積み重なった思い出の、走っている間に見えた景色。そこから紡がれる、記憶の数々。
どれも愛しくて、幸せで。
それでいて、ちょっと恥ずかしい。
それでも、大切な記憶。
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足がもつれそうになるのを堪えながら、走る。
何事かと見てくる人たちは皆、走ってるのが僕だと気づくと、いつものかというかのように納得したような顔をしていた。
だが、そんなことに構っている暇はない。
先ほどきた連絡が本当なら、僕は急がなくてはいけないんだ。
漸く目的地……保健室にたどり着くと、一息ついてから、扉を開いた。
「すみません。……あれ?」
保険の先生にもし何か言われたら、と考えていたが、そこには先生の姿はなかった。
代わりに、見知った声が、ベッドから聞こえた
「もしかして、類か?」
「っ司くん!」
声のした方向に出向き、シャッとカーテンを開ける。
そこには、思いのほか元気そうな司くんがベッドの端に座っていた。
「……あれ、思ってたより元気だね?」
「あー、まあな。それより何で類がここに……」
「ああ。クラスメイトづてに、司くんが熱中症で倒れたって聞いて。それで慌てて向かったんだけど……」
倒れた、と聞いた割にはケロリとしている姿に、思わず首を傾げる。
そんな僕に、司くんはため息をつきながら教えてくれた。
「どこから聞いたんだそんな話……。一応熱中症とは言われたが倒れてはいない!自分で保健室に向かったしな!」
「そっか。伝言ゲームみたいになってたし、どこかで湾曲したのかもね。」
「多分、な」
そう応える司くんの頭をそっと撫でる。
そこで感じた体温に、疑問を抱き、思わず首を傾げた。
「……??どうした?」
「いや、熱中症って言われている割には、体温は普通だね。熱中症なら内側に熱が溜まるから触れると熱かったりするんだけど」
僕のその言葉に、司くんはうぐ、と言葉を詰まらせ、目を逸らした。
「……つーかーさーくーん?何を隠しているんだい?」
「んあ、ひゃめろ、ほっへをひっはるな!」
司くんの柔らかいほっぺたを引っ張って縮めてと堪能すると、司くんはギブアップだ!というように手をばたつかせた。
その手を離すと、漸く司くんは僕の方を向いてくれた。
「はい、じゃあ離すよ。それで、どういうことだい?」
「はあ、全く……。熱中症は、クラスのやつが勘違いしただけだ。オレはそんなことなかった」
「おや、そうだったのか。じゃあなんでそんな勘違いされたんだい?」
僕のその言葉に、司くんは頬を赤く染めて顔を逸らした。
「……司くん?」
「…………今日の体育。マラソン、だっただろう」
「ん?……ああ、そういえばそうだね」
神高では毎年この時期に、体育の授業でマラソンを行う。
マラソンの大会が毎年渋谷で開かれるのでそれに肖ってやられているもので、毎年のことだ、とは聞いていた。
「類はまだやってないからわからないと思うが、体育の授業で校庭の外を走るんだ。ところどころに先生が配置されてサボれないようになっている。歩く分には構わないらしいけどな」
「へえ、そうなんだ。……それで?」
「……今日走ったの、あの並木道だったんだ」
照れくさそうにぽつりと言われた、「並木道」という単語に首を傾げる。
校庭から近い並木道、と言われると、思い当たる場所は1つしかなかった。
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学校からそう遠くないところにあり、ベンチやちょっとした屋根もあるそこは、僕たちがよく帰りの待ち合わせをしているところだった。
屋根のおかげで、台風じゃない限りはそこで待ち合わせができる場所だ。
司くんも「上からの虫の強襲がないからとてもいい場所だ!」と絶賛している。
そしてそこは、通学路から少し離れると人があまり通らない道に早変わりする。
それを利用して踊ってみたなんかの動画撮影にも使われているそこは、少々声を出しても問題ないこともあり、ワンダーステージに向かうまでのちょっとした練習場所に当てていた。
……そして。
告白をしたのも。それに返されて、両思いになったのも。
なんなら、ファーストキスをしたのも、この並木道だったりする。
僕にとって。そして司くんにとっても、並木道は思い入れがある場所だった。
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「……並木道っていうと、思い当たるのは一箇所だけど。そこのことかい?」
「ああ、合ってる。いつもの並木道だ」
司くんは頷きながら、言いづらそうに続けた。
「……今日走った場所、人があんまり来ないとこも走る対象となっていてな」
「人が、来ないとこ……っていうと……」
「……ああ。例のとこも、前を走った」
言いながらも、色々思い出しているのだろう。司くんの顔は、じわじわと赤くなっていった。
………………赤くなっていった?
「……あの、まさかだけど司くん、」
「……っ思いだして赤くなったのを勘違いされたんだ!悪いか!」
うがー!と照れ隠しに一気に言う司くんに、僕も司くんの熱が伝染したような気がした。
思い出して、周りから勘違いされたほど、真っ赤に染まっていたなんて、そんなの。
「っちょ、類!?」
「あーもー……司くんが可愛すぎる」
「んなっ!?か、可愛いとか言うな!」
「嫌だ。司くんは可愛い」
思わず抱きしめると、司くんは照れ隠しに手から逃れようとする。
それを抑えるように更に抱きしめる力を強め、言葉で伝えると、諦めたのが抵抗をやめ、そっと僕の背中に手を回した。
「積み重なった思い出の象徴、というものかな」
「オレにとっては、積み重なった思い出の弊害、かもな」
苦笑しながら言う司くんの口を、僕の口で塞ぐ。
静かな保健室の中で、僕たちのリップ音だけが響き渡った。
「……勘違いとはいえ、あんまり早く戻っても怪しまれるからね。しっかり休んで、鋭気を養うといいよ」
「ああ、そうする。……類も、午後に体育あるだろう。気をつけろよ」
「ふふ。二の舞にならないように気をつけるよ」
そう告げたにも関わらず、司くんと同様赤くなってしまい。
気づいたのが先生だけだったのも相まって、司くんの時より騒ぎが大きくなってしまい。
保健室に運ばれた僕を、「だから言っただろ」というかのような目で見られるのは
この、数時間後のお話。