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    6/26のAgentMeeting5でノベルティとして配布した小話本からオルフィネーゼのイツキ玲さん。

    #スタンドマイヒーローズ
    standMyHeroes

    ありえたかもしれないいくつかのお話_Orufinese(イツキ玲)「いたな"ローズ"」
     背後からの声に、思わず肩が跳ねた。振り返った先にいたのは、案の定ここ、オルフィネーゼ国第二王子のイツキ殿下だ。
    「ごっ、ご無沙汰しておりますイツキ王子」
     慌てて立ち上がり、居住まいを正す。あの一件からこうしてしっかりとお会いするのは初めてで、様々な感情が去来し、表情が紙芝居のように変わっているのが自分でも分かる。
     何も悪いことはしていないのだけれど、いや身分を偽った時点で有罪と言われれば有罪で、でもそれはあの時に片付いたはず?
    「おい。それはどういう顔だ。悩みがあるなら聞くぞ」
    「いえいえそんな恐れ多い……! コホン。失礼いたしました。なにかご用事でしょうか」
    「もう用事は終わったのか? またあの薔薇の棘を採りにきたと聞いたが」
    「あ、はい! 今丁度終わったところで――」
    「なら丁度いい、付き合え」
    「へ?」
     見るからに上等なあしらえで作られた靴がくるりと踵を返し、庭園から城への道を歩きはじめる。迷いのない動きに戸惑いだらけの私はついて行けず、ぱちぱちと瞬きを繰り返すことしか出来ない。
    「おい、何をぼーっとしてるんだ。さっさと来い」
    「は、はい、ただいま!」
     これはもしかして。もしかしなくても。
    (ローズ、って呼ばれたし)
    「前に翻訳を頼んだ文献、まだ途中だったろ。全部やれとは言わないが、手伝ってくれると助かる」
    (やっぱり!)
     こちらの都合を聞いているようで決定事項なのが実にイツキ王子らしい。初めてのときも思ったけれど、このそつのないある種の強引さはやっぱりヴェリールのツカサ王子にとても似ている気がする。
    (口が裂けても言えないけれど)
     生まれ育ちのせいなのか、そうあろうとしてそうなのか、ぴん、と伸びた背中を追いかける。
     あの日までは王子たちすら立ち入りを禁じられていたというこの離れの庭は、季節をずらして開花の時期を迎えるよう、様々な花が植えられていた。とはいえ植えられているのはすべて薔薇で、こんなにもたくさんの種類があるのだと今でも驚きを隠せない。
     薬師である以上、植物には可能な限り知識を広げていたつもりだったけど、まさにつもりでしかなかったのだと思い知らされた。オネイロスの材料である「千年の幸福」ばかりか、この美しい庭園に咲く薔薇のうち、私が知っている品種など一割程度。観賞用の花は亜種がたくさんあるからすべてを知るには無理があると思いつつ、それでもこれだけのめずらしい、美しい種類を集めた情熱に、現国王から第一王妃へとささげられた情熱を想わずにはいられない。
    (その情熱が、ご子息にはこんな方面に……!)
    「まずはやりかけのこれから。俺は右奥の上段から手を付けるから、お前はそれが終わったら左上段から順に目を通してくれ」
     さらりとイツキ王子が指示したその本棚は、当然のように私の家にあるような可愛らしいサイズではない。それこそ王子の長いおみ足をもってすら、十五歩は必要なほど幅があり、王子の身長を優に超える高さもある。
    「以前お見かけしたときよりも増えてませんか」
    「ああ。あのときセオ王子経由でアンドリーニアの巣から何冊か分けてもらった。俺が古ヘイロス語を担当するから、お前は前と同じでいい。該当しそうな文献だけまずは引っ張り出して、栞を挟んでおいてくれ。テーマは三つ。カリーヌ河の治水についてと、現スパーチアとの海域に浮かぶ玉島の出現条件。文献上はまだジーザヴォーラスだろうから気をつけろよ。それから」
    「おおおお待ちください! メモ! メモを取りますので!」
    「これくらい暗記できるだろ」
    「出来るかもしれませんが出来ないかもしれないので」
     腰にひっかけている鞄から小さな筆記用具を取り出し、言われたことを一言一句間違えないようメモを取る。本当になんだろうこの既視感。やっぱり私は、前世でこの方の部下か何かだったのではないだろうか。
     などと考えているうちに、イツキ王子は信じられない速さで本を取り出してはめくり、戻してはまた次の本を取る。すでに数冊が机の上に積みあがっていて、私はあわてて後を追った。
     どれもこれも貴重な文献だと分かるからこそ、触れるのも緊張する。けれど丁寧にしすぎても時間ばかりが過ぎていくので、気合いを入れてヘイロス語と対峙し続けること気付けば数時間。
    「おい、終わったか」
    「まだですけど」
     時間の経過とともに右側から迫りくる圧。私が一列を終わらせている間に王子は二列、下手をしたら三列をクリアしていくものだから、すっかり日が暮れたこの時間、とうとう真ん中の列を越えてきたその声に思わず悲鳴を上げた。
     辛うじて丁寧語の態を保ったものの、敬語もなにもがすっとんでしまった。一瞬青ざめたが、イツキ王子は気にしたそぶりもない。顰められた片眉は、あまりに情けない私の悲鳴と疲れ切った顔に対してだろう。
    「ここと、ここの列はやりますので、あと2……3時間ください! 必ずややりとげて見せますので!」
    「お前、泊っていくつもりか?」
    「ハッ、エッ?」
    「まあ、"ローズ"の部屋はまだあるから構わないが」
     言われて取り出した時計を見れば、すでに夕食を食べてもおかしくない時間になっていた。頼まれたこととはいえこんな時間まで居座った事実にヒュッと肝が冷える。冷えた、のだけれど。
     ――ギュルルルルルル
    「わああああ!」
     冷えた以上に空っぽだったらしい胃が、ここぞとばかりに唸り声をあげた。私たちしかいない王城の書庫はそれはもう静かなもので、あわててお腹を押さえても、誤魔化すように大声をあげても鳴り響いた音は取り消せない。
    (は、恥ずかしい……!)
     お腹を押さえるように身体を丸め、羞恥にぎゅっと目をつぶる。
    「部屋の前に食事だな」
     ぽん、と何かが私の頭を撫でて離れた。
    「昼飯も食べてなかったんだろ? 悪い、俺の気遣いが足りなかった」
    「とっ、とんでもない! そもそも私の仕事がもっと早ければこんな時間までかかることもなかったですし、お聞き苦しい音をお聞かせすることもなかったわけですし」
     てっきり呆れられるか、からかわれるかどっちかだと思ったのに、向けられたのは私を気遣ってくださる言葉だった。
    「いや、どう考えてもお前のせいじゃないだろ。っていうか、根性があるのはいいが、腹が減ったなら減ったってちゃんと言え」
    「いえ……正直私も忘れていたと言いますか。ハハ」
     薬を煎じるときも、調べものをするときも、ついつい没頭して時間を忘れてしまうのは私の悪いくせだ。誤魔化すように笑ったら、誤魔化すためだとバレバレだったらしい。今度こそ呆れた顔をされてしまった。しかし顔がいい。
    「ちょっとここで待ってろ。なんか摘まめそうな――いや、俺の部屋に行くか」
    「はい?」
     何か今、信じられないような気安い言葉が聞こえた気がする。
    (イツキ王子に限ってそんな。いやでも美女に飽きすぎてたまには珍味に手を出したくなったとか)
     無意識に一歩後ずさった音に、王子が振り返る。よっぽどの顔をしていたのだろうか、こちらを見たイツキ王子の目が丸く見開かれる。
    「なんて顔して――って、ああ、そういうことか」
    「そそそそういうこととはっ」
    「何を勘違いしてるか知らないが、続きの間に簡易的なキッチンがあるんだよ。どうせならちゃんとあたたかいものを食べたほうがいいだろ。それに、この城の食堂はやたらと広いし常に誰かが控えてる。俺は慣れてるから構わないが、そうでない人間には向かないからな」
     薄い唇が、楽し気に弧を描く。
    「こんなところで腹を鳴らすくらい空腹なんだろ? だったら気楽に好きなものを食べられた方がいいに決まってる」
     からかうような声音に反し、眼差しには私への気遣いが溢れていた。面倒見がいい方だとは思っていたけれど、こんな一介の薬師にまで分け隔てなく向けられるそれが恐れ多い以上に、くすぐったくて。
     持っていた本を少しだけはみ出す形で本棚に戻し、イツキ王子のあとを着いて行く。昼間と同じ、まっすぐに伸びた背中。歩き方は美しく、揺れる肩章が綺麗で視線を奪われる。
    「なんでそんなに離れて歩くんだよ」
    「お、恐れ多く」
    「いいから来い。ただでさえ歩幅が違うんだ、知らないうちに消えられても困る」
    「わっ」
     二歩分開いていた距離が腕を引かれてゼロになる。目的を果たしたはずなのに、イツキ王子の腕は私のそれを握ったまま、離れることはない。
     違う歩幅はスピードを調整してくれているから大丈夫なのに。
     それに侍女として潜入していたから、迷うことだってないのに。
     ――そんなことを、王子が知らないわけあるはずがない
    「しかし、お前よく"ローズ"なんて名乗ってたな」
    「まだそれ引っ張りますか?」
    「たまに思い出しては感心してる」
    (やっぱりこれ悪口では?)
     楽しそうに喉の奥で笑い声を転がすイツキ王子を恨めしく思いつつ、手首から手のひらへと移された王子の手を、僭越ながら少しだけ握り返してみる。すると。
    「!」
    (あ)
     形のいい耳がほんのり色付いた。私が見ていることに気付いたイツキ王子の顔が、反対側を向く。さっきまであんなに俺様だったのに、これはずるくないだろうか。
    (らしくない、なら、どっちもどっちじゃないかな)
     ふふ、と漏れた声に向けられた「笑うな」も私を見ずに発せられる。イツキ王子がこんなに照れ屋だったのは、新しい発見だ。
     そして連れられた王子の部屋で、その日私はもう一つの新しい発見をすることになる。
     両親のルーツである極東の島国の郷土料理。鶏肉を卵でとじた甘じょっぱい大好物を、口頭で伝えたレシピ通りに作り上げてくれたのは、城の料理人でも誰でもなく、イツキ王子その人だった。
    「絶対誰にも言うなよ」
    「はい」
    「絶対に絶対だからな」
    「はい、約束します」
     どうしてその秘密を明かしてくれたのか。作らせたものを運ばせて食べることだって出来たのに、そうしなかったのか。
     それを知るのは、もう少しだけあとのお話。






    Fin
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