春節を間近に控えた中華街。並び立つ龍灯は人々の期待のように内側から輝き、観光名所の大橋は今年も新たに塗り直された鮮やかな赤い欄干に花火をうつしながら来訪客を出迎え入れていた。絶え間無く鳴る爆竹は厄だけでなく冬の寒さをも弾き飛ばす勢いだ。
賑わいは街の端、紅い敷物を広げた一角でくじ占いを営んでいるイライの元まで届いていた。龍を象ったフロート車がイライの前を通りすぎてゆく。腹に響くハリのある太鼓の音。華やかな衣を纏って歓声をあげる人々。万事順調、吉祥如意!皆が新しい年もよいものであれと祈り祝っている。ふちに金糸で瑞雲をあしらった真新しい赤いローブ姿のイライも同じ気持ちであった。
イライがこの街で春節を迎えるのは数度目である。だが龍が笑顔の人々と駆ける様は素晴らしく、何度でもイライの目を楽しませ何度でも奪っていった。感嘆の息をつく。
(見事だな)
パレードを見送り、短冊型のくじを読んでいる男に視線を戻す。
気になる運勢があるのかゆっくり目を通しているようだ。
茶色い革のコートに丸い眼鏡。白くふわりと波打つ長髪は首の後ろでひとつに括られている。顔にはペイントがあり、日頃街の女性達がしている化粧とも京劇の役者達の化粧とも異なっている。どちらかといえば草木に溶け込むための服装だが顔立ちはパレードに負けず劣らず華と品があり、すれ違えば振り向かれるだろう美貌であった。
運勢を読んでいた瞳と目が合う。眉尻が下がっている。
「小吉……」
もう一本引こうとする手からくじを遠ざける。
「もう今日の分は引いただろ」
「ははは」
つっけんどんな言い様にちくりと前から……ではなく。隣の祈りの壁を管理している長身の男・易学先生から視線が刺さる。またそんな言い方をして、と。
「……また明日来な」
妥協点にしてくれ。
「ふふ。知り合いから此処の春節はとても賑わっていると聞きまして……なんでも以前、探偵役をしただとか。どんなことがあったのか教えてくれませんか?」
変面の名手が弟子達と課題を乗り越えて劇を披露したという。おそらくその事だろう。
「私より隣の易学先生か質屋のオーナーにでも聞いた方がいい」
ふたりとも少し曲者だが情報通だオーナーに至っては当事者である。詳しくない自分に聞くよりも得られるものがあるだろうとくじを整える手を止めて隣と店の場所を指し示してやったが、男は少し困ったように笑った。
「これは私がよくなかったな」
道を指し示していたイライの手を優しくとると跪き、唇を寄せた。手袋越しの感触にイライは驚いたが──
「貴方と春節を過ごしたいのです」
真っ直ぐに見つめてくる視線を振りほどくことはできなかった。