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    晴れ🌞

    @easy_pancakes

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    晴れ🌞

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    青の街にてお茶会を開催ありがとうございます!

    ホワイトデーまではバレンタインだし、無自覚両片思い強化月間です!

    🍃🌹「いや、お前らが気にすることじゃねぇって。マジで」
     空が白み始めたニューミリオンの大通りを、ガストはひとり足早に歩いていた。

     冷え切った朝の空気は鼻の奥を刺すみたいに冴えていて、呼吸するごとに肺がじわりと熱くなる。昨夜の酔いはすっかり覚め、残るのは鈍い頭痛と少しの後悔。吹く風に背中を丸めると、上着のポケットの中でクラフトビールの王冠がかちゃりと音を立てた。
    「ふたりで一度にしゃべったら何言ってるかわかんねぇよ。あー、まぁ後で俺も覚悟決めて見てみるって。飲みに付き合ってもらってサンキューな」
     ロイとチャックからかかってきた通話を終わらせると、ガストはスマートフォンのディスプレイのメッセージアプリに付いた、たくさんの通知にため息を吐いた。届いたメッセージは開く気になれない。反応したら最後、何人かの同期たちにとっておきのおもちゃとして扱われるってわかっているからだ。溢した白い吐息が空気に溶けぬうちにまたひとつ、メッセージを知らせる通知が表示される。こんな早い時間に事をおもしろがって連絡を寄越してきたのは、やはりと言うべきかニューミリオンきっての情報屋を自称するガストの同期だった。茶化すようなメッセージに続いてSNS投稿記事のリンクが送られてくる。

    『Hero's News☆ ノースセクター所属のイケメンルーキー! 深夜に熱烈キス!』

     そう、どうやらガストは昨晩、キスの現場を撮られたらしい。
     全く記憶にはないのだけれど。


     バレンタインデーだからって休みになるわけじゃないのがヒーローという仕事で、昨日は朝から夕方までブルーノースの街にパトロールに出ていた。幸いなことに厄介なサブスタンスに遭遇することもなければ、イクリプスの襲撃もなく平穏……とはいかず、ガストは若い女子達から向けられる熱視線に緊張の冷や汗が背を伝いっぱなしだった。少し前を歩く歳下のメンターの凛とした小さな背中が、平時であってもこんなにも頼もしいとは。少し離れたところから自分の名前を呼ぶ高い声に、ガストはなんとか口角を上げて「おう、」と軽く手を挙げ応えた。
    「もうちょっとマシな対応ができないのか?」
     マリオンが振り返り、不満げに目を細めてガストを見上げる。
    「まぁ、……これに関してはボクに責任がないわけじゃないケド」
    「いや、マリオンが悪いんじゃねぇし、いつまでもこんなんじゃダメだってわかってるんだけどさ」
     ガストは少しだけ情けないような苦笑いを浮かべながら、両手を胸の前に上げてみせた。
    「無下にはできねぇけど、全員に向き合うのもまだ難しいっていうかさ……マリオンはすげぇよな、一人ひとりに丁寧に応対してさすがだよ」
    「当たり前だ。市民からの応援や好意にヒーローとして応えるのも仕事のうちだろ」
    「そうだよな、わかってるんだけどさ」
     ガストの一番は誰なのか、一番はいるのかと尋ねる女の子たちの震えるほどに真摯な瞳に射抜かれると、ひとつも碌な言葉が出てこなくなる。そうやってバレンタインの日にガストが煮え切らない態度でいると、助け舟を出してくれるのは目の前の上司だった。マリオンが腕を組んでガストの目を見て、それからふい、と夕焼け色に染まる顔を背ける。近くのデジタルサイネージが17時ちょうどを知らせて、それから今の季節らしくチョコレートの広告を流しはじめた。
    「ボクはこのあと仕事で寄るところがあるけれど、オマエ今のうちにいつものふたりを呼んでおいた方がいいんじゃないか?」
    「おぉ、まじか、パトロールの後に仕事だなんて大変だな。今日は助かったよ、本当に」
    「別に。来年までには助けが必要ないようにしておけよ」
    「はは、善処するよ」
     とは言ったものの、今のところそうなってるビジョンは全く見えないのだけれど。ガストがメッセージアプリでロイとチャックに連絡を取ると、『元々そのつもりでしたよ!』とすぐさま返事が返ってくる。急な呼び出しでも快く駆けつけてきてくれる弟分たちの存在は、本当にありがたいし、居心地がいい。程なくして通りの向こうにふたりが姿を見せると、マリオンはガストをちらりと見て、「じゃあ、また明日」と言った。
    「おぅ、仕事のあと気をつけて帰れよ」
    「オマエこそ、飲みすぎないようにしろよ」
     ヒーローの中では小柄な後ろ姿に軽く手を振っていると、マリオンは1ブロック行ったところで、もう女の子に呼び止められているようだった。少し離れていたってわかる。マリオンと目を合わせることができずに俯いたその子は、胸の前で祈るみたいに両手を組んでいて、落ち着かない様子で肩を震わせていた。マリオンが少し屈んで、女の子の肩に手を優しく乗せる。彼は感謝の言葉を伝えたのだろうか、女の子が自分の両頬に手をやり、マリオンの顔をじっと見つめた。マリオンが立ち去った後も女の子はそこに惚けた様子で立ったままだ。誰から見たって恋をしているとわかる顔をして。マリオンはどんな顔であの子と話をしたんだろうか。始終ガストに背を向けたままで、それを窺い知ることはできなかった。

     「マリオンにも来てほしかった」と軽口を叩くロイとチャックを連れて、最近ブルーノースの街で見つけたお気に入りのダーツバーのドアを潜る。
     弟分たちの最近気になっている女の子の話を聞いて、ガストには誰かそういう相手はいないのかと聞かれ、お互いの近況を話すうちにずいぶん酒が進んでいたようだ。「ガストさんは誰かにチョコレートとかプレゼントとかあげないんすか?」とふたりに詰められ、瓶ビールを一気に煽ったところまでは記憶がある。
     いつのまにか3人はテーブルに突っ伏して寝ていて、ガストはなぜだかベルトに挟まっていたスマートフォンがやたらと通知を寄越す振動で目を覚ました。端末を手に取って時刻を見るともう朝の5時になるところで一気に目が覚める。ガストは財布から適当に紙幣を出すと、ロイの腕の下にそれをねじ込んだ。

     それから店を出て、足早にタワーへの道を歩いているところで、慌てた様子のロイたちから電話がかかってきたのだ。

    『ガストさん、キス、撮られたっぽいっす……』

     本当にまったく記憶にない。
     焦ってまるで要領を得ないふたりとの通話ではことの詳細はちっともわからなかったが、情けないことに記事を見て自分がやらかしたことに向き合う決心もまだついていなかった。
     心構えができないまま、タワーの下まで戻ってきたガストは、早朝から店を開けているコーヒースタンドでカフェラテを頼んだ。ここの店主は無口な老人で、きっとガストの不祥事について詮索もしてこないだろう。
     ミルクをスチームする音を聞きながら、ガストが少しだけ落ち着かない気持ちでできあがりを待っていると、エリオスタワー低層階のデジタルサイネージが広告を流しはじめた。もうそんな時間か、と鮮やかな映像が流れる広告をぼんやりと見る。最近よく見る、ニューミリオンで軽くブームになっているチョコレートの広告だ。いかにも女の子が好きそうな、鮮やかな花とチョコレートの綺麗で可愛らしい映像が大きな画面に映し出される。広告に出てくる花に囲まれた綺麗なモデルを見て、昨日マリオンに勇気を出して声を掛けた女の子を思い出した。大好きな相手のためにおしゃれをして思いを伝える姿は、側から見ても健気で、かわいらしかった。デジタルサイネージの中のモデルは大きな花を頭に付けていて、目から上ははっきりとは映らない。そうやってはっきりとモデルが映っていないことで、『恋をする女の子たちが、自分たちと広告を重ねられる』ところがいいのだと、SNSで話題になっていたのを思い出す。
     恋をしている時はあの広告みたいに鮮やかで、綺麗で、希望があるけれど、恋は叶わないことだってあるとガストは分かっていた。初恋はうまくいかないと、とうの昔に知ってしまった。
     チョコレートの広告がちょうど終わったタイミングで、店主がカフェラテをカウンターに置いた。ガストが代金を支払うと、お釣りの小銭の用意が足りなかったようで、店主は申し訳なさそうに目尻のシワを多くしてカウンターのチョコレートをひとつ、ガストに手渡した。ガストはそれを胸ポケットに入れると、カフェラテを受け取って温かいそれを一口飲む。相変わらず二日酔いで頭はズキズキと痛むけれど、フォームミルクの甘さとエスプレッソの苦味が胃に心地良い。
     タワーのエントランスに入ると、顔見知りの清掃員がフロアを磨いていた。たびたび朝帰りするガストはその陽気で働き者な清掃員の男とよく声を掛け合う仲だったが、今日ばかりは顔を合わせずにいたかった。ヒュウと口笛を吹いてから「よぉイケメンヒーロー、お早い出勤だな!」と声を掛けてくるその男に、ガストは軽く手をあげて応えた。なんとか口の端に貼り付けた笑いは、きっとぎこちないものになっただろう。

     高層階行きのエレベーターに乗って、エレベーターの壁にもたれ掛かりながら、ガストは昨晩の記憶を辿った。多分店のテレビでやっていた番組を思い出すに、午前2時よりは少し前。店に新しく入ったクラフトビールが飲みやすくて、話が弾む中で飲みすぎたガストは、夜風に当たるためにひとりで外に出た。
    そこから先が思い出せない、誰か店の外にいただろうか。
     その先を思い出そうと目を瞑る。朧げな記憶の中にぼんやりと浮かんだのは小さな口、ほんのり赤い唇、白い肌……それとたぶん温かい熱。
    「……やべぇ、まじでキス、したかも」
     かなり酔いが回ったままだったようで、本当に申し訳ないことに相手は思い出せないけれど。ガストが頭を抱えたい気持ちでいるうちに、エレベーターは目的のフロアに到着した。
     どうかみんなまだ寝ていてくれと願いながら足を踏み入れたが、そこにはシャワーを浴びたばかりのマリオンがいた。マリオンはもう、ガストの不祥事を知っているだろうか。だとしたら鞭打ちの覚悟を決めなくてはいけない。
     ドアの前に立ち尽くすガストにマリオンが気づく。けれども彼は目を丸くして、小さな口を少しだけ開いて、それから目を逸らして「何時だと思ってるんだ」とひとこと告げるだけだった。
     拍子抜けしたガストは、カフェラテをキッチンカウンターの上に置いて、スマートフォンを取り出した。ひょっとしてガストが危惧するほど、記事は大ごとではないのだろうか。カウンターの上には小箱がいくつか積まれていて、それはどこかで見た気がする花柄の包み紙で覆われている。
    「マリオン、これ」
    「……仕事でもらった。お腹が空いてるなら食べればいい、」
    「いや、あ……。おう、」
     マリオンが頭からタオルを被って、ふい、と花柄の箱から目を逸らした。唇を少しだけ突き出して、形のいい鼻先をうっすらと染めるその横顔を見て、ガストは手の中のスマートフォンを握りしめた。手のひらに汗がじわりと滲む。
     目元は見えない、花に包まれているから。小さな赤い唇を綻ばせる綺麗な横顔。チョコレートのCMだ。ガストが少し震える手でスマートフォンのメッセージアプリを起動させる。シェアされた記事のリンクをタップすると、そこにはデジタルサイネージに顔を寄せる、自身の写真が表示された。
    「Hero's News…………、バレンタインの夜に男仲間と酒を飲んでいたイケメンヒーローが、酔ったはずみで広告のモデルにキスをする現場をカメラが捉えた……本命の彼女はどうやらいないようだ……」
     軽薄な記事の文章を、小さく口に出して読む。
     小さな口、ほんのり赤い唇、白い肌……温かいと思ったのは、デジタルサイネージが発する熱だったからだ。モデルを務めているのは一体誰なのかとSNSを騒がせているあの広告、なんでわかんねぇんだ、みんな。いや、わかってないのは自分もだ、毎日隣で見ていたのに。
     くるり、と背を向けたマリオンは、ガストの勘違いでなければ指先で自分の唇に触れていた。ガストは一向に思考を整理できないまま、スマートフォンの通知を辿る。みんながおもしろがってメッセージを寄越すから余程とんでもない場面を撮られたのかと思ったが、実際は前後不覚になった酔っ払いが広告にキスをしたところを押さえられていただけだ。そしておそらく、関係者以外であのモデルの正体を確信している者はいない、ガストを除いては。
     同期や不良仲間からのメッセージ通知の中に、マリオンからのメッセージを見つけた。届いた時刻は午前2時14分、モデルの横顔にキスしたあとのはずだ。ガストは途端に全身が熱くなったような気がして、胸ポケットの小さなチョコレートを指先で取り出し、ほとんど無意識に口の中に放った。意を決して、マリオンからのメッセージを開く。

    『飲みすぎないようにしろって言っただろ。チームに迷惑をかけるな。まだ仕事で近くにいるから迎えにいく』

     逃げるみたいに洗面所に姿を消すマリオンの細い背中を視界の端に見ながら、ガストはいよいよ本格的に頭痛がしそうな思いを抱えていた。キッチンカウンターに背を預けていても、気を抜いたらそのままずるずるとしゃがみ込んでしまいそうだ。
    「マジかよ、」

     温かいと思ったのは、デジタルサイネージの熱なんかじゃなかった。それに改めて目にしたら思い出せる、温かさだけじゃなくて、信じられないくらい柔らかかったことだって。
     口の中のチョコレートはとろりと溶けて、もう腹の中に落ちていった。あの幸せな箱庭では叶わなかった恋心が、もう一度腹の底で息を吹き返したみたいだった。いや、ガストがずっと気づかないようにしていただけで、あの幼い日からずっと綻ぶ日を待っていたんだろう。
     もし昨日の夜、バレンタインの深夜にあったことを、ガストが覚えていると言ったらマリオンはどんな顔を見せてくれるのだろうか。ガストは自身を奮い立たせるように両頬を叩いてから、ふとカウンターのチョコレートの小箱を手に取った。花柄の包み紙を優しく触れるみたいに解いて蓋を開けると、中には鮮やかな赤と、モスグリーンの小さなチョコレート。
     あんなにもかわいくて、綺麗で、愛おしい歳下なのに、ガストよりよっぽど腹が据わっている。

    「マリオン、伝えたいことがある」
     チョコレートも花束も用意していないけれど、たぶん今を逃したらまた手の届かない恋になる気がした。今度はもう、強くて美しい彼にかける言葉を間違えない。そう心に誓って、ガストは洗面所のドアを開いた。
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    晴れ🌞

    DONE青の街にてお茶会を開催ありがとうございます!

    ホワイトデーまではバレンタインだし、無自覚両片思い強化月間です!
    🍃🌹「いや、お前らが気にすることじゃねぇって。マジで」
     空が白み始めたニューミリオンの大通りを、ガストはひとり足早に歩いていた。

     冷え切った朝の空気は鼻の奥を刺すみたいに冴えていて、呼吸するごとに肺がじわりと熱くなる。昨夜の酔いはすっかり覚め、残るのは鈍い頭痛と少しの後悔。吹く風に背中を丸めると、上着のポケットの中でクラフトビールの王冠がかちゃりと音を立てた。
    「ふたりで一度にしゃべったら何言ってるかわかんねぇよ。あー、まぁ後で俺も覚悟決めて見てみるって。飲みに付き合ってもらってサンキューな」
     ロイとチャックからかかってきた通話を終わらせると、ガストはスマートフォンのディスプレイのメッセージアプリに付いた、たくさんの通知にため息を吐いた。届いたメッセージは開く気になれない。反応したら最後、何人かの同期たちにとっておきのおもちゃとして扱われるってわかっているからだ。溢した白い吐息が空気に溶けぬうちにまたひとつ、メッセージを知らせる通知が表示される。こんな早い時間に事をおもしろがって連絡を寄越してきたのは、やはりと言うべきかニューミリオンきっての情報屋を自称するガストの同期だった。茶化すようなメッセージに続いてSNS投稿記事のリンクが送られてくる。
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    晴れ🌞

    DONE捏造しかない研修チーム2年目の春
    無自覚にマリオンを好ましく思っているガストと、一歩踏み出したいかもしれないマリオンと、ほんのり甘いイチゴタルトのおはなしです

    DMH3の展示で掲載していました!見てくださった方、いま見にきてくださった方、ほんとうにありがとうございます!!
    🍃🌹 甘い、甘い、小麦粉と砂糖と卵の匂い。
     ノースセクターの共同スペースが焼きたての空気で満たされている日は、マリオンの機嫌がいい日だ。
     昼までのパトロールの後、弟分たちとのランチと買い物で束の間の休息を楽しんだガストは、陽が落ちる前にタワーに戻った。マリオンから明日も早い時間のパトロールなんだからあまりハメを外さずに早めに帰れと釘を刺されていたし、配属から一年半ほど経って、早出のパトロールの前の晩にアルコールを入れるものではないということくらいガストももう分かっている。
     帰りに寄ったスーパーマーケットで買ったものを冷蔵庫に入れようとキッチンへ行くと、そこには真剣な面持ちで鍋をかき混ぜるマリオンの姿があった。マリオン・ブライスは真面目で几帳面なようで、意外と大雑把なところもある。シンクには半分に割れた卵の殻がいくつも転がっていて、なんとなくガストは微笑ましい気持ちになった。時折マリオンがポケットにものを入れたまま洋服をクリーニングに出してしまって、ジャックに注意されているのを見ることもある。隙のない見た目とは裏腹に、マリオンにはそんな抜けたところもあることを、共に生活する中でガストは知った。
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