それは「 」の証。「司くーん!!いい加減諦めたらどうだーい?」
「だれがっ諦めるかあああああ!!!」
校内に響く2人分の声。
走る視界には時たまなんだなんだと見る人がいたが、
声の発生源がわかると笑ったり呆れたりしながら、また戻っていく。
オレはそれどころじゃないんだぞ!?と内心思いながら、走る足に力を込めた。
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「おはよう!」
「おー、おはよ」
「おはよう、天馬くん」
「今日も元気だなあ天馬は」
ある日の朝。
何時も通り皆に挨拶しながら、教室に入る。
その背後から近寄る影に、オレは全く気がつかなかった。
「……それっ」
「う、わ!?」
突然腋をバッと触られ、そのままくすぐられる。
びっくりしながらも振り返ると、そこには不服そうなクラスメイトがいた。
「ちぇー、天馬効かないタイプかよー」
「いや突然なんなんだ!びっくりしたじゃないか!」
「おーおー、天馬もっと言ってやってー」
怒ってるのに知らん顔なそいつの態度に、呆れ顔の別のクラスメイトが話に入ってきた。
「こいつなーんか知らないけど、くすぐりが一番効く奴は誰だ!?とか言い出してさ。男子ならところ構わず闇討ちしてきてんだよ」
「いやあ、くすぐりに関する本読んだら試してみたくなってさ!お、次あいつにしよ」
「あ、おいこら!」
すぐに次の標的を決めて向かっていく奴に、オレはため息をついた。
「ま、あいつもいっぺん痛い目見れば懲りると思うからそれまでの我慢だな。それにしても天馬ってくすぐり強いんだな」
「ん?ああ、まあ。あんまり受けたことないから強いとかわからないけどな」
「いや、あれされてびっくりしただけなら絶対強いって!天馬の才能かもな」
「才能……。まあ未来のスターにかかれば当然ということだな!」
「ソーカモナー」
わざと棒読みで言うクラスメイトに、こら、と思わず突っ込む。
笑いながらも別れ、スマホで先ほどの内容を調べてみた。
くすぐりに強い、弱いというのは実際あるらしい。
その理由は慣れだったり、感情だったりと様々だった。
(……慣れ、ではないな。あまり受けたことはない。なら、感情論なんだろうか……?)
そう考える中、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
ちなみに例の男子は間違えて女子にも手を出してしまい、アッパーカットを食らった上で女子からの口撃を受けて撃沈していた。
尚、オレ含め男子は誰も手助けしなかった。
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「……ご馳走様でした」
「相変わらず司くんは律儀だねえ」
「お前はいい加減携帯食料をやめたらどうだ?」
「今日は作業を優先したかったからねえ」
その日のお昼。
何時も通り屋上で集まり、お昼を食べてから次回公演の話をしよう、ということになった。
だが類は詰めておきたい演出があったようで、
お昼を即座に終わらせ、オレが食べている間に紙にどんどん内容を書いていっていた。
ショーも大切だがお昼も大切にしたいオレとは大違いだと、ため息をつく。
食べ終わったしショーの話を、と思った時、類が思い出したように切り出してきた。
「……そういえば、今日司くんのクラス、悲鳴が上がったり奇声が上がったりしてたね。何かあったのかい?」
「あー……。クラスの男子がくすぐりで驚かせようとしてただけだ」
「くすぐり、ねえ」
「まあ、大したことではない!あ、次のやつの脚本のあらすじを考えてきたぞ!」
弁当箱の傍に置いていたノートを取ろうと、類に背中を向ける。
その合間に類の手が動いたことに、オレは気付かなかった。
「っひゃ!?」
腋に感じたぞわっとした感覚に思わず声をあげて振り向くと、ちょっと驚いた類が俺の腋に手を伸ばしていた。
類は声を上げたオレの姿を見て、にんまりと笑う。
「司くん、くすぐり弱いんだねえ。始めて知ったよ」
類の言葉に、頭が混乱した。
さっきは一切くすぐったくなかったのに、何故類だとこんなに……
そう思った時、ふと調べたサイトの内容が頭を過る。
『貴方がくすぐったいと思う相手は……』
その内容を思い出し、顔が一気に熱くなるのを感じた。
「……え、司く」
「よっ、用事を思い出したから話し合いはまた今度だ!じゃあな!」
「ちょ、司くん!?」
慌てて空の弁当やノートを掴み、走り出す。
初めは驚いていた類だったけど何かに気づいたのか、同様に荷物を持って追いかけてきた。
屋上から始まり、廊下、階段、裏庭。上がったり、下がったりを繰り返して。
そんな、唐突に始まった追いかけっこは、お昼休みの残り半分がまるまる使われた。
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「はー……司、くん……諦め、悪いよね……」
「わ……わる…かったな……」
お互いぜーはーと息をしながら、屋上に倒れこむ。
結局、類による追い込み漁により屋上に行くハメになってしまったオレは、見事に類に捕まってしまった。
今も、逃がさないと言わんばかりにオレの腕を掴んだままだ。
漸く息が整ったところで、類は「それで?」と声をかけてきた。
「……それで、とは?」
「あんだけ逃げ回っていたけれど、ただくすぐりが弱いことが知られたからーって訳じゃなかったよね?なんでだい?」
「うぐ。……わかった!言うからその手をどけろー!」
言いよどむオレに、類は両手を使って押さえつけてくる。
観念したオレは類の腕から解かれてから、ゆっくりと口を開いた。
「……オレは、クラスのやつにやられはしたが。全くくすぐったくなかったんだ」
「え、そうなのかい?あんなに弱いのに?」
「弱い言うな。……慣れとかで耐性が付くこともあるそうだが、あんまりオレはくすぐりを受けたことがなかったからな。もう一つの理由だろうと」
「おや、まだあるのかい?」
「…………」
「……司くん?」
……わかってても、いうのは恥ずかしいものだ。
顔が熱くなるのを感じながらも、類に急かされ、俯きながらも口を開いた。
「……信頼」
「え?」
「信頼、してたり。好きな相手、とかだと。……くすぐったく、感じるらしい」
……告げてから無言になった類に、オレは心配になり、ゆっくりと俯いていた顔を上げる。
だが、上げきる前にまた類に脇を触られた。
「ひぅっ!ちょ、類!なんで…!?」
「あのねえ、僕だけがくすぐったくなるなんて、そんなの嬉しくない訳がないでしょ?」
「だ、だからって触る理由にならないだろ…!?なら、お前もこうだっ」
「え?……う、わっ!?」
オレの予想していた悲鳴とは違うけれど、身をよじるその姿は明らかにくすぐったさを感じたのだろう。
そのことに、ほんの少しだけ嬉しさを感じた。
「……ふ、ふふ。お互い様なんだねえ」
「全くだ」
手をどけて、二人して屋上に寝転がる。
授業開始のチャイムが鳴り響く。でもお互い、動くことはなかった。
走り回って、疲れたから。そう、言い訳をして。
今だけは、二人だけの世界に、浸りたかった。