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    yayosan_P

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    yayosan_P

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    2020年10月10日開催の「お好み焼き祭」にて頒布した本の再録です。
    WEB再録二本 + 書き下ろし一本を収載した本でした。眩と利狂中心。読み手を選ぶ内容です。
    筆者は公式ではきっと全然そんなことない話を、あたかも事実であるように二次創作するのが趣味です。
    当時手に取ってくださった方はありがとうございました。また、今回初めて読んでくださる方も。ありがとうございます。

    #ハンセム
    hansem
    #HANDEADANTHEM
    #嘉間良眩
    yoshitoshiKama

    パンドラボックス その壱、開けずの冷蔵庫 その弐、閉じられた冷蔵庫 その参、パンドラボックス その壱、開けずの冷蔵庫

     我が家には『開けず、、、の冷蔵庫』がある。開かないのではなく、開けていないだけだ。
     俺がその存在に気づいたのは暑い夏の日で、そう、教授の居ない時間に家の掃除をしている時だったはずだ。
     プライベートな空間だからという理由が七割、その先が魔境であることの想像が容易なので自分の精神衛生上目に入れない方が健康に良いと分かっているというのが残り三割。そんな理由で滅多に足を踏み入れもしない教授の私室を覗き見てしまったのは本当に単なる偶然だった。
     俺自身の名誉のためにいえば、好奇心でそうしたわけではない。
     暑さに耐えかねてかいつものずぼらかは知らないけれども、あの人が自室の扉を開けっ放しにして外出してしまったのが悪いのだ。不幸中の幸いは、その間に昆虫の類が脱走して俺との共同スペースなどを侵略することがなかった点だろう。
     あんなに扇風機があってどうするんだ、あの積み重なった水槽は全て空で、ただのガラクタと同然じゃないか――…。と、いう元々知っていた物品に関しては良いとして。少し部屋が見えただけだというのに把握しきれない不要物の片鱗が見えてしまい、その惨状に俺が頭を悩ませると同時、とびきり大型なアルミの塊が目に付いた。あれはきっと冷蔵庫だ。業務用の、ひどく立派な。
     俺たちが借りているこの家のキッチンには普通の二人暮らしをするには若干小さくて、でも一人で暮らすとしたら十分な大きさで、まぁ俺たち二人であれば丁度良いくらいの冷蔵庫がすでに備え付けられているわけだけれども。その大きさの比ではない。
     もしかして大半は教授が負担している電気代の請求額がやたらと高い点にはこれも関与しているのだろうか。いや、しているに違いない。
     一度その存在を認識してしまえば、部屋が静まり返ったときに時折聞こえる『ヴー……』と地を這うような振動音に『ガタン』といった何かが動いてぶつかるような音の正体があの冷蔵庫によるものじゃないかと点と点さえ繋がってしまったわけで、あんなものを家にずっと置いておくなんてという気持ちがつい沸き上がってしまう。
     中に何が入っているかは知らないが、DAAfesの優勝マニフェストに不要物のフリーマーケット出品を約束させたことに託けてこれも適当なサイズに買い換えてもらおうと俺は密かに心に決めた。

     それが丁度今日の昼間の話である。


    * * *


    「あそこには大切な物がはいっている」
    「実験や観察のですか」
    「それも含めて。だから処分をされるのは困るな」
    「なるほど……ちなみに何点ほどがあの中に入っていますか。それと使用頻度は」
    「一点。君とここに越してきてからは開けていない」

     教授が帰宅して早々に今日見つけた物を問い詰めてみたのだが、その返答には驚いた。俺が触れないという意味だけでなく、あれは本当に開けずの冷蔵庫だったようだ。さらにはその中に、一点しか物が入っていないなんて。宝石商のとっておきじゃないんだからと絶句してしまう。
     長らく使っていないなら、尚更これを機に整理しましょう。大切なら中身まで捨てろとは言いませんのでせめて適切な大きさに。俺の進言にこの人は何とも言えない表情で微笑んで『難しいな』と一言。

    「どうしてですか」
    「開けたくないから、かな」
    「わがまま言わないでください」
    「それと大きさもあれくらいでないと駄目だ」
    「そんなにデカいもん入ってるんですか」
    「ゼンデッドの弟が入っている」

     え、と俺の声が掠れる。さらりと零れた言葉を脳裏で反芻している間、教授は義眼ごと瞳を細めて笑っていた。たちの悪い冗談はやめてくださいと告げれば「開けて確かめてみるかい」と。

     ヴー……、と地を這うような声。
     ガタン、と何かが壁にぶつかる音。

     血の気がさっと引いたところで「冗談だ」と教授は言ったけれども。心臓を抑えながら、ああ良かったと言えそうにはない。

    「中身の話はさておき。君になら、あの扉を開けられてもかまわないよ」

     あの人はそうと言ったけれども。
     俺にはもう、とてもこの冷蔵庫を開けられそうにはなかった。




    その弐、閉じられた冷蔵庫
     ただいま、の言葉とともに鼻をついたのは異臭だった。
     つま先が部屋へ向いた靴を一足正しく直すと今度は何のトラブルだと俺は急ぎ足で廊下を抜けていく。共同スペースにたどり着いたとき、俺は真っ先に鼻を塞いでそれから目を疑った。異臭とはいったが正しく表現すると腐臭であり、その場にはひとり――人間としての尊厳を失った存在をそう表現するのは適切なのだろうか――のゼンデッドが佇んでいたのだ。
     それも外観、身体的特徴が知っている人に良く似た、ゼンデッドが。

    「ヴー……」
    「……教授?」

     否定を求める為の言葉が口から漏れたが、意志も思考も死んだ存在が応えてくれるわけもない。俺は慌ててそのゼンデッドに駆け寄って、それから、次に教授の部屋へと視線を向ける。

     ――開いている。部屋への、導線が出来ている。
     俺が瞬時に思い出したのは、あの銀箱の存在だ。
     冗談だと言っていたけれども、とても冗談には聞こえなかった、開けずの冷蔵庫の中身の話。
     何故か電源の切れているそれからは、『ヴー』とも『ガタン』とも聞こえない。開ける気は無かったし、開けることが無ければ良いとも思っていたが。あの人の言うことが本当なら。

    「からっぽ、だ」

     箱の中からこぼれてくる冷気を浴びながら俺が覚えたのは安堵だった。この人は教授じゃない。きっとあの人が言っていた、ゼンデッドの、ここに閉じ込められていたという弟だ。

    「(体温が低いと、身体能力が一層落ちるとか。腐蝕の進行が遅くなるとか。冷やすことに何かの意味があるんだろうか)」

     切られていた冷蔵庫の電源をもう一度付け直す。動き始めたばかりだからか、部屋に響いたヴーという静音はいつも耳にしていたものより鈍いものだったが、じきに馴染んだ音に変わっていく。俺はもう一度共同スペースに戻って、そこにいたゼンデッドの襟首を掴む。そうして一度温くなった銀の檻に、その身体を押し込んだ。
     扉をきつく閉めれば彼の呻き声は聞こえなくなる。暴れている様子も、今のところはなさそうだった。
     教授が帰ってきたら、このことを報告しないと。そうと決めて俺はあの人の帰りを待っていたのだが。日付が変わっても教授は帰ってこなかった。大学にも顔を出さなくて、さらにはDAA本部でも姿を見かけない。誰も彼を目撃していないことが明るみになり、この事は当然、大きな騒ぎとなってしまう。
     電話は一応繋がっているものの、コールに応答する気配はない。そろそろ携帯の充電も無くなってしまうのではないかという頃合いで、俺は失踪した人間と過ごしていた家の中で、もう一度藁にも縋る思いで電話をかける。
     十秒。もう駄目かと思ったところで、コール音が不意に切れた。留守番を伝えるアナウンスは流れない。奇跡的に通話が繋がったのだ。

    「教授! あんた今、どこに……」

     返ってくるのは無音だった。俺の声が何かに反響して戻ってくる。喋れないような状態なのだろうか。俺が口を噤み、押し黙れば――微かに音が聞こえた。
     ヴー……と、どこかで聞いた振動。静寂。
     俺は恐ろしくなって、電話を切ってしまって。それから確かめなければならないことのために、意を決して、教授が過ごしていた部屋に自分の意志で足を踏み入れた。そこでもう一度だけ電話をかけ直す。
     ――本当は、あの日から薄々気付いていたんだ。
     直した靴は教授のもので、開けずの冷蔵庫への導線が整理されていて、電源が落ちた箱の中には未だ冷気が籠ったままで開かれた形跡も無く。

     ただ、信じたくはなかっただけで。

     俺にしか開けることが許されていない箱から、聞き慣れたメロディーが響いている。




    その参、パンドラボックス
     合コンへいかないか、と同じゼミの友人から誘われたのは良い。
    『は?』と顔を顰めた俺に『だって嘉間良は』と切り出した友人曰く。俺はそこらの男と比べて顔が良く、頭も良く、俺がいるとなれば客寄せパンダよろしく女性が集まってくれるだろうとのことだった。
    『今度こそ彼女が欲しいから、頼む!』と頭を下げられても――。にわかに信じがたい言葉を前に、俺がいるくらいでそんなに変わるものかと思えてしまうし。仮に彼の言うことが本当だとして、俺を目当てにやってきたという女性が彼と懇意になるとは考えにくいと思うのだが。
     当然、半信半疑な俺の心に彼の言葉が響くことはなかったし、そもそも女性と懇意になりたいといった欲求に薄い俺がその申し出に魅力を感じるわけもない。今すぐにでも丁重に断ってしまいたかったのだが、上手い言い回しが思いつかず、苦し紛れではあるもののひとまず返事を保留にした。
     B.U.Hとしての予定が入っていればそれを理由に断るし、何もなければ……腹を括ろう。そうと考えて持ち帰ったこの約束だが。手帳を見ても、教授から話を聞いても、空白のスケジュールを伝えられるだけだった。
     溺さんにレコーディングの予定を聞いてみたら『それ来週末までに曲作れって言われてる……?』と歪んだ解釈で受け取られてしまう。天外さんは福岡での個展のついでに、幼馴染だという黒崎さんに会いに行く予定らしい(アポイントの有無が心配だ)。
     こうした中でいつかのように、突然兄さんから食事の誘いでも来ないかと祈っていたのだが。当然そんなに都合の良い話が降ってくるわけもない。ここまで言い訳を探しているうちに、俺の言動の違和感に気付いたのだろう。

    「くーらーむーん、何かお困りですかぁ?」
    「何か、スケジュール詰めなきゃいけない用事でもあったの……?」

     きらきらとした眼差しで天外さんが、不安と心配を混ぜた瞳で溺さんがそう問いかけてくる。何でもない、と伝えるには思わず罪悪感が芽吹きそうなくらいに、二人ともまっすぐで真摯な瞳を向けていた。だけど、俺の抱える事情はとてもちっぽけでくだらなくて――。……いや、しかしこのくだらない話のせいで二人に余計な心配をかけさせるほうがよっぽど世の損失は多いだろうと、大人しく腹を割ることにした。

    「なんてことはないんです。ただ、学友から……合コン、というものに誘われまして」
    「リア充の巣窟じゃんなんて恐ろしい場所に誘われてるの」

     想像するだけで無理だと溺さんは零し、身体を震わせていく。だからその場所に行かないで済むための理由を探しているのだと付け加えて、ようやく溺さんは落ち着きを取り戻したみたいだけれども。

    「でもくらむんって、別に俺みたいに陰キャじゃないし。普通に社交性もあるのに、どうして断る理由探しているの」

     改めて第三者から疑問を突き付けられ、言葉に詰まる。俺だって、そこはいくらか疑問に思ってはいるのだが。食指が向かないものは、向かないのだ。

    「くらむんケッペキー!」

     天外さんからの茶々は、この場においては男女の関係におけるそれを指しているようで。純粋も無垢も似合うような子供っぽい振る舞いをするこの人の口からはあまり聞きたくなかったかもしれない。中身は一応二十代後半、俺より十近くも年上の人ではあるのだから、こうした茶化し方を受けても別に不思議ではないのだけれども。

    「……そもそも、色恋なんかに感けている場合じゃないでしょう。俺にはB.U.Hのマネジメントの仕事もありますし、あんたらの世話を焼いていたらそんな余裕なんて出来ません」

     口から零れる理由は〝それっぽさ〟こそ秘めているが、やはり何かが違う気もする。優先順位の問題ではなく、根本的に恋愛というものに対する興味関心が薄いのかもしれない――と改めて口にしながら俺が自己分析に思考を割いていた時だ。

    「りっちゃんには奥さんいるのにねー」
    「は?」
    「え?」

     天外さんが零した言葉に、俺と溺さんの声がほとんど同時に重なった。お互いに目が点となって、そのまま視線が天外さんの顔へと向けられる。彼はいつも通りの、本気なんだか冗談なんだか分からないとぼけたような顔をして「あり?」とこてんと首を傾げている。

    「二人とも知らなかったですかぁ?」
    「いや……知らないっていうか……寝耳に水すぎて耳落ちたんだけど……」

     俺の足先に、腐食した肉塊が転がってきてこつんと当たる。かくいう俺も両手首を落としてしまいそうだ。そんな女性、一緒に暮らしている間に見聞きしたことは一度としてなかったし、大学やこの家の中で影や形を感じたこともない。天外さんの適当な法螺だと切り捨ててしまいたかったが、不思議そうな顔をする彼の顔を見てしまっては根拠なく嘘だと言い切ることもできなかった。

    「だってりっちゃん前に言ってたよ。そうですよねー?」
    「おやおや、天外君は随分とお喋りなようだ」

     噂をすれば影がさすとはこの事で、背後から聞き慣れた声がする。
     ただいま、と普段は滅多に口にはしない、この家の住民らしい言葉を紡いでいるが。当然俺と溺さんの正常とは程遠い脳のリソースが、おかえりなさいだなんて返事を導き出せるわけもなく。
     さっきの話は本当なんですかと喉元まで出かかって、それを言及してしまうのは教授に失礼なようにも思えてしまって。逡巡している俺たちに、この人は気にしなくても良いとでも言いたげな涼しい顔を浮かべると「そうだな、私の家内だが……」と顎に手を添えながら突如として語りだす。

    「いつか君たちに紹介できたらいいかもしれないな。ゼンデッドだから、君たちに会いに来てもらう形になるが」

     溺さんの腐った肩まで崩れそうになって、俺の利き手首は今度こそ落ちた。
     さらりと告げられた情報の、密度が高い。とんだ訳ありの情報に、俺たちの唇からは「すみません」と声が零れていった。教授はどうして謝罪を受けているのか分からないとでも言いたげにきょとんとした顔をしていたが、だって、弟さんだけでなく配偶者までゼンデッドだなんて。あんまりにも辛くて、重たい境遇じゃないかと感傷を覚えてしまうのも仕方がないだろう。
     俺と溺さんの心配を余所に、少しだけ教授は物を考えるような顔と仕草を見せて。それから「種の交雑についてだが」とまるでこの空気にはそぐわないことを語りだす。
     アライバーとハンデッドは、それぞれホモ・サピエンスに分類される。亜種かどうかはさておいて、これら二つは同じあるいは非常に近しい種とされて、人為的な介入なしに自然な環境で問題なく交配が行われている――と。講義よりも論文を読み上げているような言葉が耳から入っては抜けていった。

    「アライバー同士、ハンデッド同士、それからアライバーとハンデッド。これらの掛け合わせでそれぞれ子孫が生まれ、子孫同士の交配も可能と確認できた以上、この二つの種は遠くない未来に完全な同種となっても不思議ではない」
    「はぁ」
    「しかしホモ・サピエンスにはアライバーとハンデッドの他にもう一つ、形態が残されているだろう?」

     ゼンデッド。
     俺と溺さんの脳裏にはきっと、ほとんど同時に同じ単語が浮かんだだろう。

    「屍体性愛のアライバーかハンデッド。それから家族同意の取れた、もしくは身内が見つからないまま長年彷徨い続けて人権を失ったゼンデッド。これらの異性同士の組み合わせが見つかればそのペアで交雑の結果を確認したかったところだが……どうにも上手く見つからなくてね。私が名乗りを上げるのが、手っ取り早いと。それでゼンデッドの女性を相手家族の同意を得て妻として娶ったわけだが――」

     隣に立つ人がえずく気配がする。気持ちは分かる。俺にも正直、厳しいところがある。
     顔を青くしている俺たちをじっと見て、教授は口元を緩ませて。

    「と、言ったらどうする?」
    「どうする、じゃなくてそういうシャレにならない冗談やめてください! 倫理的な面を筆頭に問題山積みじゃないですか、表沙汰になったら大騒ぎになりますよ」

     与えられた間にかこつけて、俺は一気に捲し立てる。これ以上気味の悪い冗談を聞かせられるのはごめんで、さっさとこの話を切り上げたかったのだ。
     溺さんが助かったと胸を撫でおろす。天外さんは残念そうに、「りっちゃんと奥さんの話聞きたかったなぁ、しょんぼり……」と(本当に心から聞きたかったのかは分からないが)眉を八の字に曲げて唇を尖らせ、拗ねた様子を見せていた。
     俺はというと、教授がさっさと『冗談だ』といつもの調子で、実にくだらなさそうに言ってくれなかったことが気になっていた。きっとこの発言の真偽は今生が終わっても分かることはないのだろう。
     喉に小骨の刺さったようなすっきりとしない心地を一生抱える羽目になったというのに。俺には、面と向かって文句を言う勇気がない。この恨み節は、墓の中まで連れていく必要があるみたいだ。




    (終)
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    yayosan_P

    PASTFE覚醒12周年おめでとうございます! 干支が一周した……。
    大昔に出していた、ジェロームとマークちゃんが兄妹設定の絶望の未来のお話です。
    DLCぜつみらのマークちゃんがドラゴンマスターでさ……私はさ……嬉しかったんですよね、へへ……ッ。
    10年以上前のお話ですが楽しんでもらえたら嬉しいです。
    【FE覚醒】いとしき望んだ世界の子 一人ぼっちにはなりたくない。
     それが、少女が口にした悲痛な叫びだ。
     ぱちり、ぱちり。
     数度、彼女はその大きな瞳の開閉を繰り返す。視界が一度黒に染まり、そして再び空を映せば、桃色の睫毛が揺れていった。
     横たえていた体を起こし、周囲を見渡す。
     広がる空は、青くはない。
     新緑の生い茂る大地もどこにもない。
     枯れ果て、痩せこけた、悲しい色をした世界。
     それを視界に収めながら、少女は何を思うでもなく。ただ茫然とその場に佇み続けるのだ。

     神竜ナーガの声を聞いた。
     それは、遠いようで、つい先ほど彼女が経験したばかりの出来事である。湧き上がる数多くの屍兵と戦い続け、命からがら生き長らえることを日常としていた世界にやっと見出す事のできた光明。それは、神竜ナーガに対してやっとの思いで捧げる事のできた、覚醒の儀のことである。
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    yayosan_P

    MOURNING2020年10月10日開催の「お好み焼き祭」にて頒布した本の再録です。
    WEB再録二本 + 書き下ろし一本を収載した本でした。眩と利狂中心。読み手を選ぶ内容です。
    筆者は公式ではきっと全然そんなことない話を、あたかも事実であるように二次創作するのが趣味です。
    当時手に取ってくださった方はありがとうございました。また、今回初めて読んでくださる方も。ありがとうございます。
    パンドラボックス その壱、開けずの冷蔵庫

     我が家には『[[rb:開けず > 、、、]]の冷蔵庫』がある。開かないのではなく、開けていないだけだ。
     俺がその存在に気づいたのは暑い夏の日で、そう、教授の居ない時間に家の掃除をしている時だったはずだ。
     プライベートな空間だからという理由が七割、その先が魔境であることの想像が容易なので自分の精神衛生上目に入れない方が健康に良いと分かっているというのが残り三割。そんな理由で滅多に足を踏み入れもしない教授の私室を覗き見てしまったのは本当に単なる偶然だった。
     俺自身の名誉のためにいえば、好奇心でそうしたわけではない。
     暑さに耐えかねてかいつものずぼらかは知らないけれども、あの人が自室の扉を開けっ放しにして外出してしまったのが悪いのだ。不幸中の幸いは、その間に昆虫の類が脱走して俺との共同スペースなどを侵略することがなかった点だろう。
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    yayosan_P

    MOURNING元々某支部に掲載していましたが、色々あって作品非公開にしたので。支部でしか読めなかった話を引っ張ってきています。
    眩くんがこの歳になってはじめて喧嘩できるだけの友達ができたというか人付き合いができたとかだったら三日三晩踊り狂ってしまうなと思った話。杁の兄属性に夢を見ています。
    家出少年は安息を知る「もう、いい加減にしてください!」

     腹の底から出した言葉はその内容こそ普段と変わらないものだったが、声色は怒りに震えたものだった。
     いつもと違う声を耳にして利狂が眉毛をピクリと動かす。力強く机を叩けば天外と溺は会話を止め、それぞれが眩に向き直った。
     はぁ、と呼吸が荒くなる。目が赤くなっていないかを本当は気にかけるべきだったかもしれないが、そんな心の余裕も無くなるくらいに頭の中が乱れていた。真っ白というよりも灼熱のマグマに覆い尽くされ焼かれていくような心地だ。眩は自身の内側から湧き出る衝動と感情に任せるまま、鞄と携帯を掴むと外に飛び出す。
    「くらむん」と、焦ったような溺の声が聞こえてきた。「やめなさい」という利狂の制止は果たして眩と溺、どちらに向けられたものだろう。「くらむん」、最後に聞こえた天外の声色は聞いたことがないくらいに寂しそうなものだったが、絆されてなるものかと強く、扉を閉める。
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    yayosan_P

    MOURNING6年2か月ぶりの神速もふイベ、3年半ぶりの玄武くんと直央くんの共演、とても幸せでした。ありがとうございました。
    2019年1月に出した同人誌の全文です。玄武くんと直央くんが兄弟みたいに仲良くしていてほしい欲しかない作品です。
    10さんに描いていただいたイラストも是非見てください。
    https://twitter.com/yayosan_P/status/1335964737390006272
    ふたり 歓声が身を包む。
     暗がりの客席を照らし出すサイリウムの光たち。思わずその輝きに目を奪われながら、黒野玄武は荒い呼吸を繰り返していた。やりきった。そんな思いが沸き上がる。

    「ありがとう、今日は最高のクリスマスだ!」
    「みなさんからのクリスマスプレゼント、しっかり受け取りました」
    「最後はみんなでしめようぜ、せーの……」

     メリークリスマス。曲を歌っている時とはまたちがった一体感と空気の振動が会場を包む。パンと小気味よい音が鳴り響くと同時に、クラッカーに見立てたキャノン砲から銀テープが舞っていく。
     また会いにきてくれ、俺たちも会いにいくから、またキラキラを一緒に見よう……。それぞれが口々に別れの言葉を発して、ステージ裏へと戻っていく。改めてライブが終了となった旨を告げるアナウンスが流れるその時まで、会場の歓声と拍手は続いていた。
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