その痛みは、 の証。「……ふむ、それだとここの部分、ちょっと不自然にならないかい?」
「ああ、確かに。では……この部分。ここの寧々の登場タイミングを少し遅らせて……」
「なるほど。それだとこっちのバランスが取れなくなるけれど、こっちの方のセリフをもう少し伸ばせば……」
ある日のお昼休み。
ご飯を食べ終わった僕達は、次の公演に向けての話し合いをしていた。
今やっている公演は冬と雪をメインに据えた話だったため、もうじき春がくる今では時期はずれになってしまう。
そこで、そろそろその公演を終演とし、新しいショーを作ろうという話になったのだ。
脚本は既に司くんが形にしてくれたのを皆で確認したので、今は脚本と演出の摺り合せをしている。
今日明日で完成させて練習や機材の準備に入れば、今のショーの後にツカサリオンを少々やるだけで次に行けそうだ。
司くんもそれがわかっているからこそ、この話し合いには熱が入る。
僕も、それがわかるから、口が開くのを抑えきれない。
ああ、楽しい。
ずっと続けばいいのにと、つい思ってしまう。
……司くんと僕は、少し前からお付き合いをしている。
だけど、司くんは、付き合っても司くんのままで。
勿論、デートも手を繋ぐのも、キスだってした。
司くんはその度に顔を真っ赤にしていて、とってもとーっても可愛いのだけれど。
……ほんのちょっとだけ。
あまり、その手の行動をしてこない司くんに、寂しさが沸いてきている。
勿論、僕が起こした行動にきちんと答えてくれるし、僕への返事はしっかり言葉にしてくれるけれども。
たまには、司くんの方から、起こしてほしいのになあ。
そう思っているからなのか。
司くんをただ無条件に独占できるこのお昼休みは、僕にとって特別なもので。
永遠にこのままでいたいと、思わせるものになっていた。
「……うん。これでいいかな。ある程度必要なものはわかったし、今足りないってわかってるものは今日にでも……あ。」
「?どうした、類?」
スマホを見て声を上げた僕に、司くんは首を傾げながら聞いてくる。
僕は苦笑しながらも、スマホを見せながら口を開いた。
「ほら、もう3月だから。そろそろ、静電気も収まるかなあって」
「あー……確かに、そうかもな。いつもすまん」
「ううん、お互い様だよ」
スマホに映るカレンダーを見ながら、司くんは苦笑していた。
司くんは、割と帯電体質らしい。
そして僕は電子機器を触ることが多いからか。
この冬は、1日に1回以上は、静電気のバチッとしたやつを起こしていた。
僕も司くんも発生しないように専用のブレスレットをつけてみたり、一度別の場所に触れてみるとかの対処をしたことはあったけれど、効果はあまりなかった。
それに、初めは互いに謝っていたけれど、今は流石に慣れて、謝罪もおざなりになってきている。
互いに手を出しちゃうし、互いに痛い思いをしているから。まあお互い様という感じだ。
「だが……そうか。もう冬も終わるんだなあ」
「おや?司くんは嫌なのかい?てっきりバチバチしなくなっていいと思っていたけれど」
「ああ、まあそれは一理あるんだがな」
「別のいいこともあったから、それがなくなるのが少し残念でな」
ほんの少しだけ寂しそうな、司くんの顔に。
僕は、何も言えなくなってしまった。
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数日後。
僕はショーで足りないものの買い出し、という名目で、司くんをデートに誘った。
一度司くんの部屋で再度脚本の摺り合せと今の小道具の確認をしてから、買い出しにいくつもりだ
あまりカッコつけていない、でも変じゃない格好を瑞希に見繕ってもらったから、大丈夫な筈……。
そう思いながらインターホンを押すと、声がする前に扉が開いた。
ガチャ
「あ、類さん!お兄ちゃんなら今部屋で用意してるので、すぐ来ると思います!」
「やあ、咲希くん。今日は随分と出てくるのが早いんだね。びっくりしたよ」
そこにいたのは、妹の咲希くんだった。
僕が目を丸くしていると、咲くんは僕を家に入れながら、苦笑しつつ答えてくれた。
「すみません、驚かせちゃって!今から練習にいくのでちょうど玄関にいたんです」
「なるほどね。時間は大丈夫なのかい?」
「はい!まだ余裕はあるので!……あ、そうだ!これもやっておかないと……!」
ハッとしながら、咲希くんは玄関近くの棚を開けて、スプレー缶を取り出した。
振ってから蓋を取り、コートの内側に満遍なくスプレーしていく。
「おや、それはなんだい?」
「これですか?これ、静電気が発生しにくくなるスプレーなんですよ!」
「へえ、静電気が。…………え?」
僕のポカンとした声に気づかずに、咲希くんは「そうなんです!」と嬉しそうに口を開いた。
「これ、着る服にスプレーするだけで!摩擦による静電気が発生しにくくなるんですよ!アタシかなり帯電体質だし、髪の毛もすっごいことになっちゃうから本当に必需品で!」
「へ、へえ……。それ、司くんも知っているのかい?」
「?はい、アタシがお兄ちゃんにオススメしたので!
でもお兄ちゃん、なんでか使ってくれないんですよね~?お兄ちゃんもアタシと同じくらい帯電体質なのに。」
その答えに、僕は言葉を失った。
……司くんは、対処法を知ってて、あえてやらなかったんだろうか。
でも、何のために……?
「……おおお!すまん類!準備に手間取ってしまった!」
「あ、司くん」
「もう、お兄ちゃん!あんまり類さん待たせちゃだめだよ!」
疑問に頭を囚われたまま、司くんが慌てた様子で此方にやってきた。
そんな僕を置き去りにして、2人してどんどん話を進めていく。
「うぐ、返す言葉もないな……。ところで咲希、時間は大丈夫か?」
「え?……あ、もう出なきゃ!それじゃお兄ちゃん!類さん!いってきまーす!」
「ああ、いってらっしゃい!」
「……!いってらっしゃい、咲希くん」
ハッとしながら、そう返す。2人とも、僕の様子に気付かなかったのか、咲希くんは笑顔で家を出ていった。
「……ふう。さて、類も早く上がるといい。時間は待ってくれないしな!」
「うん。……僕も、司くんに聞きたいことができたしね」
そう言う僕に、司くんは首を傾げながら僕を見つめていた。
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「……聞きたいことがあるとは、聞いたが。……これは、なんだ?」
「んー……防止?」
「なんのだ!?」
あれから、司くんの部屋にいき。
早速話し合いを、という司くんを遮って、僕はある行動に出た。
それが。
「何の防止で、俺を抱きしめる必要が出てくるんだ!?」
「まあまあ。きっと司くんもすぐわかると思うから」
胡座をかいた僕の膝に司くんを座らせ、抱きしめるというものだ。
念の為に腕ごと抱きしめているから、司くんは一切自由に身体を動かせない。
顔は見れないけれど、きっと司くんは困惑していることだろう。
そう思いながら、僕は口を開いた。
「咲希くんがね、家を出る前にね。教えてくれたんだ」
「……?なにを、だ?」
「……帯電体質な自分にピッタリの、静電気が発生しにくくなるスプレーがあるんですよ、って」
ビタっと、面白いくらいに司くんの動きが止まる。
僕はそれを気にせずに、言葉を続けた。
「前々から、どうにかできる方法があるなら、探してみようって話してたよね?咲希くんは、司くんに勧めても全く使ってくれないって言っていたよ」
「…………」
「……司くん?」
「……す、まん」
絞り出されたように発せられた声は、普段の司くんとは似ても似つかない程に、小さな声で。
僕は、司くんを落ち着かせるように、抱きしめている腕の力を強くした。
「……司くん。僕は、司くんが嘘をついていたことを責めるつもりはないよ。ただ、理由だけは教えてくれないかな?」
腕はそのままに、そっと司くんのうなじに口を付ける。
司くんはくすぐったいのが、身動ぎしながらも口を開いてくれた。
「……その、だな。……静電気は、触れ合う瞬間に、起きるだろう?」
「?うん。身体にたまった電気が移動しようとして起こるからね」
「だから……その……」
「無意識でも、類と触れ合ったって……わかるから……」
「……えっ」
「だから、そのままに、してた。……嘘ついてて、ごめん」
司くんのしょんぼりとした声よりも、言われた言葉に思考が止まってしまった。
ふ れ あ っ た っ て わ か る ???
「……司くん、僕と触れ合いたいの?」
「ちがっ……!く、は、ないが、意味が、違う……」
「なら、なあに?」
勢いよく否定されるかと思ったら、ごにょごにょと言って否定してこなかった。
聞いてみると、うー、と唸りながらも、小さい声で答えてくれた。
「……恋人らしいこと、オレからなかなかできないから……」
「……え」
「せめて、触れ合った証拠である、静電気の痛みが、そういうことをした証に、ならないかなと……」
「………………」
「な、何か言ってくれ……」
司くんの言葉に、僕は答えることはできなかった。
腕の力を強め、持ち上げると司くんを膝から下ろす。
そのまま腕を緩めて司くんを正面に向かせると、司くんは顔を真っ赤にしていた。
「!ば、ばか!見るな!」
「嫌だ。そんな可愛いこという子を見ないとかそんなことできないから」
「かっ、可愛いとか言うな……!」
否定するのはそこなんだなあ、なんて思いながら、そっと正面から抱きしめる。
司くんはまたビタっと止まると、おずおずと背中に手を回してくれた。
「司くんも、僕のことを思ってくれたことが伝わったよ。ありがとう。」
「……ああ」
「前にいってた、冬のいいことって、このことだったんだね」
「そう、だな」
「でもね、司くん。僕はやっぱり早く終わるといいなって思っちゃうかな」
僕の言葉に、司くんが息の飲む音が聞こえる。
すぐに腕の力を強めて、続けた。
「司くんがいいことだって言っていたことを否定するわけじゃないよ。それでも、やっぱり痛い思いはしてほしくないからね」
「……ん」
「それにね、司くん」
「……ん?」
続かない言葉に不思議に思ったであろう司くんが、顔をあげる。
それを待ってましたと言うかのように、僕は司くんに口づけた。
触れ合うだけのそれを離すと、司くんは顔を真っ赤に染めていた。
「僕は、季節なんかに関係なく、司くんと触れ合いたいな?」
「……夏は、流石にしんどそうだな」
「ふふ。その時は冷房しっかり効かせようよ」
「寒暖差が激しい時でも、安心だな」
「僕がカイロになるから、任せてくれたまえ」
「オレの方が温かいだろうけどな」
「おや、そうかい?なら、どっちが温かいか、比べてみようじゃないか」
未来(さき)のことを、抱きしめあったまま、話し合う。
季節によって、年によって、触れ方はきっと、変わっていって。
カレンダーをめくるのが、とても楽しくなりそうだ。
そんなことを思いながら、腕の中の愛しい温もりを抱く力を、更に強めた。