかもしれないいくつかのお話_Verrie(マキ玲) 六つの国を旅し、それぞれの縁を結んで母国であるイニシェントに戻って数か月。
     一年を通して比較的温暖な気候が続くこの国も、気を付けて過ごしていると季節の流れを感じられる。緑の色の濃さ、風が連れてくる湿り気に含まれた匂い。足元に伸びる影だって、同じ時間でもそれぞれで長さが違う。ととん、と子供のようにステップを踏んで数秒の追いかけっこをし、市場に並ぶ素材でも季節を知る。そうして過ぎる季節と二人三脚でオネイロスの研究を進めつつ、本来の生業である薬師の腕を磨く。
     そんな、以前と同じようで違う日常は、何もオネイロスの研究だけに限ったことではない。
    「相変わらず見事だなあ」
     無事に入国を済ませ、街道から気の遠くなるような階段を経てたどり着いた浮遊城。空に浮かぶ透明な箱庭とも謳われるここヴェリール国の王城は、国一番の高台にあり、見上げても見下ろしてもため息の出る景色が広がる。
    「そろそろ見慣れたんじゃないか?」
    「いえいえとんでもないことです。朝から晩まで一週間見てたって見慣れるなんてことないですよ」
     玲を出迎えてくれたヴェリールの王子、マキがその返答を聞いてやや眉根を潜める。
    「だから、敬語やめろって言っただろ」
    「いえいえそれもとんでもないことで……」
     そもそも、七国のうち最も入国審査が厳しいこの国に、事前の申請をしないままに入れること自体がとんでもない。以前はハトリが手配してくれた書状のおかげで、スムーズに入国出来たばかりかそのまま国を統べる彼らと謁見まで叶ったが、その後はその彼らがくれた無期限の通行証のおかげで好きなときに入国ができ、好きなだけ滞在できる資格を手に入れた。
     身に余る幸運は感謝を通り越して恐れ多くすらあり、いかに同い年だと分かったマキがタメ口で、と望んだとしても人並みの心臓が拒絶する。
     だって彼は王子様なのだ。概念的なものではなく(もちろん概念としても"王子様"だけれど)、玲が住まうイニシェントを含めた七国のうち最も歴史のある、ここヴェリールの。
     本来ならこうして気安く会える相手でもないだろうに、奇妙な縁が続いて親しくしてもらっている。けれどそれはそれ、これはこれだ。決して勘違いしないよう、己を律しなければ。
    「俺が王子だから、ってあんたが言うなら俺も言うけど」
    「な、なんでございましょう」
    「王子命令。敬語はやめろ」
    「そんな殺生な!」
     ひゅ、と喉が鳴る。半眼に伏せられた赤い瞳は厳しさこそないものの、口にした命が冗談ではないと告げていた。
     王子だからと線を引くなら王子の命を聞け。あまりにごもっともだ。
     そういえばナツキが言っていた。マキは冷静正論攻撃が得意だと。
    (まさか身をもって実感するとは)
     とは言え、あのときはこのおかげで助かったのだ。狼狽える玲から目を逸らすことなく、応のみの返事を待つヴェリールの王子に、諦めで脱力した頭が縦に沈んだ。
    「分かりました……」
    「分かってない」
    「わ、分かった」
    「ん」
    (「ん」て。「ん」て!)
     よく分からないが今の「ん」はすごく反則な気がする。体内の液体が一瞬で蒸発しそうな興奮に息が詰まりかけたが、咳ばらいをして誤魔化した。
    「マキ殿下だけは絶対敵にまわさないようにするよ」
    「なんだそれ。っていうか殿下とかもやめろ」
    「さすがにそれはハードルが高いんですが」
    「呼び捨てにしろって命令したほうがいいか?」
    「マキくんでお願いします」
     ほらやっぱり。絶対に敵にしたらだめなタイプだ。
     一分にも満たないやりとりですっかりやり込められ、見晴らしのいいテラスのひじ掛けに身体を預けて思わず唸る。ついさっきまでは景色の美しさに漏れたため息が、一気に違う意味で上書きされた。
    「悪い。別に困らせたいわけじゃない」
    「ううん! しばらくは敬語とタメ口が混ざっちゃうかと思うけど、マキ……くんと気安くお話出来るのはうれしいし。というかですね、あ、っていうか、今日は改めてお礼をと」
     居住まいを正し、マキに身体の正面を向ける。すると同じようにマキも身体の正面を玲に向けてくれた。こういうところが、とても誠実だと思う。
    「その節は大変お世話になりました。マキくんが助けてくれなかったら、花硝子も手に入らなかったかもしれないし、本当にありがとう」
    「今さらじゃないか?」
    「アハハ。すみません、そういえばしっかり言ったことなかったと思いまして」
     初めてヴェリールを訪れ、その後もこうして何度か足を運ぶようになったというのに、否、なったからこそ改めてあのときに伸ばしてもらった手がどれほど稀有なものだったかが分かる。分かったら今度は感謝を言い足りていない気がして、こうして時間を貰ったのだ。
    「言ったろ。ハトリに頼まれてたって」
    「うん。でも頼まれたとおり"出来る範囲で味方してくれた"のは、マキくんだから」
     オネイロスの材料のひとつである、『硝子に咲く花』。それを分けてもらう条件としてツカサから提示された条件は、彼の妻になることだった。
     ――あらゆる苦しみを取り除く夢の薬、オネイロス。それを完成させるならば、ヴェリール王家の人間として。
     すでに複数の国の協力を得て旅を続けていた立場としても、一人の女性としてもその条件はとても頷けるものではなく、当然妥協案を求めた玲に、けれどツカサは発言を撤回することはなかった。
     そればかりかミヤセやナツキも相槌を打つばかりで、誇張ではなくあの瞬間が人生最大のピンチだったように思う。今思い出しても胃がキリキリと痛み、心臓が早鐘を打つ。
     そんなときだった。
    『……何か、別の条件は出せないのか』
     それまではうるさく音を立てる心臓の音ばかりが鼓膜をふるわせていたというのに、その声は涼やかさを伴って玲の意識をすくい上げてくれた。
     過剰に玲の味方をするわけではなく、淡々と、彼が思う"釣り合い"に近いバランスにまで条件を整えようとしてくれた。マキが言うとおり、懇意にしているというハトリからの頼みがあったからかもしれない。そうでなければ放っておかれたかもしれない。
    (ううん、多分違う)
    『確かに花硝子は今まで国外に出したことないし、大事なものだけど、結晶まるごと渡せって言われてるわけじゃない。それに対して、人ひとりの人生まるごと有無を言わさず要求するのは釣り合ってない気がする』
     きっとマキは、彼が掲げる釣りあいにそぐわないことであれば、同じことをしただろう。面倒は嫌いだと、人と特段深く付き合うタイプではないと口にしてはいたが、根底にある優しさがそれを良しとしない。
     その優しさのせいで、自分のような巻き込まれ系薬師が路頭に迷わぬよう、今もこうして気にかけてくれているのだから。
     整った顔が、何か言いたげなものに変わった。癖のある、緑の黒髪が風に揺れる。
    「あんた、そんなんだから付け込まれるんじゃないのか」
    「アハハ。でもおかげでマキ王……くんに助けてもらえたし」
    「いつも助けてやれるわけじゃないんだから、気をつけろ」
     正した居住まいから力を抜いて、マキがテラス越しの景色へと目線を向けた。今度は玲が姿勢を同じくする。
    「で、ツカサ兄さんのプロポーズはどうするんだ?」
    「エッ いやいや、あれはもう無効でしょう! そもそもの理由が理由だし、オネイロスをすべての人に、っていう時点でこの国の武器にはならないし」
     実際、あれ以来ツカサから何かを言われたこともない。会えば挨拶もするし何気ない話もする。けれどそれだけ。
     ミヤセはそれだけが理由ではないのでは、とも言っていたが、あったとしてもあるのはマコトの物語に登場したという、特別な女の子に対しての感情だけだ。決して、玲自身に対してのものではない。
    「マコト王子が創られたお話の登場人物に似ている、というのはとても光栄ですけど、もしそうだとしてもやっぱり私自身として好きになってもらいたいですし」
    「…………」
    「な、なーんて! ハハ、ただの薬師が何を言ってるんだって話だよね! いやうん、贅沢な話だって分かってますよ、分かってるんだけどなけなしの乙女心とか憧れとかがあって、やっぱり結婚ともなると特別っていうか」
    「分かったから落ち着け。あんた、慌てると早口になるんだな」
     呆れたような声とともに、伸ばされた手のひらが左耳の上を包んだ。身長はそれほど変わらないというのに、撫でるように置かれたその手のひらは大きい。
     男のひとの、手だ。
    「似てると思ったけど、似てないかも」
    「え?」
    「たしかにお人よしなところは似てるけど、あの女の子はもうすこし落ち着きあるし、しとやかだし」
    「ウッ」
    「でも俺は、あんたの方がいいけどな」
     ――それは、どういう
    (意味で、言ったの?)
     あまりにさらりと告げられすぎて、言われた内容との温度差に頭が真っ白になった。
     長くはない髪に編み込まれたリボンは可愛ささえ醸し出すというのに、今のマキからは可愛さなど微塵も感じられない。玲を見る赤い瞳にはからかいの色もなく、向けられた言葉がそうだと告げるようにまっすぐに玲を映すだけ。
    『私自身として好きになってもらいたいですし』
    『あんたの方がいいけどな』
    (いやいやいや、比較! あくまでも比較の話だから!)
     すっかり硬直した玲に触れていた手は、指先が耳朶をかすめて持ち主へと帰っていった。今のは偶然なのか、それとも。
    「焦ると早口になるけど、困ると黙る?」
    「こっ、こまっては、いないけど」
    「ならいい」
    (ちっとも良くない!)
     どういう意味なのかと、聞いてもだめな気がする。
     けれど聞きたいと思う気持ちもある。それくらいには、玲の中にも生まれ始めていた感情があった。
     分かるのはただ、会話を始めてからずっとマキの言葉に右往左往させられ続けているということ。
    「……やっぱり敵に回したくない」
    「なんだそれ」
     ――回すもなにも、敵になんてならない
    (だから、そういうところ!)
     さらりと続けられた言葉に再び胸がウッとなる。思わず押さえつけた胸の内側からは、何かが始まる音がした。






    Fin
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