男の子だって、ロマンスを。『今日は来てくれてありがとう。とても嬉しい。その髪飾り、お似合いですね』
耳から聞こえる、最愛の人の口説く文句。
その言葉の後にはちゅ、と音と共に女性の悲鳴が聞こえたので、恐らく手の甲にキスをしたのだろう。
これをずっと聞かないといけないのはきついなと思いながら、青すぎる空を見上げた。
今やっているショーは、司くん演じる王子様がメインだ。
我が儘な王子様がある日助けた妖精により、異世界に飛ばされてしまうというもの。
自分を知る人のいない世界では我が儘は通用せず、元の世界に戻るために奮闘している間に改心していく、というストーリーだ。
そしてそれに合わせて、更なるファンの獲得のために始めたのが、このチェキだ。
初めは全員出る予定ではあったが、やはり今回の主役は司くんなので、
王子に写真が撮りたい!というファンが非常に多く、司くん1点に絞っての開催に切り替わった。
ちなみに僕は、不審者対策用に持たせたマイクを使って、警備をする役割を担ってる。
着ぐるみさんをえむくんから離すわけにはいかないし、ネネロボで不審者の判別が100%できるかと言われると微妙なところなので、配役に関しては文句はない。
ないのだが。
『次の方。…ああ、前回も来られた方ですよね?ありがとうございます。今日のお綺麗ですね』
何が悲しくて大好きな人が他の人を口説いてるような言葉をずっと聞かないといけないのか…。
でもこれも今日の公演が最後だ…。我慢我慢…。
そう思いながらぼんやりとしていると高い女の子の声が聞こえてきた
えむくんよりも高いその声は年齢にして3、4歳くらいだろうか。
今日の公演に合わせてお姫様のような格好をしてきたみたいだ。
『あのっ!おひめさまごっご、いっしょにしてくださいっ!』
…おひめさま…ごっご?
だっこ…では、なかったな。今回接触関係は禁止しているから頼めないと思うし…
『ああ、なるほど!是非やらせていただこう!』
考えている間に司くんはわかったのか、しゃがむような音が聞こえた。目線を合わせたんだろうか。
『姫。今日は来てくれてありがとう。とても嬉しい。フェニーくんの髪飾りも、よくお似合いだ。』
『ありがとう、おうじさま!あなたにあえてとてもうれしい!』
話を聞いてる限り、王子と姫の掛け合いのようだが…、でも何故、お姫様ごっご…?
首をかしげている間に、あっという間に時間は過ぎていった。
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「お疲れ様、司くん」
「ああ、ありがとう類。…流石に声が枯れそうだな」
僕が差し出した水を受け取り、一気に飲んでいく司くん。
最終日なのも相まって交流会の人数も過去最高の人数だった。
「なるべく人の顔を覚えるようにしていたが、頭がおかしくなりそうだったな…」
「人の顔を覚えるのは苦手っていっていたもんねえ」
「でも類のアドバイス通り、なるべく特徴押さえるようにしたから比較的楽だったぞ!髪飾りとか服とか!」
「ふふ、だろう?……ああ、そういえば」
司くんの言葉に、浮かんでいた疑問を思い出す。
首を傾げる司くんの方を向いて、口を開いた。
「聞いてたときに「おひめさまごっご」って聞こえたけれど、あれはなんだい?」
「ああ、あれか?まあ、1種のごっご遊びだな。お姫様になりきるごっご遊びだ」
「ん?その割には、司くん王子をやってなかったかい?」
「同じ女の子がいたらみんなお姫様になるが、いたのはオレだしな。王子になってお姫様と呼んで欲しくて、ああ言ったんだろう。」
そう言いながら、思い出すように司くんは空を見上げる。
「咲希達も、よく俺に頼んでたりしたしな。女の子にとってのラブロマンスの入口は、きっとここなんだろう」
そういう司くんの横顔は、咲希くんを思い出しているのだろう。
あまりにも慈愛に満ちた顔をしていた。
「…司くん司くん。ちょっとここ座って」
「…は?まあ、いいが…」
「うん。……よ、っと」
「う、わあ!?」
司くんを近くに座らせると、膝の裏に手をいれ、ひょいっと持ち上げる。
所詮、お姫様だっこというやつだ。
「な、ななななななにをする!?」
「いやなに、司くんがラブロマンスの入口って言っていただろう?」
お姫様だっこしたままの司くんに、微笑む。
「なら、僕ともしてほしいなって、思ってね。」
ねえ、姫様?
そう言いながら、頬にキスを落とす。
頬を真っ赤に染めながら、司くんはむくれていた。
「…外では、キスはやめろといっただろ」
「おや、それは失礼」
「…それに、オレはドレスでもないし、髪も長くない。なんならガタイだっていいぞ」
「まあ、そうだろうね」
「……そんなオレでも、姫だっていうのか?」
少しだけ、不安そうな顔をした司くんが僕のことを覗き込む。
全く、
「スターになる男!って自負してるのに、こういうところはとことん臆病な姫様だねえ」
「……っうる、さい…」
「ふふ、顔が真っ赤だよ?」
「誰のせいだ誰の」
むくれて顔を背ける姿すら、愛しい。
そんな、溢れんばかりの思いを込めながら、赤くなった頬にキスをした。