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    rinya0204

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    rinya0204

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    霧野さん、お誕生日おめでとうございます!!
    リクエストを承っていたバンド架羅壱です。バンドのなんたるかがわからなかったためこのような形になりましたことをお詫びいたします!

    埃の中のアルペジオ 壱は悩んでいた。
     腕組みをし、背中を丸めて眉をしかめる。一歩足を踏み出せば靴の下でじゃりりと砂を噛む音がしてそれが気に入らないとばかりにますます眉間に皺を寄せた。
    「うーん……」
     眼下に広がる光景が、壱が想像していたものとはだいぶ違っていたせいだ。
    「おれは、滝に行きたいって言ったんだけどなあ」
     青い空、白い雲、広がる水平線、寄せては返す波。
     どこからどう見ても、『海』だ。滝はない。
    「JUICY、いったいなにを勘違いしたの? これ」
     頼んだ相手が悪かったのかもしれない。滝に行きたいのだが送ってくれないか、と、よりにもよってJUICYに頼んだのは、壱の責任ではないだろうか。
     なぜ滝に行こうかと思ったか。もちろん、インスピレーションを養う修行のためだ。壱の所在するバンドがもっと上に行くためには個人の向上が必要であり、修行といえば滝なのだ。
     だが、着いてみれば海だ。水辺であるということ以外に共通点などなにもない。せっかく背中に背負ってきた修行用の白装束がこれでは台無しだ。
     実に困った、と壱はため息をついて砂浜を歩き出した。ビーチサンダルならばまだしも、今日の服装は黒ジャケットにベジタブルタンドレザーの黒ブーツだ。海の散策には向かない。しかしJUICYがこの場にまた迎えに来てくれるまでには、ゆうに三時間はあるのだ。
     彼本人は、近くの動物園の散策に行きたいのだと言って、この場所に壱をおろしたらさっさと車を発進させてしまった。
     JUICYが用事を終えて帰ってくるまでこの海辺にいなくてはならない。なにか暇を潰せるものはないかと、壱はあたりをきょろきょろと見渡した。
    「ん……」
     遠くに、切り立つ崖が見えた。岩壁を削って作った階段の先に尖った屋根を持つ家がある。車がびゅんびゅんと通る海沿いの道路を歩いてから、少しだけ砂の上を爪先で進んで近づいた。
     申し訳程度についた手すりに掴まりながら岩の階段を上ると、遠目からではよく見えなかった家の全貌がわかった。壁にひびが入り、庭らしき場所は草が伸び放題だ。一目で朽ち果てた無人の教会だとわかる。
     なのに。
     やわらかな丸い音が聞こえてくるのは何故だろう。
     それは閉ざされた、ところどころ木材が剥がれている扉の中からこちらに届く。
     壱は誘われるようにして、鍵のかかっていない両開きの扉を開けた。
     埃の舞う室内の一番奥にステンドグラスが見える。そこから差し込む陽の光にわずかに目を奪われたが、ステンドグラスの真下に鎮座するグランドピアノが視界に入るとすぐそちらに関心を移した。
     一人の青年が、グランドピアノの前に座り鍵盤を叩いていた。なににも強制されない動きで指が滑ると一音一音が飛び跳ねるように壱の耳を刺激する。
     自由に動くくせにすべてに手綱をつけているかのような不器用な音。奔放に見えてわずかな臆病を覗かせる演奏に壱の脳裏を掠めた姿があった。有無を言わさないこの高揚を、彼以外に感じたことがない。
     止めていた歩みを再開し、なるべく音を立てないように聖書台に近づく。足音にこれほど気を遣ったのは初めての体験だ。無粋な方ではないが、震える空気を壊したくないと思う感情があまりにも強くてほのかに苦笑する。
     やや古い歌だ。
     クラシックなどという大層なものではない。
     それは昔、テレビやラジオなどで簡単に人の心の中に押し入ることができたもの。日本のランキングに食い込んできて、馴染み深い音楽だったと知識としては記憶している。
    「…… 『 Desert Rose』」
     演奏がひたりと止まると同時につぶやいた壱の言葉に青年が立ち上がり、こちらを振り向いた。
    「正解。なんでこんなところにいるんだ? 壱」
     両手を広げんばかりに顔を輝かせた架羅が、そう訊いてきた。
    「…… こっちのセリフだ。なにやってんだ、お前」
     いまふたりがいる教会は、一部の壁が崩れて太陽が差し込んでいる。管理者がおらず放置されているのかもしれないが、通常なら立ち入り禁止になるような建物だ。
     用事がなければ、わざわざこんな建物には来ないだろう。
     架羅は、中指に力を入れて高いミの音を出した。
    「オレ、たまに来るんだ、ここ。お前こそどうしてここにいるんだ? 知ってるのはJUICYくらいだと思ったが」
    「おれは滝に連れて行ってくれって言ったらJUICYにここに連れてこられた」
    「なんだそれ」
     不可解と可笑しさを混ぜた顔で架羅が笑った。内緒の場所を暴いてしまったわけではない雰囲気にほっとする。
    「教会っていったらパイプオルガンのイメージが強かったけど、ここはピアノだったのかな」
    「パイプオルガンもあるにはあるぞ。お前が入ってきた扉の真上に」
     架羅が指を差した方角を振り返れば、確かに扉の上に空間が設けられ、その暗がりにパイプオルガンの銀色の筒が見えた。
    「ふーん。あっちは弾けないの?」
    「こっちのピアノがたまたま調律が合っていたからなあ。それにパイプオルガンの知識に明るくないし」
    「ピアノに長けているとは思わなかったけど」
    「そういうわけでもない。トッティに教えてもらっただけだし」
    「えっ、そうなの?」
     初耳だった。ここまで弾けるようになっているのなら、相当前からではないのか。
     JUICYがこの場所を知っていると言ったこと、とどにピアノを習っていると言ったことが、ちりちりと壱の胸を焼く。そのささやかな嫉妬を振り切りたくて、わざと少し大きな声を出した。
    「さっきの曲、スティングだろ?」
    「おっ、知ってるか?」
    「少し前の歌だけど、一時期80から90年代の洋楽と邦楽にハマったことがある。その時に聴いた」
    「へえ、少し意外だな」
    「なんで?」
    「お前は、一曲に熱中して、多数を発掘しないタイプだと思っていたんだ」
     瞳の焦点が一瞬だけぶれて、壱は口を噤んだ。針でつついたかのような些細な痛みが胸の真ん中をちくりと駆ける。
     心当たりのないその痛みの理由を考えるのはすぐにやめた。そんなことない、と否定するだけにとどめる。
    「ねえ、もっかい弾いてよ」
     鍵盤の一番端の高い音を悪戯にぽんぽんと鳴らしながら言うと、架羅は白黒に視線を落とした。
    「ピアノを?」
    「他にないだろ」
    「うーん、でもなあ、そもそも人に聞かせる腕前じゃないしな」
    「うるせえな。おれが弾けって言ってるんだから需要があるってことだろ、オラ座れよ」
     架羅の肩をつかんで無理矢理椅子に座らせると、慌てたような声が聞こえた。
     それでも架羅の指は鍵盤の上に添えられる。普段はギターを爪弾いている指が、いつもとは違う楽器を操ろうとしている様に高揚を覚えた。
    「リクエストしちゃだめ?」
    「ええ、自信ない……」
    「なんかさっきかららしくないこと言うな……」
    「そんなに弾けないんだ。本格的に習ったわけじゃないし」
     そうか、と少しばかり残念に思ったが、だからといってめげたわけではなかった。グランドピアノに腕を乗せて、寄りかかって架羅を見下ろす。
    「じゃあ、好きな曲弾けよ」
     本気で聴く気か、とやや迷惑そうに口元を引きつらせた架羅は、それでもため息をついて十本の指を動かしてくれた。ふたりきりの教会に、ピアノの音が響く。
     架羅が弾く曲は、壱も知っているものが多かった。
    「『コンドルは飛んでいく』」
    「正解だ。好きなんだ、この歌」
    「おれはスカボロー・フェアの方が好き」
    「好きな曲弾けって言ったのはお前だろ」
     指を動かしながら語る架羅は、真剣に鍵盤を見ている。拙いのだと言外に言っていたのは本当なのだろう。それが可笑しくて、何度も話しかけた。
    「架羅」
     改めて呼びかけると、架羅の手が止まった。
    「『Hoppipolla』は弾けない?」
     そう言うと、やっと架羅の瞳がこちらを見た。主張の強い眉が上がり、目がきょとりと大きく瞬く。
    「シガー・ロス?」
    「そう」
     いつか、架羅が楽屋で弾いていた曲だった。隅っこで音を鳴らしていた架羅にOSOが話しかけ、ふたりで戯れのように奏でていた曲だ。その時のことを架羅が覚えているかどうかはわからなかったが、少なくとも彼にとって知らない歌ではない。
    「一番気に入った曲なんだ」
     架羅が弾いていたのをきっかけに曲を調べたとは言わなかったが、「趣味がいいなあ」と笑われてご機嫌な気分になった。
     架羅の指が滑り出す。
    「なあ、この曲のプロモーションビデオって見た?」
     鍵盤が叩かれるのと同時に尋ねてみた。架羅はふるりと首を横に振る。
    「いや」
    「もったいないなあ」
     そういうところだ、と言うのはやめる。機嫌を損ねたいわけではないからだ。
    「五人の老人たちが主人公なんだよ。老人たちはほんとに悪い老人たちでさ、五人で歩きながら様々な悪戯をしかけていくわけ。壁にスプレーで落書きはするわ、爆竹のようなものを自転車をいじる人間に投げつけるわ、チャイムを押して無人のふりをして逃げるわ、あげくの果てには万引きやゴミ箱を蹴って散らかしたりもする」
    「犯罪じゃないか?」
    「まったくそのとおり。でも、彼らは笑顔なんだ。常に笑顔だ。水溜りがあれば飛び跳ねる。同じような集団を見つければ木で剣を作り弓を作り、本気でチャンバラごっこを始める。取っ組み合いの喧嘩もする。勝てば大喜びでまた進んでいく。こどもが遊んでいるかと錯覚するようなはしゃぎようなんだ」
     壱の話に合わせて、架羅の音が跳ねる。
     まるでスキップをするように。
    「勝利の凱旋を胸に、服が汚れるのも鼻血が出るのもお構いなしで笑いながら進んでいくんだ。童心のまま、進んでいく」
    「歌詞そのままだな」
     郷愁を思わせるような、過去をセピア色に染めるような伴奏とは裏腹に、その歌詞はどこまでも前向きだ。
    「そう。五人は幼い心を忘れないんだ。だから、恋心だってそのままに、優しくて拙いキスをする」

     笑いながら
     ぐるぐる回りながら
     手を取り合う

     架羅の指が大袈裟なほどに動き、曲の最も美しい部分を滑らかに、丁寧に弾き上げる。陽に照らされる街並みをはしゃいで歩く老人たちの後姿が、重なる。

     水たまりの中を飛び跳ねる
     完全にびしょ濡れで
     ずぶ濡れだ
     ゴム長靴を履いていないから

    「羨ましくない?」
     バンドが大きくなるたびに、どこかに個人を忘れてきてしまっている気がする。行動も交友関係も制限されて、感情を制御することばかり上手くなってやしないだろうか。
     目の前の青年を愛し愛されることだって、もしかしたら知らない誰かに非とされる。
     個を高めたいなんて嘘だ。しがらみから逃げたくて、滝に行きたいと多少強引でももっともらしいことを言った。
     JUICYは見抜いていたのかもしれない。
     だからここに連れてきた。
     ―――― きっと、架羅がいるからだ。
    「…… 老人にできるならさ」
     架羅がぽつりとつぶやいた。
     もう一度、曲の頭から音が紡がれていく。無人の教会にそれは一番高く、綺麗な音程で響いた。
    「まだ、オレたちにだってできるだろ」
     あっさりと言ってのける。
    「自由に、笑って、こどもみたいに」
     あの頃のように。
     六人がひとつだった頃のように。
    「そうだろう?」
     薄く微笑んでから、架羅が大きく息を吸った。
     聞き覚えのあるフレーズ。アイスランドの言語で歌われたその歌を、楽屋で聴いた時はOSOが歌っていた歌詞を、今度は架羅が歌い上げていく。
     ピアノを弾くことは自信がなさそうだったのに、歌うとなったら朗々と自信満々だった。その揺るがない歌声は、ふたりきりだからこそ真っ直ぐに壱の耳に届いた。
     架羅の生き様そのままの歌声だ。
     時々、軽いステップで置いてかれてしまうような錯覚すら覚える、自由な架羅の歌声だ。
    「オレは、空だって飛ぶぞ、壱」
     架羅は天井を仰いで言い切った。
     崩れた壁から、朽ちた屋根から、光が教会の中を照らしている。
    「まだ、ずっと、飛んでいく」
     架羅が軽く笑った。
     その横顔はひどく端正に見えて、動く唇は息吹をともなうことがはっきりと見てとれるほど生命力に溢れていた。
     触れるだけのくちづけをしてやりたい、と思った。
     映像の中で老婆がいとおしい相手にしたように。
     優しく触れるだけの、拙いキスを。
     そのたましいのひとかけらでも分けてもらえたら、こんな惨めな人間でも、胸に抱いた誇りがもっと輝くような気がするのだ。
     抱きしめたくて、抱きしめられたかった。
     諦めない強さを得られる気が、した。
    「壱」
     そんな意図を見透かすように、架羅が歌を止めて名前を呼んだ。普段は弦を弾く指が伸びて、壱の顎をつかむ。
     壱の体重を受け止めて、ピアノがひどい不協和音を奏でた。それからは、歌うようなか細い声が教会に響く。
     きっとこれだって、幼くて、拙い。
     だけど一生忘れない。

     私は鼻血を出しても
     いつも立ち上がる

     私は鼻血を出しても
     いつも立ち上がる――――……

     *

     JUICYが迎えに来る時刻になり、架羅がピアノに蓋をした。
    「そろそろ来るんだろ?」
    「お前もあいつに乗っけていってもらうの?」
    「そうだな、せっかくだからな」
     ということは、行きは別のルートで来たということだ。今度ここへのルートを訊いてみるのもいいかもしれない。
     埃が舞い続けている教会を並んで出た。途端に襲い来る夕方の日差しに、二、三度目を瞬く。
     架羅が歩き出す後ろに続いて、壱も岩壁の階段を降りる。車を降ろされた街道までふたりで歩く。架羅の靴のヒールの音の規則正しさを、壱は耳で聴いていた。
     鼓膜にはいまだ、架羅のピアノと歌声が残っている。
    『お前は、一曲に熱中して、多数を発掘しないタイプだと思っていたんだ』
     それはそのとおりだ。ひとつに熱中をして、他なんて目に入らない。そのひとつを永遠にも似た長い時間、しつこく追い続けてしまう厄介な人間だ。
     脳裏からも、瞼の裏側からも。
     鍵盤の上を踊る指が離れない。
     伏せ目がちな睫毛の長さが。
     感情のこもったアルトの声が。
     離れて、くれない。
     靴の中に砂が入ったようだった。足の裏をちくちくと刺激するそれらが気になって、足先を見る。
     でもここで立ち止まって砂を落としたら、架羅は気づかずに行ってしまうような気がした。
     行ってしまう背中を、追いかける。足裏の痛みを自覚しながらも、ずっと。
     ふと、架羅が海側を向いた。夕日が落ちていく海の先を見つめる横顔がオレンジ色に染まる。それを見て、なぜだか泣きそうになった。
     後ろからやってきたクラクションが、ふたりの秘密のおしまいを告げた。
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