それを消しされるのは、いつだって。僕はもう、ここにはこない
それと
君は、スターになんてなれない
「----っ!!」
ひゅ、と鳴る自身の呼吸音と共に、一気に意識が浮上する。
ゆっくり横を向くと、オレのすぐ隣で、夢にも出てきた紫色が、すやすやと寝息をたてている。
起こさないようにそっと抜け出し、ベランダに出てみる。
寒さに身震いしながら空を眺めると、日の入りはまだまだ先と思わせるような薄暗さが目の前に広がった。
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それは、類の一言から始まった。
「初心に返って、ツカサリオンのリバイバルショーをしてみないかい?」
曰く。
新しいショーの合間には、今までは過去のショーの再演を行っていた。
しかし、ネネロボが自立稼働するようになってからは、寧々の変わりにネネロボを動かしていた公演。
つまり、ツカサリオンを含む、初期の公演ができなくなってしまった。
でも、初期から公演していたものが、それが理由でできなくなっては、味気ない。
そこで。
脚本から見直し、新たな演出をつけたり、寧々用に新たな役を配置した、新しいツカサリオン。
いわば、ツカサリオン・ザ・リバイバルとして、再演をするのもいいのではないか、と。
最初期の、初心の頃を思い出しながら。
且つ自身の成長を感じることもできる。
しかも、次の公演は、ワンダーランズ×ショウタイムとして活動をしてから、ちょうど3年目初の公演となる。
タイミング的にもいいのではないか、というのが類の意見だった。
そんな公演に異を唱える人もいることもなく。
新たな演出・新たな配役が加えられた「ツカサリオン・ザ・リバイバル」は公演された。
かつて見ていた人も楽しめるように、前と同じネタも配置しつつ。
でも、初めて見る人でも、楽しめるように。
演出は、昔よりもずっと豪華に。
全てが一心されたツカサリオン・ザ・リバイバルは、大盛況のまま幕を閉じた。
……閉じた、筈だった。
少し離れた倉庫に、大道具を入れされてもらった、帰り道。
今日の公演を見たという人達に、声をかけられて。
1人気づけばまた1人、また1人と多くなっていった。
それにオレは、笑顔で返していたのだけれど。
「そうだ!あの、ちょっと聴きたいんすけど、」
「最初のツカサリオンって、なんで途中でぶった切ったような話になったんです?」
その中の1人から、かけられた言葉に。
思わず、ひゅ、と喉が鳴った。そんな気がした。
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(……あれだけ経っていても、覚えてる人はいるんだな)
ワンダーステージへの道を駆けながら、思案する。
その人の質問への回答はどうにか誤魔化し、話を聞いてみた。
どうやら、興味本位で最初の公演に訪れていた人で。
最初の公演以来、ワンダーステージ、というよりフェニラン自体に出向くことはなかったらしい。
しかし、フェニランがSNSでバズったことやあの公演のリバイバルというのも相まって、久しぶりに見に来てくれたらしい。
あの日から見てくれなかった人も、見に来てくれるようになった。
人は、いい思い出よりも、嫌な思い出の方が思い返されやすいともいう。
きてくれたことは、本当に奇跡のようなことだろう。
あの日のことは。
オレも、脚本を書いている間、何度も思い出してしまっていた。
寧々の泣き顔。
えむの引き止める声。
……類の、言葉。
とっくに過ぎたことだし、あれは誰が悪いわけでもない。
類の言っていることも、今ならちゃんと理解できる。
それでも。
(……今でもたまに、類の言葉に引きずられる)
想いが通じ合って、付き合うことができて。
沢山沢山、2人の時間を過ごしたというのに。
今でも、いつか離れていくのではと思っているなんて。
あの日見た、類の背中が忘れられないなんて。
スターになれないという言葉がずっと、トゲのように心にずっと残っているなんて。
本人に、言えるわけがなかった。
久しぶりの思い出された感情は、なかなか振りほどくことができなくて。
3人共怪訝な顔をしていたけれど、何でもないの一点張りで押し切った。
類は、不服そうではあったけれど。
折角最高の公演ができたという喜びを、オレの感情だけで消し去りたくはなかった。
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(やっぱり、考えてたことがそうなくなることはなかったな)
この日はショーの千秋楽で、明日も祝日で練習がない。
しっかり休んで鋭気を養おうと、類と2人で家に帰ってきた。
大学に近いこの家で、オレは類とルームシェアしている。
防音もしっかりしているので、家での練習や演出の実験なんかも可能だ。
一緒にご飯を食べて、お風呂に入って。
一緒にショーの脚本や演出を話し合って、試してみて。
お互い疲れているから、早めに休もうと、一緒に布団に入って。
そんな幸せのままで、いたかったのに。
どうやら、オレに刺さったトゲは、なかなかなくなってくれないらしい。
真冬というだけあって、じわじわと体温が奪われていくのを感じながら。
空を見るのをやめ、寒さから逃げるように体育座りをして、膝に頭を乗せる。
類のせいじゃない。
寧々のせいじゃない。
いつまでも引きずっている方が、悪いんだ。
いつまでも気にしているオレが、悪いんだ。
いつまでも不安になっているオレが、悪いんだ。
オレが、全部、「司くん」
思考を、かき消すかのように。
暖かい腕が、身体が。
オレの背後から、包み込むように、回ってくる。
「…………る、い?」
「うん、僕だよ」
そう答える声は、囁くように小さなもので。
腕はオレの身体を温めてくれるかのように、オレの腕を摩ってくれている。
「びっくりしたよ。目が覚めたら隣に君がいないんだもの」
「……すまん」
顔を隠したまま答えるオレに、類はふむ。と言って。
「……少し話したいけれど、ここじゃ寒いから。中に入ろう。ね?」
そう言われながら、背中と膝裏に腕が回され、抱き抱えられる。
突然変わった体勢に、思わず類にしがみついてしまった。
これじゃお姫様だっこじゃないか!
そう言おうと、口を開いて。
類の、不安げな表情に。
オレは、何も言えなくなってしまった。
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部屋に戻されたオレは、ベッドの上に座らせて。
そのまま、毛布を持った類に、背後から抱きしめられていた。
「……司くん」
不安げな類の声が、耳をつく。
そりゃあそうだ。いつもなら、恥ずかしいからやめろと突っぱねるのが常だから。
でも、今は。
類のことを気にかけられるほどの余裕は、オレにはなかった。
「……司くん。聞いてくれるかい?」
オレの答えを待たずに、類はオレの前に回り、手を握ってきた。
「……今日の司くん、どこか変だと思ったんだ。公演後の、片付けの途中から」
「…………」
「いつもなら、何かしらの原因がわかったりするものだけどね。ほら、司くんはいつも心配をかけさせてくれないから」
「それ、は」
一応、自覚はあった。
でもそれは、座長として、3人に迷惑をかけたくないからで。
「大丈夫、気づいてるよ。迷惑をかけたくないって思ってること」
「っ!」
「だからいつも、原因は僕たちの方で調べたりしてるんだけどね。今回はさっぱりで。
……でも司くんがこうなっているってことは、それなりの理由があるんじゃないかってね」
ゆっくりと、腕を引かれ。
正面から、そっと抱きしめられる。
「司くんは、そういうのを話すのが苦手って知っているから。だから、無理には聞かない。」
「……」
「でもね、覚えておいてほしいんだ」
「僕は絶対に、何があっても、司くんから離れることはない。……これは、その誓いの証だよ」
そう言いながら離れた類が、オレの手を撫でる。
……そこには、いつの間にはめてくれたのか。
オレにも類にも、指輪がはまっていた。
「あ……え…………?」
「ごめん。本当はもっと、凝った演出を交えながらって、思ってたんだけど」
申し訳なさそうに、頬をかきながら。
「こうでもしないと、司くんは話してくれないと思ったら、ついね。」
月明かりが、類の、少しだけ赤く染まった頬を、照らしていて。
視界が、一気に歪む。
「っ、司く」
「類」
慌てたような声を遮りながら、声を出す。
涙声になっているのを無視しながら、口を開いた。
「類は……凄いな」
「え……」
「いつも、オレが……一番ほしいものを、くれるんだから」
オレの方から近づいて、そっと抱きしめる。
ぽかんとしていた類も、やがてオレと同じように背中に手を回して、強く抱きしめてくれた。
「……ツカサリオンを書き直す時に。ずっと、あの失敗を、考えてしまって。」
「……うん」
「今日、来た人も、あれを見てた人が、いて。」
「うん」
「別に、今更あれで、誰が悪かったなんて、気にしてないんだ」
「うん」
「……ただ……また、るいが」
「うん」
「……っ、はなれて……ほしく、ないんだ……」
「……うん。話してくれて、ありがとう」
「っ、るい……!」
「大丈夫。僕はここにいる。ずっと、いるから」
年甲斐もなく泣きじゃくるオレを、類はずっと、抱きしめて、頭を撫でてくれていた。
歪む視界の中で、ゆっくりと遠のいていく意識に、身を任せる。
きっと、朝起きても、隣には大好きな類がいる。
もしかしたら、言えなかった言葉も、明日なら言えるかもしれない。
やっぱり怖いから、抱きしめてもらいながらじゃないと、できないかもしれないけれど。
でも、きっと大丈夫、なんて。
そう思えるのは、類のおかげだ。
ありがとう、と、口に出す。
その言葉が届いたかどうかわからないまま、オレの意識はぷつりと途切れた。