その は、全てを語る。「……はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう。咲希。」
置かれた牛乳入りのコーヒーが入ったカップを、そっと持ち上げる。
そこに写された自分の表情に思わず苦笑しながら、一口飲んだ。
ある日の、学校もバイトも、ショーの練習もない休日。
自室で何をするか吟味していたところに、ノックの音と咲希の声が飛び込んできた。
「あのね、昨日ほなちゃんからお菓子をもらったの!家族で食べきれないほど多いから、良かったらもらってって。今からコーヒー入れるから、お兄ちゃんもどうかな?」
いいな。すぐ行く。そう言って向かったが、咲希から
「用意はアタシがするから、お兄ちゃんは座ってて!」
なんて言われてしまい。大人しくせざるを得なかった。
オレの分を入れてからほどなくして、自分の分と例のお菓子を持った咲希が戻ってきた。
「はい、お兄ちゃん。これ、有名店のパウンドケーキなんだって!」
「ほう、これは美味しそうだな!」
厚めに切られたそれからはバターのいい香りが漂ってくる。
こんなに食べてもいいのかと心配になったが、咲希のことだ。ちゃんと父さん達の分も残しているんだろう。
そう思いながら、また一口。コーヒーを飲んだ。
「……ねえ、お兄ちゃん?」
「ん?どうした咲希?」
「お兄ちゃん、何かあった?」
思わず吹き出しそうになるのを抑え、何もないと言おうとした口が、止まった。
咲希は、真面目な顔で。オレがどう答えても見破るとでもいうのかのように、しっかりをオレの目を見ている。
……昔からその目に弱いことを、知っているんだろうな。
そう思いながら、ため息を1つついた。
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それは、ある日の昼休みのことだった。
「司くんが好き」
お得意の演出も何もない。世間話の延長のように、ポロリと言われた言葉。
オレは思わず面食らってしまったし、類は漏れてしまったそれが信じられないというかのように口を押さえていた。
オレがしっかりと聞きなおすと、類はため息をついて、改めて面と向かって言ってくれた。
ずっと前から、オレのことが好きだったと。
ずっとショー一筋だったオレは、誰かを好きになったことも、付き合ったこともない。
ただ、ショーの題材や演出、心理描写の都合で、それらを見聞きする機会は沢山あった。
勿論、同性愛に関しても。
嫌悪がある訳ではない。
それを言った類に対して違う感情が芽生えた、なんてこともない。
でもきっと、この抱いた感情に関しては、ちゃんと伝えないとなと、思った。
オレは、類の手を握りながら、しっかりを目を見て、オレの考えを伝えた。
男性女性に限らず、恋をしたことがないからわからないこと。
題材で見聞きすることは沢山あったから、世間の当たりなどの基本的な知識は一応あること。
同性愛に対して悪い感情を抱いていないし、類が気持ち悪いなんてこともないこと。
類はそれを聞いて、ポロポロと涙を流しながら、頷いていた。
嫌われたら、演出を付けられたくないと言われたらどうしようと、色々考えてしまったらしい。
でも最後に、類は言った。
「その感情が、わからないままでもいいから。……これからも、友達として傍にいてもいいかい?」
勿論だ!というオレの返事に、類は嬉しそうに笑った。
あの後も、何も変わりはしなかった。学校でも、ショーでも。
ただ、唯一。
気持ちを知ってからというものの、類は自身の思いを隠すことを止めてしまった。
学校やショーの練習中など、他に人がいる時はないが、二人きりになると
ほんの少しだけ、距離を縮めてくる。
何より問題なのは、その瞳だ。
オレは、元より人の目を見ることが好きだった。
「目は全てを語る」という言葉があるように、喜怒哀楽、目には様々な感情がのる。
昔から咲希の体調が悪くないかとか、両親がオレのことを心配してないかとか、
顔色を伺っていた最中に気づいたことだった。
気づいてからは、色んな人の目を見て、その感情を知って。
何時からか、人の瞳に宿る様々な感情を見るのが、オレは好きになっていた。
だがそれが、こんなところに弊害をもたらすとは、思いもよらなかった。
今までは、きっと我慢していたんだろう。バレないようにと、細心の注意を払っていたのだろう。
それが取り払われた今。類は言葉にしなくても、目でその好意を見せるようになっていた。
甘くとろけるような、見ているこっちの方が赤くなってしまいそうなそれに、類は気づいていない。
目から感情を察しようとする、オレしか気づいていないのだ。
だから尚更、嫌だとは思えないそれが、ムズ痒くて仕方なかった。
そして、それに感化されてなのか。
オレの類に対する感情が、次第におかしい方向に変わっていった。
オレに断られて渋々野菜を食べる姿が、可愛いと思ったり。
演出のために代わりに演じて魅せてくれた王子役が、とても格好良いと思ったり。
機材の調整をする、真剣な顔から、目が離せなくなったり。
……「友達」として傍にいれほしい、と言われたのに。
「友達」では、物足りなくなって、しまったり。
こんなことは初めてで、何が起こっているのか理解ができなくて。
悶々としていて練習に集中できなくなってしまい、凡ミスを繰り返してしまい。
最終的にえむから、練習の休暇を言い渡された。
それが、今日の話、という訳だ。
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「……というのが、「オレの友人」の話でな」
「そっか、そんなことがあったのかあ……」
ふんふん、と真剣に聞いてくれる咲希に、罪悪感が募る。
正直に話すには少々忍びなく、「友人の相談内容」として話すしかなかったのだが。
「ところでさ、お兄ちゃん」
話を聞いて、少し考え事をしていた咲希が、思い出したように口を開いた。
「ん?なんだ?」
「その人、おかしいって言ってたんだよね。可愛いって思ったり、格好良いって思ったり」
「あ、ああ。そうだな」
「じゃあ、その人が知らない人とくっついていたり抱き合っていたり、演出付けたいって言っていたら、どう思う?」
言われて、考える。
知らない人と抱き合う、類。
別の人に演出を付けたいという、類。
そう考えるだけで、胸が締め付けられそうになった。
「……苦、しくて、悲しい。そう、思うな」
「ん、そっか。
……じゃあ逆に、もしその人のその好きだっていうような目で、もう一回「好きだ」って言われたら、どうかな?」
……あの、感情が乗った瞳で。オレに、好きって言う……?
考えただけで身体が熱くなって、思わず顔を手で覆ってしまった。
「わ、からん。けど、顔が熱くて、たまらん」
「そっか。……うん、そっかあ」
「……??」
納得したように頷く咲希に、オレは首を傾げた。
「……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、
類さんのことが、好きなんだね。
そう零されたそれを、オレはすぐに理解できなかった。
何度も反芻して、意味を理解して。
……理解できた瞬間、思わず固まってしまった。
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「っは!!だ、大丈夫、だ。……しかし、なんでそんな……」
意識が戻ってもしどろもどろしてしまうオレに、咲希は微笑みながら言った。
「お兄ちゃんが言ってた話。全部、類さんが好きだから抱くような感情だなあって思ったの。可愛いって思ったり格好良いって思ったり。あと、他の人は嫌だって思うとことか」
「……オレが……類を……」
呆然とするオレの手を、咲希が握った。
「いきなり言われても、混乱しちゃうよね。だから、後で1人で、しっかり考えを整理するといいと思う。」
「……咲希」
「大丈夫。お兄ちゃんなら、ちゃんと答えが見つかるから!」
そう、笑顔で言う咲希に。
なんとなく本当に、「大丈夫だ」と、思えてくる。
「……そう、だな。……いや待て、咲希」
「うん?」
「オレ、類だなんて一言も言ってないが……?」
そう声を震わせながら言うと、きょとんとした後、にっこりと笑った。
「あの話、すぐお兄ちゃんのことだってわかったよ?相手が類さんだってことも」
「なぬっ!?」
「ふふ。アタシがお兄ちゃんのこと、わからないわけないでしょ?」
そう不敵に笑う咲希に、適わないなと苦笑した。
後日。
気持ちを整理して改めて類にその旨を話に行き。
感極まった類に、泣きながら抱きしめられるのは。
また、別のお話。