運命のクオリア(仮)運命は扉を叩かない。
扉を叩くなんて親切なことはしてくれない。予感なんて全くないまま、運命は人を轢き潰す。何もわからないのが運命、誰も抗えないのが運命なのだ。俺はそれをよく知っている。ベートーヴェンは何もわかっていない、と笑ったことを今でもよく覚えている。
「これからの活動にあたって、改めて皆さんに確認したいことがあります」
宇都木さんが神妙な顔で話を切り出す。マネージャーとして出会ってすぐのことだった。四人で警戒したまま顔を見合わせる。それにも構わず話を続けた。
「皆さんの番のことです。全員がαであることは了くんから聞いていますが、番については確認されていないでしょう?」
「……了さんだったら、わざわざ俺たちに確認しなくても知ってたんじゃないですか?」
「知ってたかもしれませんけど、教えてくれなかったんですよ。僕も皆さんの口からちゃんと聞きたいです。
あ、話しづらかったら個別面談でも構いませんが」
いかがです? とあくまでにこやかに全員の顔を見回した。ちなみに僕はいません、といらない情報まで付け加えられる。誰も聞いてないぞ、と心の中で毒づいいているとトウマが手を挙げた。
「俺は別に聞かれても大丈夫だし先に言っときます。今のところ番はいないし、できる予定もないです」
ピリついていた空気が少しだけ和やかになる。デリケートな話題でもこう言えてしまうのがトウマらしい。ふ、と小さく笑いが漏れた。
「それ、言ってて悲しくないの?」
「なんでだよ。アイドルなんだから普通だろ」
「それでもですよ。まあ、狗丸さんが嘘を吐いている可能性もわずかながらにありますが」
「いや、トウマには無理だな」
「うるせえよ! ……そういうお前たちは?」
一抜けたからか話を聞く余裕まで出てきたらしい。さっさと話した方が楽だろうと考えていると、巳波が静かに手を挙げた。
「次は私が。私も番やそれに準じた方は居ませんよ、今は仕事に専念したいです」
「それはありがたい。でも、もし一緒になりたい人ができたら言ってくださいね」
「ふふ、ありがとうございます」
絶対に言わないな。今のところいないのは事実だろうが、そう素直に明かすような性格でもないのは俺たち全員が知っている。疑いの視線を向けていると、どうぞと促すように手を向けられた。それに甘えさせてもらうか。
「次は俺だな。俺もいないし、今後絶対に番を作ることはない」
「絶対?」
心底不思議そうに悠が呟く。他の三人も同じような顔をしていた。まあ、αが番を作らないなんて言うことはなかなかないだろう。だが、俺は番を作らない。絶対に、俺は番を作れない。
「ああ、絶対だ」
「なんで? あんだけ色んな人と遊んでたし……運命の番とかあるだろ」
「そうだな、運命らしい女に会ったこともある」
「は⁉ なんでそれを先に言わねえんだよ!」
掴みかからんばかりの勢いでトウマが立ち上がる。混乱するのも無理はない。詳しく話せば長くなるが、別にそこまで知る必要もないだろう。結論だけ話せば十分だ。
「もうそいつはいないからだ」
「いない、とは?」
「死んだ」
空気が凍り付くのを感じた。
「……だから、番は作らないと?」
「ああ。作る必要もないだろ」
話を切り出された時よりずっと空気が重い。別に俺はそこまで深刻だとも思っていないんだが。かなり前の話だし、そのおかげで俺は運命というものを知った。それが無慈悲で残酷だということを。
「悠は? あと言ってないのはお前だけだろ」
「オレ、は……」
空気を変えようと悠に話を振る。気まずそうにオレから視線を逸らして、宇都木さんを見た。悠が話すのをにこやかに待つ彼に向かって、懇願するようにこう告げる。
「オレ、個人面談がいい。セッティングして、もらえますか」
「わかりました。スケジュールを調整しておきます」
一つ頷いて、この話は終わりと言うように宇都木さんが手を叩く。それを受けて四人とも荷物をまとめて次の現場に向かった。大して気にする話でもない。アイドルに番がいないなら、それに越したことはないだろう?