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「阿絮ーーー!?ちょっ!何やってんのっ?!?!」
「うるさいな、あっ返せっ!」
朝、結い上げた髪に簪を挿す。一般的にはごく普通の光景だ。しかし阿絮がそれをするのは稀で、ましてや手にしているものは…
「こんな危ない物を髪に挿そうとする方がおかしいでしょ」
阿絮から取り上げたのは簪の形をしていた武庫の鍵だ。
雪がが溶け、ようやく陽の光を浴びるのことができるようになったとたん、阿絮はずっと武庫の周りを散歩していた。阿絮に着いていくのは私の日課だから日向ぼっこが好きなはずの彼が足下しか見ない『散歩』を妙に思っていた。そんな日が何日か続き、偶然この武庫の鍵を見つけた。見つけた時の阿絮といったらもう………
それはそうと鍵は雪崩の直撃を受け、雪がに埋もれていた為か、折れてしまってる両端は削れて丸みを帯びているはずもない。尖っていてどうしたって危ないのだ。それなのに阿絮は今、お構い無しにそれを髪に挿そうとしていた。
「何を身に付けようが俺の勝手だろ、ほら返せ。」
「阿絮〜」
返せと差し出す手を握り込む。不満そうな顔だが以前と違い抵抗せずに手を包まれたままの阿絮。かわいい。
「新しいのにしなよ」
「俺はこれがいい」
「私があげたから?なんてーーー」
「それ以外に何がある?」
「っっ何でそういうこと不意打ちで言うかな?!」
普段甘い言葉も言わない口が砂糖の砂糖漬けみたいな事を粉砂糖みたいにサラッ言うものだからもう胸焼け寸前だ。
しかも意図してかしないでか見上げる瞳も何だか甘さを含んでいる。
「老温…」
「〜〜〜っ、もうわかったよ。」
「よし!返せ。」
「意図的な方だった!」
「何がだ」
「…何でもないよ、でもこれはさすがに危ないから少し預からせて。」
阿絮から取り上げた元鍵を持ち、武庫の奥へと向かった。
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武庫には農耕書や農機具が収まっているのに加え、農機具の補修やらに使う工具なども収められてる。
いくつか見繕い埃をはらえば、使えそうなものは多い。形は古いが丈夫に作られた工具達を見ながら昔の仕事に感心する。
「かなり古いけど、使えなくはないな」
さっそく手にした金ヤスリで、ささくれだった元鍵を優しく擦れば、ちゃんと削ることはできる。少し荒い気もするが、そこは腕の見せどころだ。
「あまり凝ったものはできないけど、これなら飾り彫りもできるかな」
医術の家系に生まれためなのか、元々手先は器用な方だった。来上がったものを見たら阿絮は驚くだろう。そう思うと手を動かしながら顔がやたらニヤけてしまう。
できれば雪の中からこれを発見した時よりも喜んでくれるといい。
早く作り上げたいと急く気持ちと、何よりも丁寧に作りたい気持ちに揺れながら、阿絮の笑顔を思い浮かべて簪を擦った。
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「阿絮お待たせ!はいこれ!」
「……これ、あの簪か?」
出来上がった簪を受け取った阿絮は…それはそれは…………大層…とっても…深ぁく眉間に皺にを寄せている。
「え、あーー…確かに削ったからちょっと短くて挿しにくい…かも…だけど……」
出来上がった簪をくるくる回しながら色んな方向から眺めている。その間、眉間の皺は深くなる一方だった。
「まぁ、角張った所は無いから怪我することはないと思うしさ、まぁ…その」
完全に予想いていなかった状況に焦りが込み上げる。飾職人には及ばないが、古い上に工具も限られてたにしては良くできた代物だと自負していたから、ここまで機嫌を損ねるとは思っていなかった。
「その、そんなにつける必要もないしさ」
「いや、つける。」
「つけてくれるの?」
「つける。つけるが……老温。これはその…自己主張が強すぎないか?」
「え?」
「『白い扇』ってどうなんだ」
「しろい…おうぎ?」
簪に飾り彫りを施したがこれは『翼』だ。鶴の羽を模したつもりだ。比翼の鳥、己の片翼と思いを込めたのだ。いや、翼に見えるはずだ、『扇』だとしたら形が歪んでいるだろ。私の腕を舐めてもらっては困る。
「いや、阿絮それはーーー」
慌てて訂正しょうとしたが出来なかった。
『白い扇』と言って困ったように歪められた眉のその下の瞳があまりにも愛おしそうにそれを見つめていたものだからから、無粋な訂正など出来なかった。
それに『白い扇』は神医谷にいた頃にも四季山荘にいた頃にも持っていない。扇の技は鬼谷で生き抜くために磨き、谷主となった温客行として歩む傍らにいつもあったものだ。鬼として生き、阿絮に再び出会った。阿絮と離れていた時間を共に過ごしてきた扇だ。どんな私でもすべてを受け止めてくれている。そんな心地がした。
「…いや、何でもないよ、そう『扇』。うん。うん?」
そんな心地が、心地で終わった。阿絮が簪を突き返してきたのだ。あんなに熱い眼差しで見ていたのに、なんで、ちょっと、どーして、今のいい雰囲気を返して欲しい。ちょっと泣きそうだ。
「阿絮なんでぇ~…」
「これはもう鍵じゃないんだろ?」
「うん。鍵の機能はもうないよ。」
「そうか。」
簪を無理やり押付け、阿絮はくるりと向きを変え、そのままピタリと動かない。
「阿絮〜…」
「…」
「…阿絮?」
「はぁ〜〜…俺はあの時、簪を貰ったんだと思ってた。でも鍵を預かっただけだった。」
盛大なため息をついて阿絮が呟いた。うしろを向いてしまった阿絮の顔は見えないけれど、耳が真っ赤に染まっていた。
「?。鍵だったけどちゃんと簪としてつけてくれてたじゃないか。大切な時にはつけていてくれたろ?阿湘婚儀の時も、この雪山に来た時も……」
「でも鍵だった。」
「そうだけど、鍵だったけど。鍵を…ん?阿絮は受け取ってくれた。あの時、鍵を、簪を…………簪………………あーーーーーー!!阿絮!!」
あの時、阿絮は『簪』を受け取ってくれた。もうその時から阿絮は私のことをちゃんと受け取ってくれていた。私が考えてるよりずっと深く、覚悟を持って受け止めていてくれていた。
頭に挿すものなんてその辺の枝でも構わなそうな、むしろ簪なんて必要なさそうな阿絮がこの『簪』にやたらこだわるその理由がこんな可愛らしいものだなんて思わなかった。
「〜〜〜〜〜っっお前なぁ!俺に全部言わせるな!!さっさとやり直せ!」
「はいっ!」
結い上げた黒髪に簪を挿す。あらためて、正真正銘の『簪』を挿す。
少し歪んだ『白い扇』と言ってくれた今度こそ『簪』を受け取ってくれる彼は振り返った時どんな顔をしてるだろう。
私は今、ニヤケた情けない顔を元の色男にどうしてって戻せない。だからきっと振り向いた阿絮はまた呆れた顔でため息をつくんだ。だから、その一瞬を絶対に見逃さないようにしないと。
豊かな黒髪が揺れ、ゆっくりと彼が振り返る。
おしまい!
「阿絮〜これからたくさん簪を送るからね。」
「これ一つで十分だろ。必要ならその辺の枝で事足りる。」
「ははっ枝!以心伝心!」
「何がだ?」
「何でもないよ〜」
「でも季節の枝を挿すのも風流じゃないか?」
「そうかなぁ?」
「老温、俺が手折った枝はいらないか?」
「阿絮ーーーーーっっ!!!!!」
急いで頭にお団子つくる老温だったとさ!(^‿^)