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    6/26のAgentMeeting5でノベルティとして配布した小話本からタカオミ玲さん。

    #スタンドマイヒーローズ
    standMyHeroes

    ありえたかもしれないいくつかのお話_PeschouxPesce(タカオミ玲) 今までも不思議なことはたくさんあった。
     血のつながりのないミモリと家族のような師弟関係を結び、共に暮らしたこと。
     そのミモリから託された夢を実現させるべく旅に出て、本来なら関わりのないまま一生を終えるであろう人たちと縁を結べたこと。
     そしてその縁が、今も続いていること。
    (けれどこれは、その最たるものだ)
     美しすぎるご尊顔――オネイロスを求める道中で出会った王族の面々は、誰も彼もが信じられないほど整った顔立ちをしていたため、彼だけに限ったことではないが――が、玲をまっすぐに見つめる。会話をするときには相手の顔を見る、というコミュニケーションの基本であるそれも、彼にかかれば動作以上に求められるものが多いように感じるのはなぜだろう。
    「玲」
    「……っ、は、はいっ」
     麗しの指先が玲のものに触れる。かしずかれることに慣れているであろう王族、それも第一王子が、一介の薬師である玲になにかを乞うことがあるだなんて。
     紅茶色の瞳に映る玲の姿は、自分でも笑ってしまうほどうろたえており滑稽だった。だが、ペシュー・ペッシェのタカオミはそんな玲を笑うことなく見つめたまま、熱を帯びた瞳で願いを口にする。
    「どうか俺の恋人に。ゆくゆくは、妃になってはもらえないだろうか」
     くらりと視界が回った。言葉は確かに耳に届いたが、どうか今すぐ世の中の恋人や妃という言葉が持つ概念が変わってはくれないだろうかと願ってしまう。
    (タカオミ王子は今なんと)
     恋人? 妃? 誰が誰の。
     混乱極まりない玲の目の前で、タカオミ王子は熱い視線を向けたまま玲からの返事を待っている。そこには断られるという不安もなければ、かと言って寵愛を与えるものの傲慢さも見えない。こんな時でもタカオミはタカオミらしく、彼自身だった。
     けれど玲はごくごく普通の娘だった。娘というにはいささか年かさだが、誰かと恋をし、結ばれる夢を見るほどにはただの娘であり、そして本来ならタカオミら王族とは縁のないまま一生を終えるはずの庶民その一。
    「う」
    「う?」
    「あ」
    「どうした。具合が悪いのなら医師を呼ぶが……玲?」
     次の瞬間、翻ったのは玲がまとう上衣の裾。
    「た、大変失礼ながら、本日はこれでお暇させていただきます!」

     その日からペシューペッシェ第一王子タカオミと、イニシェントの薬師玲との国をまたいだ鬼ごっこが開始された。


    ***


    「あのさ、いい加減諦めたら?」
    「諦めるもなにもですね。私は忙しいがゆえにお会いできないだけであって、決して逃げているわけでは」
    「でもその工程二回目だよね。ヒメマルヤと月光草を混ぜて作るなら腹下しの薬だと思うけど、ろ過工程は一度で十分だよ。分かってると思うけど」
    「ウッ」
    「ちなみに今あるやつもすりつぶしすぎだから。分かってると思うけど」
    「ウウッ」
     冷静なカナメからの指摘に、できる反論などあるはずもなく玲がうなだれる。確かにこれでは粒子が細かすぎ、混ぜ合わせる液体に溶け込まず浮いてしまうだろう。
     うららかな春の日差しが窓から差し込む玲の家兼作業場兼職場は、身の丈にあった簡素なものだ。一人が寝るのに十分な広さのベッドと、それでほぼ埋まってしまっている寝室。キッチンと、作業場を兼ねるリビングはつながっており、あとは小さなバスルームがあるだけ。全部の部屋を合わせたところで、目の前にいるカナメの私室の半分ほどにも満たないに違いない。
     そんな庶民の家に、他国の王子が来訪している時点でおかしいのだ。けれどもうこれも何回目だろう。ひいふうみい、と指折り数えつつ、折れていく指より先に心が折れた。
    (不敬罪で首をはねられるレベルのお断り回数……)
     ペシューペッシェへの招待。訪問の申し出。別場所での待ち合わせ(決してデートなどではない。決してだ)など、タカオミから送られた書状はもはや両手では足りなくなった。あの日逃げるように帰ってきてしまったものの、そんな無礼を働いた玲をあきれることなく、変わらぬ求愛を続けてくるのだから意味が分からない。
    「カナメ王子にも心から申し訳なく……」
    「別に玲さんが謝ることじゃないでしょ。タカオミ兄さんが一方的に執着してるだけで」
    「しゅうちゃく」
    「家来だけじゃなくて俺や他の兄弟にも頼んでる時点で相当でしょ」
     玲が入れた茶を一切のためらいもなく口にしながらカナメが口にした言葉は、改めて玲にダメージを与える。そうなのだ。城の家来と思しき人間が訪れていたのは最初だけで、ここ最近ではカナメやひかる、時にはコウまでもが書状をもって玲の家を訪れる始末。もっともコウに至っては、訪れはするものの「これは渡した事実があれば十分だから、読まなくて構わない」と本来の用事もそこそこに、玲が過去出会った症例に関する話を聞きたがった。それもそれでどうなのだろう。
    「玲さんも、本当に嫌だったらはっきり断って構わないから」
    「い、嫌というわけではなく……」
    「まあ断ったところであの人が諦めるかどうかは知らないけど」
    (ですよね!)
     おそらく、というかほぼ確実にタカオミが玲を諦めることはないだろうというのが、カナメと玲の共通認識だった。だが当の本人である玲としては、なぜそこまでの想いを自分に向けてくるのかが分からない。だから、嫌か嫌じゃないか以前に戸惑いが先に立つのだ。理由が分からないものを、そうですかと受け入れられるほどの自信も大らかさも持ち合わせていない。
     しかも相手はあの、タカオミ王子だ。ペシュー・ペッシェ第一王子であり、国王夫妻が不在のあの国で采配を振るっているのは他でもないそのタカオミだ。国を継ぐであろうことは明白で、そんな人物に恋仲になってほしい、という願いどころかその先まで見通したうえでの申し入れをもらってしまっては、逃げたくなるのがごく普通の感情ではないだろうか。
     しゅん、と肩を落とす玲の隣で、カナメはそんな彼女を気の毒に思いながらも理由ならば分からないでもない。気がしていた。タカオミが何よりも人を評価する基準の一つを、隣の薬師が誰よりも持っていることをカナメも知っていたからだ。
     兄が玲に覚えたただの関心が強い興味に変わり、好意へと変化して恋情へと育つのにさほどの時間はかからなかったのだろう。もとから、恐ろしいほどロジカルでありつつ妙な直感で進む道を決めるのがタカオミだ。その両方のアンテナが玲へと向いたのならば、あの行動力の塊である男が動かぬはずがない。
    (まあ、玲さんには気の毒だと思うけど)
     淹れてもらった茶を飲みながら、けれど、の続きを思う。自分の気のせいでなければ、玲も決してタカオミを悪くは思っていないはず。ペシュー・ペッシェに訪れた際に見せていた緊張一色の顔は、徐々に和らぎ今では親しいものに見せるものへと変わった。もう少し砕けてくれてもいいのに、と思う程度に残された礼儀をまといながら玲が見せる笑顔や楽し気な会話は、自分を含めた兄弟の中でも一番タカオミに向けられていたのだから。
     畏怖から尊敬へ。尊敬から敬愛へ。そうしてカナメの気のせいでなければ、色合いの濃淡こそあれ玲がタカオミに抱くそれも彼と同じものであるはずだ。
     せめてもう少し緩やかに事が進めばまた事情も違ったろうに。だが、ことはもう動き始めてしまった。
     それにそろそろ。
    「玲!」
    「」
     薄くはない家の扉越しに、朗々とした声が家主の名を呼んだ。やっぱり、と大して驚かずにカップをソーサーに戻すカナメの横で、気の毒なほどに椅子から飛び跳ねた家主は目をこぼさんばかりに見開いていた。
    「へっ、へあっ、え、な、なん、なんで……っ」
    「玲? いないのか?」
    「タカオミ兄さん、あまり大きな声出したら近所に迷惑だよ」
     固まったまま動けないでいる玲に変わり、扉を開けるとまばゆいばかりのブロンドが陽の光を受けて輝いている。だが、輝いているのはなにも彼がもつ色彩だけではない。ようやく想い人に会えたという喜びが表情のみならず全身からあふれ出ていた。それはもうなんの遠慮もなく。
     ドアの内側で固まっている玲の姿を見るや否や、踵の音も高らかにタカオミが彼女の元へと近づく。そうして椅子から立ち上がることすら出来ないままでいた玲の前でぴたりと止まると、実に美しい所作のまま腰を落とした。
    「会いたかった」
    「タッ、タタタタカオミ王子! 腰を! 腰を上げてください!」
    「? だが、それだとお前と視線が合わないだろう」
    「せめて椅子! 椅子にお座りくださいそんな床に膝なんて、王子ともあろうお方が」
     もはや腰が抜けているのか、椅子から立ち上がることもできずに上半身のみをわたわたと動かしている玲の姿はちょっと面白い。けどそうさせているのが身内だと思えば面白がってばかりもいられず、軽く咳ばらいをしたカナメが座っていた椅子を兄へと譲った。この家に、椅子は二つしかない。
    「タカオミ兄さんの気持ちもわかるけど、玲さんの気持ちもちゃんと聞いてあげて。兄さんの立場からしたら、その気がなくても相手から権利を奪うこともあるんだから」
    「ああ、肝に銘じよう。だが俺は、まだ玲の気持ちを聞かせてもらっていない。――玲」
    「は、はいっ」
    「まずは謝罪を」
    「へ?」
     カナメが勧めた椅子に座ることなく、姿勢を正したタカオミのブロンドが重力に流れる。
    「執務にかまけ、己の想いを伝えるにも第三者を介し続けたことをまずは詫びたい。出来ることなら俺も俺自身でお嬢さんに愛を告げたかったが、立場と距離が許してくれなかった。だが、それも言い訳だ――すまない」
     いずれ一国の王になるであろう男に頭を下げられた玲の心境を思えば同情もするが、タカオミのあれはあくまでも自身そのものとしての誠意であり、そこに肩書きや立場などはない。しかし、それを玲に分かれというのも酷だろう。
    (まあ慣れてもらわないと大変だろうな)
     何しろ自分の兄は肩書きなどを与えられずとも、生まれながらにそれを持っているのだから。
     もはやうめき声しか上げられない玲は、ただただ首を左右に振っていた。が、やがて奮起したらしく椅子から立ち上がり、負けじと深い謝罪を向ける。こういったところも兄が好ましく思う点であるのだが、当人がそれと気付くこともない。
    「こちらこそ、数々のご無礼をお許しください。その、ですね……なんと言いますか、いただいたお気持ちに対する整理がついていないと言いますか」
    「なんで好きになってもらえたのかが分からないんだって」
    「」
     物凄い勢いでこちらを向いた玲に、カナメは冷ややかな一瞥のみを返した。タカオミも大概ストレートすぎるが、玲も玲でまどろっこしいのだ。
    「なるほど。確かに根拠のない行動にはなんの信憑性もないからな。だが、どれほど言葉にしたところで俺が玲を愛おしく思う気持ちに足りるとは思えないのだが……そうだな、きっかけはお前がコウの喉を直した知識の深さと、単なる契約以上のひたむきさを見せてくれたことだが、何よりオネイロスを作り上げるという形のない夢を、はっきりと言葉にして俺に誓ったときの目が気に入った。勢いやその場しのぎで出された言葉と、そうでないものの違いくらいは俺にもわかる。お嬢さんの言葉は、己を信じた約束だった」
    「あ、あの、タカオミ王子」
    「他を信じる以上に、己を信じることは難しい。だがお前はそれを、未熟な身でありながら決意した。そして一介の薬師の身でありながらペシュー・ペッシェを含む多くの国と縁を結び、その夢物語を成し遂げようとしている。お前はそれを他者の善意や厚意だというが、国を治めるものがただの善意や厚意だけで動きはしない。それだけの魅力がオネイロスにはあり、何よりその夢物語を信じさせるだけのものがお前にはある」
    「た、タカオミ王子、それはなんと言いますかあまりに良いように見ていただきすぎていると言いますか……その、それくらいで」
    「嘘をつかない。偽らない。努力を惜しまず、失敗を恐れない。それは痛みを知らないからではなく、知っていても進む強さがあるからだ。かと思えば普段はどこにでもいるようなただの愛らしい娘で、よく笑いよく驚き、感情豊かに気持ちを伝えてくれる。ああ、あとお前と食事をすると普段より美味しい気がするな。小鳥がついばむような食事しかしない令嬢ばかり見てきたが、俺はお嬢さんのように美味しいものを美味しく食べてくれるほうが好ましい。それとお転婆が過ぎるのは心配だが、庭の楡の木に登る健やかさも見事だった」
    「ご覧になってたんですか」
    「ああ。だがあの一の枝から実る実が欲しいのなら、次からは庭師に頼むといい。許可を与えた者が、まさかお前自ら取るとは思っていなかったらしく顔を青くしていたぞ」
     飄々と語るタカオミと、先ほどとは違う理由で顔を赤く青くする玲に挟まれる形となり、思わず顔を背けて肩を震わせる。前半は見るものによって評価が割れるだろうが、後半に関しては揺るがない事実だろう。そこに付随する感情はともかくとして。
     縋るような視線を感じたが、気付かなかったふりをして小屋を後にする。馬に蹴られる趣味はない。あとはもう当人同士でやってくれればいい。
    「っていうか、完全に繋ぎだよね」
     こうして玲のもとを訪れるのは初めてではないが、今日は完全にタカオミが来るまでの繋ぎだろう。兄ほどではないが、自分だって暇ではない。まあ、おもしろいものが見られたからいいか。
     玲が本気でタカオミを拒絶するのならそれを叶えてやりたいと思う程度には、カナメ自身玲に好意を寄せていた。兄とは違う理由で、玲の在りざまは心地よい。ときに暑苦しく思うこともあるけれど。
    「あんな"お姉さん"もいいかもね」
     他人でしかなかった彼女を、さほど遠くない未来にそう呼ぶ日が来るかもしれない。
     静かになった小屋の内側のやり取りを想像することもせず、自然と持ち上がる口の端を自覚しながら末の王子は静かにその場を後にした。






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