その呪縛から、解き放つ方法は。「……司くーん!」
背後からかけられた声に、顔をあげる。
ぴょこぴょこと走ってきた桃色は、その勢いをそのままにオレの隣に座った。
「大丈夫?ここ、暑くない?」
「ああ、大丈夫だ。日陰だし、小型扇風機もあるし、飲み物もこまめに飲んでいるからな」
そう言いながら小型扇風機をえむの方に向けると、気持ちよさそうに声を上げながら目をつむった。
「……それよりも、すまんな。何も手伝えなくて」
そういうオレに、えむは焦りながら直様声を上げた。
「ううん!困ったときは!…………両成敗!だっけ?」
「……困ったときはお互い様、と言いたいのか?」
「そう、それ!」
誇らしげにいうと、すぐに寂しそうな顔になって、オレの方に手を伸ばす。
「だから、司くんはしっかり休んでね?無理しちゃダメだよ?」
「…………ああ」
えむが、そっと手を伸ばした先。
そこには、コルセットで固定された、オレの腰があった。
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「……全治……1か月……?」
告げられた言葉に、オレは目の前が真っ暗になった気がした。
変わらない、日常のはずだった。
公演していた新作のショーは大盛況で終わり。
次に向けて新たな脚本を書かねばいけないな!と、話していた。
その日にあった、ステージの座長だけで集まって連絡事項を聞く集会に趣いた帰りで。
次の公演に使うであろう、別ステージのセットが、崩れてきた。
後から知ったのだが、繋ぎ目の接続が甘い状態で公演をやってしまったらしく。
しかも、舞台の都合上、出し入れするために可動式になっていたこともあって、限界がきてしまったのだろう、とのことだった。
崩れたのが公演中でなく、舞台の裏側だったことが不幸中の幸いだったのかもしれない。
オレは、そんな崩れるセットから、他の座長さんを守り。
酷い痛みの中で、意識を失った。
そして気がついたら。
記憶の奥底にも残っている、嫌な匂いのする真っ白い部屋にいて。
そこで、告げられたんだ。
今のオレの状態を。
無意識に手や顔を庇ったものの、無防備だった腰にかなりのダメージがいってしまったらしく。
全治1か月。且つ、それまで安静に。激しい動きはしないように。とのことだった。
オレが病院へ運ばれたことが、伝わったのだろう。
汗だくで、ショーの衣装のままやってきた3人も、絶句していた。
それは、オレが1か月の間。
ショーができないのと、同義だった。
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「……司くん?…………つーかーさーくーん!」
「う、わっ!な、なんだ?えむ?」
「司くん、ぼーっとしていたよ?もしかして体調悪い……?」
不安そうに見つけるえむに、オレは苦笑しながら頭を撫でた。
「大丈夫だ。ちょっと思い出していただけだから」
「……思い、出す?」
「ああ。……怪我をして、類が提案してくれた、あの日を」
そう言いながら、オレは手元の台本。
「眠り王子」と書かれた、台本をそっと撫でた。
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1か月というのは、想像よりもずっと長い時間だ。
やっていた新作のショーの公演が終わっていたのは不幸中の幸いだったが。
次のショーの内容を決め、それに合わせて練習し、公演する。
それを、大体一ヶ月半のスパンでやっていた俺たちにとっては、「一ヶ月休む」というのは、死活問題だった。
ショーの内容を決め、台本を読み込んだとしても。
肝心の合間の動きや、類の作ってくれた機材を試す時間が、圧倒的に足りないのだ。
つまりは、次回のショーでは、オレ抜きでやることが、ほぼ確定になっていて。
ずっと頭を下げるオレに、慌ててずっとフォローを入れてくれるえむや寧々には、本当に申し訳なかった。
そんな中、何も言わずにずっと考え込んでいた類が近寄ってきて、提案してくれたのだ。
「眠り姫」をアレンジした、脚本を。
元から、以前「人魚姫」の内容をアレンジしたときのように、おとぎ話をアレンジした話をまたやってみたいという話が出てきていたのだ。
いくつか候補は上がっていたが、「眠り姫」に関しては、候補に上がっていなかった。
どのように変えるか、というのもそうだが。
主人公である「眠り姫」が、どうしても焦点が当たりにくく、どのように展開したらいいかを迷ってしまったからだった。
けれど。
類は、オレが動けない今だからこそ、できる話になるんじゃないかと、そう言った。
主人公を王子にし、助けにいくのを姫騎士にする。
そして、物語の開始を、王子が眠った後にする。
そうすれば、司くんは動けないけれど、ショーにも出演できるのではないか、と。
その提案に、全員が賛同し。
こうして、次回の公演は、「眠り王子」に決まったのだった。
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「あの時の類くん、凄かったね!ぱぱぱーって色んな事決めてくれて!」
「ああ。……そう、なんだけどな」
「…………?」
不思議そうに首を傾げるえむに、オレは苦笑しながら口を開いた。
「オレな。…………忘れられないんだ」
「忘れ、られない?」
「ああ。…………病室に、類が入ってきた、あの瞬間を」
勢いよく開けられた扉。
心配そうに駆け寄る、えむと寧々。
そんな中で、類は。
「類な。全く見たことがないような、そんな顔をしていたんだ」
「見たことが、ない?」
「ああ。……吐き出したい激情を、必死で抑えて。そのせいで、怖いくらい無表情になっているみたいな。
そんな顔を、してたんだ」
びっくりするくらい無表情で。目も、何を考えているのかわからないような、暗い色をしていて。
あまりに見ないその表情に、思わず言葉を失ってしまった。
「えむや寧々が声をかけたらすぐに戻ったし、それ以降は普通だったんだけどな」
「そっかー……。類くん、色々考えちゃったのかなあ?」
そう首を傾げるえむに、オレは思わず苦笑してしまった。
そのまま休憩時間が終わったのだろう、笑顔で走り去るえむに。
「すまん」と言葉がもれた。
言えない。
言える訳がない。
この話の、続きなんて。
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オレが怪我をしてしまったことは、セカイの皆にも周知されて。
そんな中で、様子がおかしいからと、話しかけにきたKAITOに、全く同じ話をした。
KAITOは、少し考えた後。
「司くんが気にしているのは、本当にそれだけかい?」
そう、言った。
KAITOに隠し事はできないなと、そう思いながら口を開いたことは、今も覚えてる。
「……あの日から、類とあまり話していないんだ」
「え?」
「学校では、普段からオレが迎えに行っていたのがなくなった、といえばそれまでなんだけどな。練習の間は凄く忙しそうだし」
「………………」
そういうオレの頭を、KAITOはそっと撫でてくれた。
オレがいなくなった分、減った男手を埋めるように、類が色々動いてくれている。
それが忙しいのか定かではないが、類とはここ最近、ずっと会えていないのだ。
「……司くんは、何も悪くないんだよ……?」
「ありがとう、KAITO。…………だけど、オレは、オレを許すことができない。」
「………………」
「それに。……きっと、類もオレと同じ意見なんだと、思ってるんだ」
「え……?」
「本当は、失望したのかもしれない。それを、言えなかったのかもしれない。」
「オレが、もっと上手く受身を取っていたら。もっと上手く立ち回っていれば、
こんな怪我になることなんてなかったんだ」
「演出に答えることができないオレは、いらないんじゃないかと。……そう、思って……うわっ!」
そういうオレの口を封じるかのように強くぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。
そして、言い聞かせるように、KAITOの言葉が響いた。
「……司くん。今日はもう帰って、ゆっくり休むといい」
「………………」
「今の司くんは、マイナス思考に行き過ぎちゃってるんだよ」
「……だが、オレは……」
「誰も、司くんに失望したなんて言ってないよ。……きっと大丈夫だから、皆を信じてあげて?」
ね?というKAITOに、オレは何も言えなかった。
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3人のことは、信じている。
本当は、そんなこと言わないなんて、わかってる。
何よりも、許せないのは。
「……オレが、一番許せないんだ」
オレが、オレ自身を許すことができなくて。
だから、「きっと皆そう思ってる」なんて、悪い思考になってしまって。
類と話せていないという事実が、それに拍車をかけていた。
情けなさという自己嫌悪で、思わずため息が漏れる。
今日はこの後、オレも交えての読み合わせがある。
オレがあまり動かない役ということもあって、オレ抜きで練習は進んでいたのだが。
ある程度動きなんかは決まったらしく、全員で練習しよう、という話になったそうだ。
用意に手間取っているのか3人とも全然姿が見えないが、今はそれがありがたかった。
「…………しっかり、切り替えないとな」
勝手に自己嫌悪に陥ってるのはオレの問題なのだ。
それをショーに持っていくわけにはいかない。
そう気合を入れ直したところで、着ぐるみが呼びにきた。
さあ、「いつもの天馬司」でいなければ。
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「……それでは、お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたーっ!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした……疲れた……」
いつも通りの掛け声を済ませ、ホッと息をつく。
練習に来れていないけれど、やっぱりこの掛け声は司くんがするのが一番だよ!と、提案してくれたえむには頭が上がらない。
久しぶりに顔を見た類は、少し疲れてはいるようだが、いつもどおりで少し安心した。
オレ以外の3人は衣装合わせの日も兼ねていたようで、オレ以外は全員眠り王子の衣装だ。
えむは色んな役を兼任するようだが、その中でもメインなのは意地悪な魔女役。ピンクの髪が黒い衣装に映えている。
寧々は姫騎士。パンツスタイルでありながらどこかスカートのような形にも見える、高貴な衣装だ。
そして、類はというと。
「ふう……。これ、結構暑いねえ」
「お疲れ様だ。やはり類はこういう衣装が映えるな」
「ふふ。お褒めに預かり光栄だよ」
そう笑う類は、フォーマルなタキシード姿だった。
否。
正式には、「タキシードを基調とした高貴な衣装」なのだが。
類も色んな役を兼任するようで、その中でもメインとなるのは、
「姫騎士のお付」だった。
嘗て王子と友人関係にあったお付は、連絡が取れなくなった原因を探るために、姫騎士のお付となり、それとなく探っていく、という設定だ。
しかし、それにしても。
「……類。その格好はとても格好いいと思うんだが。着替えはしないのか?」
暑いと言いながらジャケットは脱いだものの、それ以外はそのままなのだ。
それを指摘すると、類はにっこりと笑った。
「うん。ちょっとこの後もやりたいことがあってね」
「……そうか!類は熱心だな!」
やりたいこと、というと、練習か。または、演出だろうか。
矢張りオレが欠けている分、色々と動かなくてはいけないのだろう。
久しぶりに一緒に帰ろうと思っていたが、諦めたほうがよさそうだな。
そう思いながら口を開く。
「じゃあ、類、」
「ね、司くん」
オレの言葉に被せるように言われた言葉に、少し驚きながらも、「何だ?」と答える。
「少し、付き合ってくれないかい?」
「…………は?」
類のその言葉に。
思わずポカンと口を開けてしまった。
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「…………なんだ、これ」
類に手を引かれ、連れてこられたのはセカイだった。
示し合わせたかのように誰もいない中を、類に先導されて歩いていくと。
舞台の上に、とっても大きなベッドが置かれていた。
「司くんに寝てもらうベッドの試作だよ」
「ベッドの……?」
「うん。司くんには眠り王子の演技をしてもらうからね。傾斜と足場が用意してあるから、傍からみたら寝ているように見えるという寸法さ。……こんな感じで。」
「なるほど……!これは面白いな!」
ベッドの足部分が下になるように傾斜が設けられていて、その足の部分に隠れるように足場がある。
傾斜でずり落ちるのを防ぐためだろう。
面白さに触っていると、類が笑いながら口を開いた。
「寝心地確認と一緒に、少しセリフを合わせてもいいかい?折角だから、司くんのセリフも聞きたいなあ」
「ああ!勿論いいぞ!」
セリフは暗記済みだから、急に振られても問題はない。
そう思いながらそっと寝転び、目を閉じる。
きっと類はお付か、ないしは姫騎士のセリフを代わりにいうのだろう。
そう思いながら、寝ているように見せかけるために、呼吸を小さくする。
『……ああ。僕の大切な人。こんなところで、こんな姿になっているなんて』
悲壮感漂うセリフが、類の声で響く。
しかし、そのセリフに、内心首を傾げた。
「大切な人」なんてセリフだったろうか……?
『君は、いつだってそうだ。大変な目にあっても、悩みも、全部抱え込んで、見せないんだ』
『………………』
『辛いことがあったら、いつだって傍にいたいのに。……気付けなくて、本当にごめん』
そっと撫でられる感覚に、内心パニックに陥る。
こんなセリフ、知らない。
明らかに類のアドリブじゃないか……!
そう思いながらも、類のセリフは進んでいく。
『僕も、気を使って、移動がなるべく少ないようにと声をかけずにいたけれど。
……寂しい思いをさせるなら、声をかければよかった。』
「………………っ」
その言葉に、思わず声が漏れそうになる。
まさか、類は。
『……ううん。気を使って、なんて、嘘だ。僕は、君が怪我をした時に、考えてしまった邪な気持ちを、知られたくなかったんだ』
『………………』
『君が、他人を庇って怪我をしたと聞いた時。……何よりも、絶望を、覚えてしまったんだ』
類の、セリフと思えないくらいの悲壮感漂う言葉に、ひっそりと目を開く。
そこには、泣きそうなくらい顔を歪ませた、類の姿があった。
『きっと君のことだから、こういう行為も普通にしてしまうんだろうけれど。
いつかそれで、命を落として。……っ消えて、しまうんじゃないかって、怖かったんだ。そうなるくらいなら、閉じ込めておきたいなんて、思うほどに……』
『………………』
『それに、普段君がやっている作業を、着ぐるみさんと分担してやったけれど。
……着ぐるみさんも驚くくらい、色んなことをやっていたんだね。
えむくんや寧々と手分けしてもとても大変で、どれだけ君を頼りきっていたのか、身にしみたよ』
『………………』
「ねえ、司くん」
「これだけあげられるくらい、司くんは頑張っているんだよ」
「別のステージの方からも、沢山差し入れが届いているんだよ。あの時は助かった。ごめんなさい、って」
「司くん。……僕は、君に失望なんてしていないよ」
「…………っ」
「失望したとしたら。……それは、変なことを考えてしまった。
君にそんな風に考えさせてしまった、僕自身に失望したよ」
「だからもう、自分の言葉で自分を傷つけないで?」
「いつもどおりの、司くんが見たいんだ」
その言葉と共に塞がれた唇に、思わず目を開く。
「んっ………ん、ぅ……!?」
ぬるりと入ってくる舌に、簡単に翻弄されてしまう。
数時間経ったような感覚。……正確には数分だろうが……がしたところで、漸く口が離れた。
「っ、はー……はー……。おっ前、なんでこんなキス……!」
「おや?司くんの自己嫌悪から目を覚まさせるキスはお気に召さなかったかい?」
「っ……き、急だったからびっくりしただけだ……!」
「ふふ、そうかい」
そう、にっこりと笑いながら、そっと抱きしめてくる。
オレもそっと背中に手を回して、口を開く。
「……ありがとう。類」
「どう致しまして。……僕こそ、寂しい思いをさせてごめんね?」
「ん、気にするな。オレの分の仕事もやってもらってるんだし……」
苦笑しながらいうと、類も苦笑しながら、唇をそっと指でなぞった。
「…………類?」
「……すっかりご無沙汰だから、結構しんどくなかったかい?ごめんね」
「ごっ……!ならやるな、バカ!」
思わずポカリと殴ると、「痛いよ、よよよ……」と、類が泣き真似をする。
それを尻目に、オレはそっとベッドから抜けた。
「……オレが、全快するまで、待ってくれ」
「……………………えっ」
「それじゃ!また明日な!」
「えっちょ、司くん!?」
捨て台詞を吐いて、セカイに戻ってきたものの。
同じように直様戻ってきた類に即刻捕まり、ラブラブ攻撃を受けるのは。
また、別のお話。