36と彩蛋の間2──────────────────────────────
よく晴れた日差しの中。
遠くに小さな三つの影が見えた。
そのうちのひとつが速度を上げ此方に近付いて来る。
近づいてくるひとつが、何か音を上げているが聞き取れない。
ただ、凄い速さでどんどんと近づいて来る。きっと随分と鍛練したのだろう。
「師父ーーー!師叔ーーー!」
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「本当に師父達は雪と氷しか食べられないんですか⁈」
「そうみたいだ。」
「そうかぁ、実は美味しいお酒をもってきていて…」
「……葉前輩が言ってなかったか?」
「おっしゃっていたんですが…」
「前輩、『たくさん飲んで食べて羨ましがらせてやろう』と言ってね、確かに随分と心配させられたんだ、それぐらい仕返ししてもいいだろう子舒。」
「う…まぁ、お前達が口にする分は確かに必要だから持ってきて正解だな。ここには何もないから。」
成嶺が北淵と大巫とともに訪ねてきてくれた。
もう二度と会うことはできないと思っていた親しい者達との再会はこの上なく嬉しいが、何だか少しだけ気恥ずかしくもあった。
負担を掛けることなどないように、決して頼るまいと思っていた旧友には最終的にすべてを託し、思いがけずに恵まれた弟子の成長も見守ること手放した。
なのに彼らは、そんな自分が今在る事をただただ喜びこうして会いに来てくれる。
有難くて嬉しくて申し訳なくて…なんと言えば、何を話せば良いのか実のところかわからず、彼等が持ってきた酒を開け、香りを少しだけ嗅ぐ。
もう共に同じ味を楽しむことはできないけれど久々の酒はやっぱりいい香りだった。嘗めるくらいなら許されないか?
「阿絮。」
「……飲まないよ。」
振る舞えるものは何もなかったが、武庫の入口に席を設け、何があったのかこれまでのお互いのことを語りながら七爺達が持ってきた酒や堅果やらを成嶺と老温がせっせと並べる。
色んなことが有りすぎて、あれやこれやと手を動かしながらも語り合った。
「それじゃぁ、師父達は離れられないってことですか?」
「荘主はまた不思議な術を施したな。」
ことの顛末を、ざっくりとだが伝える。さすがに弟子の前で手を繋ぐのは気が引けて、老温の小指に僅かに自分の小指を乗せて触れていた。
「でもまぁ、二日くらいなら離れてられる方法も見つかったからな。」
「そうなんですか?どんな?」
「え、あー…」
「わーーー!!そうだ成嶺!老怪物!老怪物はどうしたんだ?」
「あ!葉前輩ですか?前輩、途中まで一緒だったんですけど、どうしても食べてみたい珍味が山を三つ越えた先にあるって聞いてそっちに行ってしまったんです。」
「何だ老温、会いたかったのか?」
「は?!阿絮、君は『助け舟』ってやつを知らないのか?!…もう…ほら、あれだあれっ六合神功のわからないところを聞こうと思ったんだよ。」
「確かにな、触らなくてもいい方法がもしかしたら見つかるかもしれない。いちいち面倒臭いからな。」
「ちょっと阿…」
「そうですか?僕は、今の方がずっといいと思います。」
「は?」
成嶺は終始にこにこと笑顔だ。
「ふたりとも離れると変なこと考えたあげく、妙な行動を起こして拗れてしまうから…くっついてないといけないくらいが丁度いいでしょう?その方が僕も安心です。」
「……」
「……」
師父と師叔の決死の事柄を、変な考えで妙なことと言い放つのかこの弟子は…
それを聴いている北淵と大巫が声を殺して笑っていてる。
「せっかく治療したのに釘を抜いたり、こっそり偽装死をしたり。確かにな、私達もそちらの方が安心だ。」
「くくっ…子舒、お前は師父思いの素晴らしい弟子を持ったな。お前よりずっと大人だ。」
ふたりが大いに納得した姿が悔しいが反論できなかった。
あの時、引き裂かれるほど苦しかったことがこんな風にからかわれるとは腹立たしい。なんて奴等だ。
笑いながら話せるまでになったことは嬉しいが…
「成嶺。まったく、お前は誰の弟子だ。口ばかり達者になって、師叔に変な影響を受けるな。」
「は?このズケズケ言う感じはどう考えても阿絮だろ?成嶺、師父を見習うのはいいが変なとこは受け継ぐんじゃないぞ?」
「師父…師叔…相変わらずですね!」
「成嶺お前!……さっきから気になっていたが、どうも左右の調和がとれていないぞ。来い、修練だ」
「え、ええー?!」
「はは、うちの師兄は厳しいなぁ」
「老温、お前もだ。お前の流雲九宮歩もまだまだだ。」
「え?!僕はほら、お客様をもてなさないと…」
「口答えするな。成嶺、この修行中だけ老温はお前の師弟として扱っていいぞ。」
「本当ですか?!頑張ろうね師弟!」
「ちょっとなんでそうなるの?!ていうか成嶺…受け入れるの速すぎないか?」
「今は師兄だよ!師弟!」
「あーもう!あの師弟子はまったくっ!七爺、大巫、もしなら中の書物でも見てて!」
この寒い地に三人が長く滞在することは出来ない。
会える時に出来るだけ多くを伝えよう。
だが、これで最後ではない。また遠く離れたとしても、再び会うことができる。
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少し離れた場所で三人が修練に励む。
ふたりの足捌きはまだまだ子舒のそれに及ぶことはなく、納得がいかないらしい友は、腕を組み眉をしかめてあれこれ指南しながらも幸せそうだった。
「やっと再会できたというのに、子舒とはもう共に酒を飲むことはできないと思うと、少々寂しく思っていたが、そんなことはなかったな。」
「あぁ、彼等が飲めない分は、あのじゃれあいを肴に私達が楽しませてもらうとしよう。」
おしまい